第九話 ユージ、ゴブリン&オークの調査について報告を受ける
開拓地初の収穫祭、そしてアリスの誕生日会を行った翌日。
プルミエの街の代官にして開拓地担当の徴税官とユージ、ケビンは門の前の切り株が置かれたスペースで今後の開拓予定について話し込んでいた。
アリスはそれぞれ作業にとりかかる住人たちのまわりをうろうろしている。
この世界で作られた衣服に、胸には誕生日プレゼントでもらった布のコサージュ。暖かな小春日和だったが、首には狐のマフラーが巻かれていた。季節を先取るファッショニスタなのだ。いや、単にプレゼントを自慢したいだけのようであったが。
コタローをお供に連れてニコニコと、農作業をする犬人族のマルセルとマルクの近くに立つアリス。プレゼントを自慢したいのだが、自分から言うことはない。複雑な乙女心である。
マルセルとマルクがその姿に気づき、朝の挨拶を交わす。お、アリスちゃん、マフラーしてくれてるんだね! 似合ってるよ、と褒めるマルセル。アリスはニパッと顔をほころばせる。
その顔を見たマルクは、もじもじしていた。けっきょくマルクが何か言う前に、アリスはスタスタと去っていった。がっくりと肩を落とすマルク。アリスちゃん、かわいいよと小さく呟いている。もちろんアリスの耳には届かない。がんばりなさい、と言わんばかりにコタローだけが振り返っていた。マルクの春はまだ遠いようだ。
アリスの次のターゲットは家造りに励む木工職人トマスと助手チームであった。
どうやら今日は一日この格好でうろつくつもりのようである。よっぽどうれしかったのね、と言いたげなコタローも大人しくアリスと一緒に行動していた。面倒見のいい女である。犬だけど。
「防衛戦力は問題ありませんから、冬のうちに農地を開拓して、雪解けとともに何軒か農家の移住希望者を募ろうと思っています。農作業を指揮できる者はいますから、引退した冒険者でもいいかもしれませんね。冬の間に鍛冶場の準備もはじめたいところです」
開拓の予定を代官と話し込むケビン。ユージはなるほど、とケビンの考えを聞いている。開拓団長なのだが。いや、ケビンがスポンサーであることを考えればさほどおかしくはないかもしれない。
「ふむ……。犯罪奴隷を受け入れる気はないか? 使い潰してもらってもかまわんが」
ケビンの話を聞いていた代官が、開拓団長のユージに問いかける。
「犯罪奴隷、ですか……。ケビンさんから話は聞きましたけど、やっぱりそれはちょっと……」
開拓は重労働である。確かに労働力としては魅力的かもしれないが、現代日本で育ったユージには、粗末な衣食住で重労働を課すことが義務となる犯罪奴隷には抵抗があるようだった。
この世界の奴隷は自分で身分を買い戻すことができるうえ、農作業を指揮しているマルセルのように、専門分野であれば平民が従うことも珍しくはない。そのためユージも犬人族の奴隷、マルセルの主であることはそれほど抵抗がなかった。
だが、犯罪奴隷となると話は別だ。原因となる違法行為があるうえに、奴隷身分が罰のため、主は一定の基準以下の扱いを求められるのだ。ユージに心理的な抵抗があって当然である。
「犯罪奴隷が余っているのであれば、街とここまでの道造りに使ってはどうですか? いまは二人で拓いていますが、内容も環境も過酷だと思いますよ。それに……。荷車が通れる道ができれば、鍛冶工房もこちらに招けますし、移住者も増やせるので税収も上がるでしょう」
抜け目なく代官に提案するケビン。代官はふむ、と考え込んでいる。
犯罪奴隷とはいえ手頃な労働場所がなければただ牢に繋ぐのみなのだ。遊ばせておくのはもったいない、という代官の考えを見抜いてのケビンの提案であった。
冷たいようだが、これが異世界の現実なのだ。シジフォスのごとく不毛な労働をさせない分、この二人はまだ優しい方である。
ユージはそんな二人の会話には入れず、ただ見守るのみであった。
「ただ移住もですが、いま冒険者たちが行っている森の調査が終わってからですかね。ゴブリンとオークがこれ以上増えるようなら、さすがに危ないですから」
そんなケビンの言葉が呼び水になったのか。
おーいユージ殿、例の冒険者が帰ってきたぞー、という声が聞こえてくるのであった。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
ユージ宅の門の前、切り株が置かれた簡易広場。
