第一話 ユージ、来訪したケビンからいくつかの物を受け取る

 ユージの家の西側、開拓地と森を隔てる境界の柵。

 今日も今日とて、ユージとアリスは柵の補強と空堀の強化に精を出していた。

 開拓団長として、開拓村の村長として、住人の安全を第一に考えての行動である。

 コタローは周辺の見まわりを兼ねた狩りに出かけたようだ。

 プルミエの街でモンスターの集落の討伐を依頼し、開拓地に戻ってからずっと、コタローは厳戒態勢である。この世界に来て以来、コタローの寝床はユージの部屋だったが、最近はかつて住んでいた庭の犬小屋で寝ている。何かあったらすぐ対応できるように、ということだろう。賢い犬である。


 よーしアリス、そろそろ休憩しようか、はーいユージ兄! と二人が言葉を交わしていると、ワンワンッという鳴き声が柵の外から聞こえてくる。

 とうやら柵の南方面でコタローがユージを呼んでいるようだ。

 お、なんだろ、行ってみるかアリス、と声をかけ、ユージとアリスは開拓地の南端に向かうのであった。



「ああユージさん、こんにちは」


 コタローの鳴き声につられて開拓地の南側に向かった二人を待っていたのは、ケビン一行であった。どうやら見まわりしていたコタローが見つけ、一行を先導しつつユージを呼び出したようだ。賢すぎる犬である。


 ニコニコと挨拶するケビンの後ろには、いつもの専属護衛と、冒険者三人組のうち弓士のイレーヌがいた。


「こんにちは、ケビンさん! あれ? いつもの冒険者たちは今回は一人だけですか?」


「ええ。討伐が終わるまで、私もこちらにいようと思いまして。あとの二人には、店の警備のために残ってもらいました。長期間になると臨時で冒険者を手配するのも考えものですからね」


「なるほど……。でもケビンさん、討伐が終わるまでって、お店はいいんですか?」


 そう言ってケビン商会の運営を気にするユージ。どうやら多少は気がまわるようになったようだ。もっとも、ケビン商会の存続はユージの生活に関わることであり、当たり前なのだが。


「本当はあまり離れたくないんですけどね。ですが、ここにも私の従業員がいますから。いのちだいじに、ですよ」


 作戦名ではない。ケビンの信条の一つであるようだ。だが、モンスターへの根切り発言や盗賊への殲滅発言をかんがみると、大事にするのはケビン自身と味方の命であり、敵やモンスターの命は欠片ほどの価値も認めていないようだが。さすが『血塗れゲガス』に育てられた『戦う行商人』である。

 ともあれ、猫人族のニナと針子の二人、ケビン商会の従業員の身の安全を確かなものにするため、戦力を引き連れて開拓地を訪れたようであった。


「よいしょっと。今回は、武器も持ってきましたよ。これが弓です。矢はかさばるので少ししか持てませんでしたが、鏃と矢羽根は持ってきましたので、木工職人のトマスさんにあとで矢の作製を依頼しましょう。本職じゃないので精度は落ちるでしょうし、実際は必要にならないと思いますが、まあ念のためです。それから、クロスボウも三張持ってきました。針子の二人と、マルセルかマルクくん用です」


「おお、これがクロスボウですか……」


 ユージ宅の門前、切り株が並ぶ簡易広場。そこで、ケビンが荷解きをしながら持ち込んだ物をユージに説明していた。

 アリスとコタローは敷地に戻り、庭の鶏たちの世話である。そろそろ冬ということを理解しているのか、六羽の鶏は元気に庭を走りまわっていた。間もなくユージ宅の車庫に造られた鶏小屋に閉じ込められるのだ。いまのうちに楽しまなきゃ、と言わんばかりの行動である。いや、いつもこうなのだが。


 日本でも有名な武器の一種だが、実物を目にする機会がなかったユージは、クロスボウを手に取って感慨深げである。ちなみに特に思い入れはない。

 カメラを持ち出し写真を撮った後は、表を見たりひっくり返して裏を見たり、弦を触ってみたり。横では、そんなユージの行動をハラハラしながらケビンが見守っていた。


「あの、ユージさん……。クロスボウは、けっこう高いんですよ。部品の数が多いですからね。ですから、その……」


 あ、ああ、すいません、とユージは大人しくクロスボウをケビンの手に返す。下手にいじって壊すなよ、というケビンの意図を理解したようだ。言外の意図を読み取ったのだ。進歩である。いや、ケビンとの付き合いも二年半になるのだ。ようやくであった。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



