閑話8-9 郡司先生、何人かの掲示板住人と打ち合わせする
-------------------------前書き-------------------------
副題の「8-9」は、この閑話が第八章 九話目ぐらいの頃という意味です。
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「私からお誘いしたのに遅れて申し訳ない」
東京、上野公園にほど近い喫茶店。
週末にも関わらず、スーツを着込んだ男が一つのテーブルにたどり着き、座っていた三人に話しかけていた。
歳の頃は50代であろうか、きっちりと着こなしたスーツ。髪は白髪まじりというより、黒髪の方が少ない。金属フレームの角ブチメガネがさらにかっちりとした印象を与える。
よく見ると、背中には大きなリュックサックを背負っていた。足下は登山靴。
場違いである。
いや、ここは昔ながらの喫茶店チェーン。週末で混雑しているが、店内を見ると数組はスーツ姿の男たちが会話している。リュックと靴を気にしなければ、そうそう場違いではなかった。
「いえ、かまいませんよ郡司先生。なにしろこの店は無料wi-fiもありますし。秋葉原店と違って個室がないのは意外でしたが」
すでに待っていた三人を代表して男が答える。
そう、これはユージとサクラの代理人である郡司が招集した会合。
参加者は弁護士の郡司、サクラの友人で掲示板住人でもある恵美、クールなニート、物知りなニートの四人であった。
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「そういえば、どうして上野だったの? 旦那が娘にパンダを見せるんだって張り切ってくれたから、ウチは助かるんだけど……」
そう言って切り出したのは恵美。どうやら宇都宮から上野まで、夫が運転する車で来たようである。その夫は、娘を連れてすぐ近くの動物園に行ったようだ。理解ある旦那である。
「みなさんの住まいを聞いたら、ここが便利かなと思いまして。ほかに理由はありません」
恵美の質問に断言する郡司。だが、重ねて恵美が問いかける。
「へえ、そうですか。娘を連れていくんで旦那と一緒にいろいろ調べてたんですけど……。いま、近くの博物館で『刀と剣 その美しさ』っていう展示をやってるみたいですね。なんか日本刀と西洋の剣が一度に集まるのは珍しいらしいですけど?」
恵美の質問に、三人の男が目を逸らす。カチャリと、コーヒーカップをソーサーから持ち上げる音だけが聞こえてくる。
やっぱり、とニヤニヤしながら呟く恵美。どうやら図星をついたようである。
「あ、そういえば郡司先生。アメ横には老舗の登山用品店もありましたね。でも今は秋葉原とか神保町の方が充実してるみたいですよ?」
眉を上げてわずかに驚きを見せる郡司。どうやらこれも図星をついたようである。
それにしても、郡司はすでにリュックを背負って登山靴である。これ以上なにを買うつもりなのか。まあついにスーツスタイルを捨てるつもりなのかもしれないが。
「まあいっか。あ、私と郡司先生は宇都宮ですけど、お二人はどちらにお住まいなんですか? いや、答えたくなかったらいいんですけど。そういえばオフ会の時も聞かなかったなーと思って」
「僕は東京ですね。4年ぐらい前にいろいろあって、今はこっちで一人暮らしです」
そう答えたのは、物知りなニート。
そういえばこの男、ユージがケビンから聞いて掲示板に書き込んだ『異世界に転移した謎の宗教施設』の話を知るや、すぐに国会図書館に向かっていた。フットワークの軽さもあるが、たしかに東京近郊に住んでいなければできない動きであろう。
「私は豊田です」
続けて、クールなニートが答える。
「豊田? ってことは愛知県? 尾張名古屋ってヤツですか?」
クールなニートの答えを聞いた恵美が、確認するように聞き返す。
だが……。
「愛知県ですが、尾張ではありません。三河です」
強い口調で言い返すクールなニート。何が琴線に触れたのか、恵美はわからないようである。
「え? 愛知って尾張じゃないの?」
「一緒にしないでください。三河です」
無知とは時におそろしいものである。
恵美さん、そのへんで、あとで教えますから、などと物知りなニートが恵美に耳打ちしていた。
ちなみにクールなニートは豊田と言い切っているが、市町村合併で面積がすさまじい広さになって以降に彼の住む場所も豊田になったのだ。豊田市駅前の松坂屋までは、山道を抜けて車で40分はかかる。尾張は否定するくせに、豊田と言い張るようであった。まあたしかに豊田市ではあるのだが。
ともあれ、どうやらこれ以上、三河人の誇りを傷つけずにすんだようである。すでに手遅れかもしれないが。
それにしても。
物知りなニートは、ああ、それで掲示板でも時々あんな書き込みになるのか、とクールなニートの気質を理解するのだった。
