閑話8-9 アリス、開拓地の日常を過ごす

-------------------------前書き-------------------------


副題の「8-9」は、この閑話が第八章 九話目ぐらいの頃という意味です。

※冒頭は第八章第九話と同様です。

 「□■□」以降から異なり、「日常はこんな感じ」というアリスメインの話になります。

 ご注意ください。


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 開拓地初の収穫祭、そしてアリスの誕生日会を行った翌日。


 アリスは、それぞれ作業にとりかかる住人たちのまわりをうろうろしている。

 この世界で作られた衣服に、胸には誕生日プレゼントでもらった布のコサージュ。暖かな小春日和だったが、首には狐のマフラーが巻かれていた。


 コタローをお供に連れてニコニコと、農作業をする犬人族のマルセルとマルクの近くに立つアリス。プレゼントを自慢したいのだが、自分から言うことはない。複雑な乙女心である。


 マルセルとマルクがその姿に気づき、挨拶を交わす。お、アリスちゃん、マフラーしてくれてるんだね! 似合ってるよ、と褒めるマルセル。アリスはニパッと顔をほころばせる。

 その顔を見たマルクは、もじもじしていた。

 けっきょくマルクが何か言う前に、アリスはスタスタと去っていった。がっくりと肩を落とすマルク。アリスちゃん、かわいいよと小さく呟いている。

 もちろんアリスの耳には届かない。がんばりなさい、と言わんばかりにコタローだけが振り返っていた。マルクの春はまだ遠いようだ。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



 アリスの次のターゲットは、集会所兼共同住宅造りに励む木工職人トマスと助手チームであった。屋根と外壁が完成し、職人たちは内装に取りかかっている。大部屋を中心にした木造の住宅。いまは床の板張り作業をしているようだ。入り口から顔を覗かせるアリスとコタロー。


「お、アリスちゃん、こんにちは。何か用っすか?」


 中で作業していたトマスがアリスに気づき、さっそく声をかける。ちなみに、アリスは顔だけ出して覗き込んでいたため、トマスの目からはマフラーもコサージュも見えない。余計に目的がわからなかったようだ。


「トマスさんこんにちは! えっとねー、何かお手伝いすることあるかなって!」


 プレゼントを見せびらかしに来た、とは言わないアリス。自分から言うのではなく、自然に気づかれて褒められたい。めんどくさ……いや、複雑な乙女心である。


「そうっすねえ……。ああそうだ、ユージさんから教わったいろり・・・を造って灰も敷いてみたんすけど、ちょっと薪を燃やしてみたいんす。アリスちゃん、火をつけてくれないっすか?」


 大部屋の中央に、床板が切られて作られた四角いくぼみが存在していた。囲炉裏もどきである。よく見ると囲炉裏の真上、屋根の天頂部は木の板ではなく枯れた植物らしきもので覆われていた。ユージのアドバイスにより、囲炉裏と茅葺き屋根っぽいものを取入れてみたようだ。まあ、うまくいかなければ板でふさぐ準備はしているようだが。


 はーい、と手をあげ、スタスタと部屋の中央に向かうアリス。コタローも興味深げにその後を追う。

 トマスが囲炉裏の中心に薪を置き、じゃあ頼むっす、とアリスに声をかける。その言葉を受け、動いたのはコタローだった。囲炉裏の前にしゃがむアリスの足に前脚をかける。ありす、やりすぎないようにね、と注意を促しているかのようだ。気がきく女である。犬だが。


「えいっ」


 アリスの掛け声とともに、小さな火が生まれる。生活魔法に分類される、着火の魔法であった。アリスも場所をわきまえていたようだ。気がきく女である。女児だが。


 薪に当たった小さな火が、その場所で留まる。やがて薪に火が移り、燃えはじめる。

 すかさず囲炉裏の横壁、煙の行き先を確かめるトマス。大きく頷き、アリスに笑顔を見せる。どうやら成功のようである。


「よし、いけそうっすね! ってアリスちゃん、お花とマフラー似合うじゃないすかー。あ、もしかしてそれ見せに来たんすか?」


 ようやくトマスがアリスのコサージュとマフラーに気づいたようだ。きっちり褒めるあたりは素晴らしいが、余計な一言が台無しにしていた。そういえばこの男も独身なのだ。

 アリスはうれしそうにニコニコと笑っていたが、足下のコタローはやれやれ、とばかりに首を振るのであった。



 続いてアリスが向かったのは、針子の二人の作業用テント。元冒険者パーティは、木の伐採に向かったため不在だったのだ。

 ちゃんとお礼も言わなきゃ、と決意を固め、バサリとテントの入り口をめくる。


「はーい、お、アリスちゃんか。おお、コサージュもマフラーもしてくれてるんだね。うん、よく似合うよ」


 アリスが入ってきたことに気づいた針子の男、ヴァレリーがめざとくアリスを見つけ、言葉をかける。作り手でもあるヴァレリーはすぐにコサージュとマフラーに気づいたようだ。さすが新婚である。ユージに相談したプロポーズの言葉は意味がわからなかったが。


「うん、アリスちゃん、いいわ! でもこうなるとアレね、コサージュが生成りなのが惜しいわね……。こう、色の付いた布で、いえ……」


 一方でユルシェルは、アリスの姿を目にしてブツブツと考え込む。彼女が言うところの『インスピレーションが刺激された』のだろう。


「あ、そうだアリスちゃん! ちょっといいかしら?」


 アリスの返事を待たずに、ユルシェルがアリスの手を引いてテントの奥に向かう。首を傾げるアリスをよそに、ユルシェルはペタペタとアリスの上半身を触り出す。女性同士である。セーフである。

 ワンッと一吠えするコタロー。もう、なにしてるのよ、と言いたいようだ。


「うん、まだナシでも問題ないわね。でもそれだと協力してもらえないか……。あ、そうだヴァレリー、ちょっと出て行ってちょうだい。アリスちゃんと女の子同士のお話があるから」


 え、どうしたんだい、と腑に落ちないヴァレリー。だが、その足をコタローがぐいぐいと頭で押す。ほらほら、がーるずとーくのじかんなの、と言っているかのようだ。

 よくわからないままに、じゃ、じゃあ外にいるから、とヴァレリーは去っていった。


 これでテントの中にいるのはユルシェルとアリス、コタロー。女性だけである。いや、コタローはメスだが。

 いーい、アリスちゃん、女の子にはね、とユルシェルが語り出す。

 どうやら男性を追い出し、9才を迎えたアリスに、現代日本の小学校で男女別に行われる教育的なアレの異世界バージョンを施すようであった。


 そういえばこの開拓地、大人の女性は猫人族のニナ、元冒険者パーティの一人、針子のユルシェルと三人だけである。コタローは犬なので。ユルシェルは他の二人とユージの様子を見て、アリスちゃんに教えるのは自分しかいないと悟ったようだ。慧眼である。


 9才の誕生日を迎えた翌日、こうしてアリスはまたひとつ大人の階段を登るのであった。知識的な意味で。

 平和な開拓地の日常であった。




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