そこに、ユージ、ケビン、元冒険者パーティのリーダー、森の調査から帰ってきた冒険者パーティ『宵闇の風』の二人。さらに、ついでだからとこの地にいた代官も同席するようである。
「それで、どうでしたか? 何かわかりました?」
調査を依頼した開拓団長として、ユージが二人に問いかける。
「ええ。まず、ゴブリンとオークの集落を発見しました。場所はここから南東に二日ほどです。プルミエの街からも北東に二日といったところでしょうか」
冒険者パーティ『宵闇の風』の軽戦士の男が報告する。その言葉に、もう一人の斥候役の男も頷いていた。
「ふむ。予想以上に街から近いな」
調査結果を受け、思わず口を開いたのはプルミエの街の代官。彼にとって、開拓地がモンスターによって潰されるよりも、撃退できるとはいえ街が襲われることの方が一大事なのだ。街に近い、というのを問題視しているようだった。
「はい。数は、ゴブリンとオークを合わせて300ほどだと思われます。ゴブリン、オークともメスの存在を確認しました」
「ちっ、メスつきかよ。早めに潰さないとさらに増えてくな」
続いて報告に反応したのは元3級冒険者パーティ『深緑の風』のリーダー。300と聞いてユージは驚いていたが、その事実よりもメスが存在してさらに増殖していくことが問題のようだ。
「ええ、先輩。それと、オークには上位種を見つけました。ソイツがボスとして群れを率いているようです。オークとゴブリンが一緒に行動しているのもソイツが指示しているように見えました」
本来、別種であるゴブリンとオークが仲良く行動することは考えにくいのだ。冒険者ギルドや彼ら冒険者の間では上位種の存在は当初から予想されていたが、どうやらその通りのようである。
「今のところ、群れの主な行動範囲には人里はありません。ただ、集落の場所、メスの存在、多少でも頭がまわる上位種がいるわけですから……。早急に潰す必要がある、と僕たち二人は考えています。もちろんギルドにもそう報告するつもりです」
そう言って簡素にまとめた報告を締めくくる『宵闇の風』の軽戦士。手書きの地図を基にした行動範囲や集落の場所などは、また後で報告するようである。代官、開拓団長、後援者、彼らの先輩と、重要人物が集まっているのを見てひとまず要点を伝えることにしたようだ。このあたりの判断が、実力と信頼性を兼ね備えた3級冒険者たる
「ユージ殿、ケビン殿、どうされるつもりだ? 街からの距離を考えれば、領兵を出してもいいが」
代官の投げかけを受け、ユージはケビンに目を向ける。
開拓団長であり、ケビンがまとめた報告書は見ているが、保存食のユージの取り分を加えても開拓地としての収支はマイナスだ。開拓団一年目としては当たり前だが。ユージがスポンサーであるケビンに振ったのは正しい判断であろう。
「ありがとうございます。ですが、冒険者ギルドに依頼しようと思います。ギルドマスターの顔を立てたいですし、開拓団と冒険者ギルドの繋がりは深めておきたいですしね。ただ、依頼の援助金に関してはお願いするつもりです」
ケビンは領兵ではなく冒険者による殲滅を選んだようである。
そうか、了解したと言葉少なにその判断を認める代官。彼にとっては集落を潰すことが肝要であり、誰がやるかは問題ではないようだった。もっとも領兵を動かすより援助金のみの方が総合的には支出は少ない、という皮算用もあったのだが。
冒険者ギルドに依頼することで、以前に追い込んだギルドマスターの顔を立てる。もちろんケビンの頭には、開拓地に引退する冒険者を送り込みたい冒険者ギルドとしては、使えない者は送って来ないだろうという思惑も働いている。領主夫人や代官にできるだけ借りを作りたくないという思惑も。
「ということでユージさん。私たちが街まで帰る時に、一緒に来てください。本格的に冬になって雪が積もる前に、集落を潰して殺しきりましょう」
いつもの笑みは影を潜め、真面目な表情でケビンがユージに話しかける。
鋭い目つきと物騒なケビンの言葉。
その迫力に押されるまま、ユージははい、と答えるのだった。
いや、ついに片鱗を見せた『戦う行商人』の二つ名を持つケビンの迫力に、それしか言えなかっただけのようだが。
生き死にが身近な血なまぐさい世界で暮らしてきた者たちの気迫には、まだまだユージもかなわないようであった。
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