第八章 エピローグ
「ということで、間もなく冒険者ギルドの討伐隊がゴブリンとオークの集落を潰しにかかります。ここに伝令兼案内役が来たら、俺とアリスとコタローも討伐に向かいますので」
プルミエの街から開拓地へ戻ってきたユージが、住人を集めて説明する。ケビンと専属護衛、冒険者三人組は街に残っているようだ。
「それから万が一を考えて、開拓地も警戒を強めたいと思います。柵と空堀はありますから交代で夜間の見張りをたてるのと、柵の外の作業はしばらく控えようかと思っています」
アリス、コタロー、獣人一家、元冒険者パーティ、木工職人チーム、針子の二人を見渡して今後の予定を説明するユージ。13人と一匹を前に堂々としたものである。曲がりなりにもユージは開拓団長であった。
「ああ、その方がいいだろ。状況次第だが、行けそうなら俺たちも討伐に同行するぞ」
元3級冒険者パーティ『深緑の風』、そのリーダーが眼光鋭くユージに宣言する。引退したとはいえ、怪我ではなく結婚や婚約が理由なのだ。目前に大規模戦を控え、体がうずいているようである。とはいえ、開拓地にモンスターの襲撃があるならここを離れる訳にはいかず、状況次第で、と判断する冷静さは残っているようだ。さらに言えば、新婚夫婦と婚約者持ちである。どう考えても危ない。
「ユージさま……。以前住んでいた村で、私の畑はモンスターに潰されました。一緒に戦うことは叶いませんが、ぜひ! ぜひ! ヤツらを殲滅してください!」
ユージの奴隷、犬人族のマルセル。もともと彼は、住んでいた村がモンスターの襲撃を受けた際に自分の畑が戦場になり、収穫が壊滅。村からの補償はあったものの、納税分が足りずに奴隷になったのだ。
今回は攻め入る側とはいえ、そんな過去を思い出したらしい。普段は穏やかなマルセルだが、今は歯を剥き出して見えぬモンスターに敵意を露にしている。ユージから開拓地を守って欲しいと伝えられ、討伐に参加できないことを残念がっていた。もっとも、マルセルの戦闘力はいまやユージ以下。居残りはユージにしては妥当な判断なのだが。
マルセルの横に並ぶ妻、猫人族のニナは毛を逆立てていた。言葉はないが、ニナもモンスターへの敵意は並ならぬものがあるようだ。
だが、夫婦の後ろに控えるマルクはしょんぼりしている。どうやらアリスが討伐に向かうと聞いて、戦闘の役に立てない自分を責めているようだ。お父さんもお母さんもアリスちゃんもボクが守るんだ、と言って訓練に励む日々。着実に実力をつけているが、今回は間に合わなかったようだ。それが悔しいのだろう。真面目な男の子である。
木工職人のトマスと助手の二人は、ユージの話を聞いて議論をはじめていた。とりあえず木の杭を大量に作るか、柵の強化にも罠にも使えるだろう、などと言って。
300もの数のゴブリンとオークと説明したのに、やたら好戦的な開拓民たち。ユージは、彼らの『敵即斬』の思考に引き気味であった。ふと針子の二人に目を向ける。そうだ、この二人なら戦闘力もないし、異世界だって穏やかな人もいるんだ、という願いを込めて。
目を向けられた二人はユージを見て、キレイな針と糸、布を用意しておきます、ユージさん、切り傷だったら任せてください、などと
あ、はい、と力なく答えるユージ。
横のアリスに目をやる。
アリスは、むふーとすでに鼻息も荒い。明らかに全力で魔法を使う気のようである。
足元のコタロー。犬人族のマルセルと同様に歯を剥き出し、ぐるると小さく唸っていた。ねきりってたいせつよね、と言わんばかりである。
どうやらこの世界の住人は、戦闘民族のようであった。
なぜか現代日本で育ったはずのコタローは溶け込んでいるが。
ユージが異世界に来てから4年目にして、開拓団として1年目の秋。
開拓地は無事に最初の収穫を終えた。
全周を囲う柵と空堀も完成し、防衛戦力は整っている。
現在、住人は7世帯14人と一匹、それから六羽の鶏。
春になれば、さらに人も増える予定だ。
保存食と服飾、商売の種も見つかっている。
ここまでは順調。
だが、冬が来る前に決行予定のゴブリンとオークの集落討伐戦。
結果次第では、開拓地の未来も変わる。
開拓団長として。
ホウジョウ村の村長として。
そして、初めて依頼を受けた8級冒険者として。
ユージは試練の時を迎えるのであった。
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