第十話 ユージ、冒険者ギルドにゴブリンとオークの集落の討伐依頼を出す

「なんとか雪が降る前に間に合いそうですね」


「そうですね。巣を潰して冬を迎えれば、巣にいなかったヤツらも死ぬ可能性は上がりますからね」


 プルミエの街、応接間で領主夫人を待つユージとケビン、アリス。

 ここまで同行した代官は二人を応接間へ案内した後、また後ほどと言い残して去っていった。

 コタローは、例によって領主の館の門前の詰め所で待っている。あいかわらずシベリアンハスキー顔の獣人たちからVIP待遇でもてなされているようだ。


 二度目となれば緊張も薄れているのか、ケビンに話しかけるユージ。和やかな雰囲気である。もっとも、モンスターに対するケビンの言葉は辛辣だったが。

 本物のメイドからお茶を供され、待つことしばし。ようやく領主夫人が応接間へとやって来る。


「お待たせしましたね」


 護衛の騎士を連れ、入室する領主夫人。あいかわらず胸元は大きく開いている。

 煩悩と理性が熾烈に争うユージにとっての試練が再びはじまったようである。まあ領主夫人はそれをわかった上での服のチョイスなのだが。



「わかりました。では、ゴブリンとオークの集落の討伐依頼は、規定通り援助金を出しますわ。それだけで充分かしら?」


「そうですね。あとは生き残りが出ないとは限りませんから、監査役に数名派遣してはいかがかと」


 ケビンの提案に、それもそうね、と同意する領主夫人。それにしてもケビンはモンスターに対しては容赦ない。根切る気満々である。


 やっぱりコルセットをしているんだろうか。こう、現代の技術で作られたブラジャーをしたらこの推定Hカップはさらに破壊力を増すんだろうか。ストッキングも外せないけど、この世界の技術で作れるんだろうか。いや、ヨーロッパにはガータートスの風習があったはずだ。となるといけるのか? 待てよ、網タイツならいけるんじゃないか? そういえば絹っぽいのはあるってケビンさん言ってたな。つ、つまりシルクでシースルーな感じのネグリジェはいける可能性が……?


 自分ではポーカーフェイスを貫いているつもりのユージの頭の中では、煩悩が圧勝していた。元いた世界の服飾を商品化する、というのがスイッチになってしまったようだ。研究熱心なことである。商売のためなのである。


 ポーカーフェイスだと思い込んでいるユージの表情と時おり動く目線を追い、アリスは頬をふくらませていた。こっそり領主夫人の推定Hカップに目をやるアリス。そっと自分の胸に両手を当てる。そこにあるのは何もなかった。あるのにない。哲学である。

 だが、アリスはまだ9才になったばかり。まだまだこれからだもん、とばかりにアリスは歯を食いしばる。幼い嫉妬心であった。


「ああ、そういえばユージさん」


 ふと思い出したかのように、領主夫人がユージに流し目を送る。ビクッと反応するユージ。な、なな、なんでしょう、と言葉を返す。明らかに挙動不審であった。

 ユージの頭の中を見透かしたかのように、口元を隠してふふっと微笑む領主夫人。どこを見て、どんなことを考えていたかバレバレのようだ。役者が違う。


「いえ、開拓村の名前は決めました? 代官のレイモンから、開拓は問題なく進みそうですと聞きましたし、そろそろ名前を決めておいてはどうかしら?」


「え、あ、ええ、はい。開拓村の名前は、ホウジョウ村にしようと思っています」


 動揺しながらも答えるユージ。掲示板住人たちと相談した結果、妹のサクラの後押しもあってホウジョウ村という名前に決めたようだ。いくつも出ていた案は、開拓村が発展したあかつきには広場や通りの名前として採用することで活かすようであった。


「そうですか。では、ユージさんはホウジョウ村の村長ですね。そのように登録させておきます」


 艶然と微笑む領主夫人に見つめられ、顔を赤くするユージ。

 どうやらどれだけユージが成長したとしても、彼女には太刀打ちできなさそうである。


 ともあれ。

 代官が先行して認めていた通り、領主夫人もモンスター集落の討伐依頼に援助金を出すと決断。ケビンに冒険者ギルドへの手紙を渡され、ユージにとって二度目の会談は終わりを告げるのだった。

 ホウジョウ村の村長ユージ、という新たな肩書きを加えて。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「ユージ殿、ケビン殿、待っていました。ゴブリンとオークの集落の討伐依頼ですな?」


 冒険者ギルドにたどり着いたユージとアリス、ケビン。領主の館の詰め所でくつろいでいたコタローも合流して、現在は冒険者ギルドの一室に同席している。


 今回は、個室までの案内は迅速であった。

 ユージたちが冒険者ギルドに足を踏み入れたとたん、カウンターでなにやら冒険者と話していた職員のおばさまが反応。ヒラリとカウンターを飛び越え、話をしていた冒険者の肩を踏み、ユージたちの目の前に着地。挨拶もそこそこにすぐに個室へ案内したのであった。もう二度と同じ轍は踏まない。そんな思いが見て取れる早業だった。


「ええ、そうです。雪が積もる前に根絶やしにしたいですからね」


「そうですな。メスが確認された以上、早めに潰すべきでしょう」


 ギルドマスターの確認に、笑顔で物騒な言葉を返すケビン。だが、ギルドマスターもニコニコと笑顔で同意している。集落にメスがいるため、早めに潰さないとあっという間に数が増えていくのだという。

 二人の言葉に同意するかのようにガウガウッと吠えるコタロー。おぶつはしょうどくよ、とでも言いたげであった。敵には容赦ない女なのだ。

 なぜかその隣で、アリスもコクコクと頷いていた。この世界の女児もモンスターには容赦がないようである。


「ユージ殿たちはどうなさいますか? 開拓地かこの街で待っていてもいいですし、依頼主として同行しても、冒険者として参加してもいいですし。どちらにせよ護衛役は出しますよ?」


 ケビンと討伐依頼の話を詰めていたギルドマスターが、ユージに確認する。ユージは冒険者として登録しているとはいえ、依頼主でもあり開拓団長でもあるのだ。討伐に参加する必要はない。

 そうか、どうしようと考え込むユージ。

 そんなユージに近づき、ポンポンと前脚でユージの足を叩くコタロー。ユージがコタローに目を向けると、歯を剥き出して小さく唸っていた。なにひよってるのよ、やるにきまってるじゃない、と言いたげな表情である。その横では、なぜかアリスもやる気満々の目でユージを見つめていた。苛烈な女たちである。


 こうして、ユージとアリスは冒険者ギルドで初めての依頼を受けるのだった。

 ちなみに、ギルドマスターにその実力を認められているコタローの参戦も決まったが、コタローは依頼を受けないようだった。犬なので。



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