三河。
言わずと知れた徳川家康の出身地であり、三河武士を生んだ地である。
戦闘民族の血は、いまだ受け継がれているようであった。
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「さて、では本題に入りましょうか」
無駄にピリついた空気を和らげるように、低めの渋い声で郡司が話を切り出す。どうやらただ親交を深めるために招集した訳ではないようだ。
「他にもありますが、まずはこの件から。実はですね……。次のキャンプオフ、もしかしたらその次のキャンプオフもですが、サクラさんが参加できないことになりました。おめでただそうです。そこで、私と恵美さん、インフラ屋さんはもともとですが、お二人にも幹事をお願いできないかと思いまして、お呼びしたのです」
ああ、そっか、と納得顔の恵美。どうやらサクラの事情は本人から聞いているようだ。
それにしても『おめでた』とは古くさい言い方である。いや、いまやできちゃった婚はおめでた婚とも呼び変えられているため、復古中の言葉なのだ。もっとも50代の郡司は昔からの言葉をそのまま使っただけなのだが。
「妊娠ですか。おめでとうございます、ですね。ご本人がいないのでアレですが……。ええ、幹事はかまいませんよ」
クールなニートも物知りなニートも、オフ会の手伝いはあっさり了承する。この二人は今も仕切っているようなものなのだ。時間も余っているため、あらためて拒否するつもりもないようだ。この二人は紛うことなきニートであった。
「ありがとうございます。では次、こちらが本題です。キャンプオフの際にユージさんが資金提供しているのですが、このままでいいのかと思いまして。まだまだ余裕はありますが……」
郡司にしては珍しく、はっきりしない物言いである。
「なるほど。貯金が減っていくばかりなのは確かですからね。ユージが日本に帰れたとして、その時に一文無しになっている可能性もありますか」
郡司の言葉を受けたのは、物知りなニートであった。たしかにユージは金持ちとはいえ、その資産はたかだか5000万円程度。キャンプオフの援助、パソコンソフトと、すでに財産は減り続けている。郡司を代理として、年金や税金も払っているのだ。まあこのままのペースでも20年以上は持つだろうが。
「ええ。ユージさんの意向として、キャンプオフの援助をやめるつもりはないようです」
「ねえ郡司先生。ユージさんが日本に戻ってお金がなくても別に問題ないんじゃない? 身体能力がそのままなら、いくらでも稼げるでしょ?」
「確かに。今のユージの身体能力は、一般人の倍程度でしたね。アメフト、ラグビーあたりのフィジカルが重要なプロスポーツなら、一流以上になれるんじゃないですか? そこまでいかなくても力仕事なら引っ張りだこでしょうし」
恵美と物知りなニートが、裸一貫で日本に帰ってきても問題ないのでは、と発言する。身も蓋もない。たしかにその通りだが、そういうことではないのだ。
「いや、この場合、それに甘えるだけでいいのか、というのが郡司先生が考える問題でしょう。理想はユージさんが、あるいは掲示板の住人たちがお金を稼ぎ、キャンプオフなどの費用をまかなう、ということですか?」
クールなニートが論点を戻し、そのうえで目標を確認する。ビジネスマンか。できるニートである。
「そうです。オフ会参加者から参加費を徴収してまかなうのが本来だと思うのですが……。参加費無料、人によっては交通費も援助するという現状が、家から出ていない方、働いていない方のきっかけとなっているのを変えたくない、というのがユージさんの意向です。ユージさん自身は、それで貯金を使い果たしてもいいと思っているようですが……」
ユージの意向を伝える郡司。さすがユージ、社会経験ゼロの男である。現代日本におけるお金の大切さをあまり理解していないようであった。まあたしかに無一文で帰ってきたところで、なんとでもなりそうなのは間違いないのだが。
「わかりました。まあユージの現状で、オフ会とその交通費の援助程度の額であれば稼ぐ方法はいくらでもあります。スレ住人にもユージにも負担をかけず、継続的にお金を稼ぐ方法を考えましょう」
あっさりと請け負うクールなニート。隣では物知りなニートも頷いている。頼れる男たちである。ニートだが。
ともあれ、こうしてユージの代理人としての郡司、キャンプオフ幹事の恵美、クールなニートと物知りなニートの会合は終わりを告げるのであった。
ちなみに金稼ぎ第一弾は、ロリ野郎を中心に立ち上げた『無料のデザイン・型紙投稿&ダウンロードサイト』の広告収入である。軽く請け負ったクールなニートの言葉通り、年に一度のキャンプオフ開催費と交通費の援助程度の額はあっさり稼ぎ出すのであった。異世界どこいった。
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