閑話8-8 サクラ、ジョージに重大な事実を告げる

-------------------------前書き-------------------------


副題の「8-8」は、この閑話が第八章 八話目ぐらいの頃という意味です。


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『もう! 男が好きな下着と女の子が好きな下着は違うんだから! それに……。お兄ちゃん、わかってるよね? 触ったらまた暴露するって言っておいたもんね? っと』


 アメリカ、ロサンゼルスのジョージとサクラの家。

 パソコンを前に、サクラは掲示板に書き込んで兄のユージに警告していた。もう乙女とはいえない31才ではあるが、気持ちは別なのだ。そもそも着ていないとはいえ、不特定多数に自分の下着を見せてOKな女性はいない。いや、いるかもしれないがちょっと特殊な嗜好の持ち主だろう。


『帰ってきたよ、サクラ! どうやらサクラの方が早かったみたいだね』


『おじゃまするよサクラさん! どうだい? ユージさんに動きはあったかい? そうそう、家から資料を持ってきたよ! 通販で頼んでたのがやっと全部届いたんだ!』


 玄関ホールからサクラの夫、ジョージの声が聞こえてくる。どうやら仕事を終えて帰ってきたようだ。今日は友達のルイスも一緒であった。今日も、だが。

 そのルイスの手には、大量の本や雑誌が抱えられている。服飾の資料のようだ。大判でふんだんにカラー写真が使われたものである。あまりの重さに、ルイスの腕はプルプルと震えていた。彼はインドア派なのだ。


『おかえりジョージ、ようこそルイスさん。うーん、あいかわらず掲示板は服装と下着の話ばっかりだよ』


 そう言ってふたりを迎えるサクラ。

 ドサドサと、リビングのテーブルにルイスが資料を置いていく。

 その時である。

 サクラの目に、ルイスが持ってきた資料の中から一つの雑誌が目に入る。

 創業者がリアルハーレムを作ったことで有名な、黒いウサギの雑誌である。


『ジョージ、ルイスさん。それ、どういうことかな?』


『ああ、これかい! サクラさんはさすがいいところに目をつけるね! やっぱり下着を考えるといったらこれが必要だろうと思ったのさ! 下着だけじゃなくて男の夢がいっぱい詰まってるからね! ユージさんの部屋にもあるだろうけど、やっぱり最新版をスキャンして送ってあげようと思ったのさ』


 まったく悪びれずに答えるルイス。研究のためには必要な資料なのだ。

 ちなみに、ユージの部屋には一冊もない。


『もう、掲示板の人たちもそうだけど、男の人が好きな服や下着と女の子が好きなのは違うの! それに、今の下着ってすごい複雑な作りなのよ? 最初から実現できる訳ないじゃない!』


 まっとうな意見を二人に叩き付けるサクラ。

 そ、そうなのか、と二人の男は肩を落としている。

 え、ジョージもそういうの好きなの、とサクラはサクラでショックを受けているようである。大和撫子が考える勝負下着と、アメリカ人が望む勝負下着は違うようであった。

 ああいうの買った方がいいのかな、ヴィクトリア○ークレットとか笑ってる場合じゃなかったのね、いやでももう、などとサクラが呟いている間に二人の男はジョージの部屋に向かって行った。どうやらパソコンを前に、服と下着を考えるつもりのようだ。言われたばかりだというのに懲りない男たちであった。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



 ジョージのワークデスクに並ぶ三人。紙とペンを手に、思い思いに絵を描いているようである。

 仕事にも使うから、と大きなワークデスクを購入したのはジョージの慧眼だったのかもしれない。


『よーし、できた! 我ながら完璧だ!』


 最初に仕上げたのはルイスのようである。

 そこに描かれていたのは、狼男であった。

 いや、狼人族とその服を描いたようである。


『え……。ルイスさん、すごく上手くてさすがだと思うんだけど……。なんで上半身裸なの? 男みたいだからいいのかもしれないけど……それに、なんかたくましくない? あと何このかぎ爪。狼だけど自分の爪じゃなくて、手首につけるのね? それで周りに倒れてるゾンビをやっつけた訳ね? というか、ゾンビは必要だった?』


『何を言っているんだサクラさん! 上半身は裸じゃないよ! この太い二本の革ベルトをバツ字に肩にかけるのがポイントなんだ! これで身軽さとたくましさを表現して、ほらしかも、投げナイフとか武器を差し込めるようになってるんだ! まったく、男のロマンってものをわかってないなあ』