 ケビンが開拓地を訪れたその夜。

 針子の二人はすでに共同住宅に居を移したにも関わらず、その作業用テントに五つの人影があった。


「それで……例の件、進捗はどうですか?」


 恰幅がよい人影から、最初の質問が飛び出す。

 テントの中は、なぜか薄暗かった。


「難航しています。布の素材、伸縮性、模様、型取り、裁断、縫製、すべて信じられない技量なんです。他に教えてもらった簡易な形式なら、なんとかこの冬で試作品はできそうですが……」


 答えたのは、一人の男。

 その隣にいる女は、提供された実物を手に悔しそうに歯がみしている。当たり前だ。他人にできて、自分にはできない。これで悔しくなければ、職人として大成するのは夢のまた夢である。


「そうですか……。まあ預かった他の商品がありますから、商売のはじまりとしては充分なんですけどね……」


 最初に会話を切り出した恰幅がよい男が再び発言する。


「それより、針子の数を増やしてちょうだい! 最悪、技術はなくても手先が器用ならこっちで教え込むから。とにかく手が足りないのよ! 試作できてないものがどれだけ溜まってるのやら……。ああダメ、やりたいことが多すぎる! 寝ずに動けるようになる薬とかないのかしら!」


 歯がみしていた女性が、男に人手をリクエストする。想いはある、能力もある、でも時間が足りない。発言がブラック企業の理想に心酔した従業員のソレである。人手を求めるあたり、まだ染まり切ってはいないようだが。


「わかりました。ですがとにかく討伐が終わって春になるまで待ってください。それと、その、言いにくいのですが……」


 人の手配は了承したが、まだまだ先になりそうだ。二人の男女の顔が陰る。


「これで、一着仕立てて欲しいんです」


 恰幅がよい男が持ち込んだ背負子から取り出したのは、独特の光沢を放つ白い布。

 こ、これは……と、暗い表情をしていた二人の男女の顔が一気に輝く。


「私が独立する時、餞別にとゲガス商会の会頭からもらった絹です。ユージさんに形を考えてもらって、春までに、一着を」


 ゴクリ、と唾を飲み込む男女、いや、針子の二人。

 この世界では、絹は『超』がつくほどの貴重品である。近隣の国も含め、取り扱っているのはこの国の王都に店を構えるゲガス商会のみ。噂は聞いていても、目にすることはないのだ。疲れで血走っていた針子の二人の目が爛々と輝き出す。末期が近い。

 ケビンが昼間に言っていた、いのちだいじに、とはなんだったのか。いのちはだいじに使い切れ、ということなのか。そんなつもりはないのだろう。たぶん、きっと。


「ケビンさん、も、もしかして……」


 これまで黙って成り行きを見守っていた男、いや、ユージがその可能性に思い至る。


「おい、ケビン。てめえまさか、ぶらじゃあ・・・・・よりも先に、お、俺たちよりも先に……」


 同じく黙っていた最後の一人、元冒険者パーティの斥候も言葉を発する。その口調は、いつもより荒い。


「ええ。店も落ち着きました。日用品だけではなく、保存食に服飾、大きく実る商売の種も見えてきました。春。ここで作った、誰も見たことがない服を持って王都に行き、結婚を申し込むつもりです」


 用途を聞いて、落ち窪んだ目をさらに輝かせる針子夫婦。冬を越えられるのか。

 がっくりと肩を落とし、励ますかのごとくたがいの肩を叩く独身のおっさん二人。春はまだ遠い。


 かつて晩夏の薄明かりの中、ブラジャーがプリントされた紙を目にして、我ら生まれた時は違えども、と誓った三人の独身おっさんたちは。

 ついに、袂を分かつようであった。

 いや、もともと誓ってもいなかったが。


 ともあれ、こうして針子の二人にとって、喜びと苦難の冬となることが決まり、ユージは自身が独身にも関わらず花嫁衣装を考えることが決まるのであった。

 掲示板の住人たちの呪詛が目に浮かぶようだ。呪いが世界を渡らないことを祈るばかりである。

 もっとも、ケビンのプロポーズが受け入れられるかどうかはまた別の話なのだが。



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