 裸ではないようである。彼なりの意図があるようだが、サクラにはさっぱりわからない。

 だが絵のクオリティは無駄に高い。本職はCGとはいえ、手書きもそこそこいけるようだ。

 狼男にゾンビ、という謎の世界観であったが。


『よし、できた!』


 続いてジョージが満足げな声で宣言する。さっそく覗き込む二人。


『おお、さすがジョージ! いいじゃないか!』


『いやいや、ルイスのデザインもすごいよ! これは作ってもらって向こうで着させなきゃね!』


 ハイタッチを交わす男二人。


『え……。ねえ、これ明らかにカウボーイよね? たしかにかっこいいと思うんだけど、なんで猫なの? なんで猫がニヒルに笑ってるの? あとこれリボルバーだよね? カウボーイには付き物かもしれないけど、異世界にはないんじゃない? それにまわりに倒れてる人たちはなに? ゾンビ? ゾンビなの? 二人ともどれだけゾンビが好きなのよ!』


 どうやらジョージは猫人族のカウボーイを描いたようである。首に巻いた赤いスカーフが凛々しい。

 そして、こちらも上手い。

 広告デザインはとうぜんパソコンでやるとはいえ、イメージを固めるためのラフは手書きが基本なのだ。ジョージも手慣れたものであった。


『もう、二人とも趣味に走っちゃって。やっぱり最初はこういうデザインからいかないと!』


 そう言って、男二人に自らが描いたデザインを見せるサクラ。

 モデルはアリスのようだ。

 矢絣の着物に海老茶色の袴、編み上げブーツ、頭にはリボン。

 大正レトロのスタイル、それもブーツ版ということは、はいからさんをイメージしたようだ。

 かわいいが、最初はこういうデザインから、というにはずいぶんクセがある服装である。サクラも独特な感性の持ち主のようだ。

 そして上手い。ジョージと同じくサクラもデザイナーであるのだ。

 ちなみに、ゾンビはいなかった。


『おお、いいじゃないかサクラさん! あれかな、これが女ニンジャの正装なのかな?』


 謎の褒め言葉を発するルイス。そんな訳はない。

 ジョージは立ち上がり、近づいてそっとサクラを抱きしめる。何やら感銘を受けたようであった。いまいちポイントがわからない。


『でもこれ、作るにはやっぱり型紙が必要でしょ? ジョージ、ルイスさん、頼めるパタンナーに心当たりはない?』


 ひとしきりジョージとくっついた後、我に返ったサクラが問いかける。

 そう。

 いかに良いデザインであっても、今のままでは作りようがないのだ。


『うーん、直接の知り合いはいないんだけど……。顔が広い友人がいるから、今度みんなで会いに行ってみるかい? 夫婦なんだけど、彼らなら衣装を作れる人を知っているはずだから』


『さすがルイスだね! じゃあそれまでに、もっとたくさんデザインしていこうか! なんだかインスピレーションがわいてきたよ!』


 盛り上がる男二人をよそに、サクラが立ち上がってジョージの服をつまむ。何やら話があるようだ。


『どうしたんだい、サクラ?』


『あのね、ジョージ……今日、病院に行ってきたんだけどね……。できたみたいなの。私たちの赤ちゃん』


 衝撃の告白である。

 そして、謎のタイミングである。さすが、ユージを兄に持つ女であった。


 お、おお、おおお、とただうなりを上げるジョージ。どうやら嬉しすぎて言葉にならないようだ。抱きしめようと距離を詰めるが、寸前で思いとどまったようである。冷静な男であった。


『マイガッ! やった、すごい、すごいよサクラ! どうしよう、な、名前、いや、ベッドに、服に、ああ、まだ店はやってるかな、ミルクは何がいいんだろ、あ、オムツ、オムツはメイドインジャパンがいいんだろ? それぐらいは知ってるよ!』


 サクラの両肩に手を置き、小躍りしながらまくしたてるジョージ。冷静な男ではなかった。


『もう、落ち着いてジョージ。すぐ生まれるわけじゃないんだから』


 お腹の子を気遣っているのか、そっと抱きしめ合う二人。

 無視されるルイス。

 どうやらヴィクト○アシークレットのようなアメリカンスタイルの勝負下着じゃなくても、ジョージ的にはOKだったようである。


『やったじゃないか、おめでとう二人とも! じゃ、じゃあ今日はもう帰るからね、ねえ、聞いてるかな? いや、もういいか、じゃあその夫婦に会う日が決まったら連絡するからね、ねえ聞いてる? もういいや、メールするよ、それじゃ!』


 一方的に宣言して、自分の車へと向かうルイス。そろそろ唐突にはじまる二人の世界に慣れてきたようだ。

 いつかと同じ光景だが、今日は悪態をついていない。彼なりに祝福しているようである。

 だが、今日もルイスは出会いを求めて夜の街へ消えていくのであった。


 くそ、どこに行けば運命の人と出会えるんだ、もうこうなったら旅に出るか、などと言って。




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