第八話 ユージ、作物を収穫して初の徴税官を迎える

 ユージが異世界に来てから4年目の秋。

 開拓地は、収穫の時を迎えていた。


 ユージとアリス、獣人一家、元冒険者パーティ、針子夫婦、総勢11人の収穫作業。

 針子としてケビン商会に雇われた夫婦も、この時ばかりは農作業を手伝っていた。

 木工職人のトマスとその助手の二人は農作業ではなく家造りにかかりきりだった。大部屋のみの建物だが、ようやく簡易宿泊所兼集会所の完成が見えてきたのだ。

 人が農地に集まったため、開拓地の外周、柵周辺の見まわりはコタローが担当していた。できる女だが、さすがに農作業は手伝えないのだ。腕が脚なので。


「よいしょっと! いやあ、これだけの人数でやるとすぐに終わりますね」


「そうですね、ユージさま。まだまだ畑も小さいですから」


 作業が一段落したところで、ふうっと息を吐いてユージが言葉を漏らす。答えたのは、ユージの奴隷、犬人族のマルセルである。その横では、マルセルの息子のマルクが小さな手で懸命に鎌を振るっていた。時おり隣にいるアリスにチラッと目をやる。できる男アピールのようだ。


「ですがユージさま、人も増えましたし、来年はもっと畑を大きくしますよ!」


 笑顔で宣言するマルセル。ユージの奴隷だが、もっとも農作業の知識を持っているのは彼だ。自然と指揮をとっていたが、元冒険者たちをはじめ開拓民はおとなしく従っていた。どうやら奴隷身分でも、知識ある者の指揮なら問題ないようだ。


 麦、イモ、試験的に育てられたいくつかの野菜。

 春にマルセルが見立てた通り、およそ6人が一冬越えられる収穫量となったようである。まだまだ些細な量だが、ユージ一人で畑を作っていた頃と比べれば格段の進歩だった。


 収穫を終えれば、間もなくアリスは9才の誕生日。

 次にケビンが開拓地に来る時は、服飾の第一段として提案されたジーンズとオーバーオール用の布を持ってくる手はずになっている。

 そろそろゴブリンとオークの調査に出ていた冒険者二人組『宵闇の風』も戻り、ユージに報告に来る予定だ。

 冬を迎えるまでのわずかな時間は、せわしない時になりそうだった。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「おーい、ユージさん!」


 収穫を終えた翌日。

 家の門の前、切り株が並ぶスペースでなにやら準備していたユージとアリス、コタローの下をケビンが訪れる。

 ちなみに、このところユージたちが行っている用水路造りは遅々として進んでいない。川まではまだ遥か長い道のりである。


 ケビンはいつもの冒険者三人組のほかに、一人の男を連れてきていた。あれ、どこかで見たような……と考え込むユージ。

 横にいたアリスが、あ! だいかんさんだ! こんにちは! と元気よく挨拶する。どうやらアリスの方が物覚えがよかったようだ。さすがもうすぐ9才の賢い子である。33才のおっさんも顔は覚えていたようだが。


「こんにちはお嬢さん、ユージ団長。今回は代官ではなく徴税官として開拓地の検分だ」


 痩せぎすで、黒い髪を後ろに撫で付けた40才前後の男が、無表情に来意を告げる。

 プルミエの街の代官、レイモン・カンタール。

 徴税官として、代官自らの登場であった。



「ふむ……。柵、水場、それから簡易住居。畑は小さいが、開拓団として一年目であれば上々ではないか? 優遇措置が終わる四年目からは問題なく徴税できそうだ」


 ユージの案内で、ひととおり開拓地を見てまわった代官が満足げに頷く。サポートとしてケビンも横についていたが、開拓団長はユージなのだ。拙いながらもなんとか案内を終えたようである。

 だが、代官はまるでユージの家が目に入っていないかのように振る舞っている。あ、ここが俺とアリスとコタローの家です、とユージが門の前から紹介した際も、そうか、と一声発するのみであった。

 農地や収穫量にしか興味がないのか。そんなことはあるまい。プルミエの街の代官にして徴税官なのだ。やはり領主夫人や代官はユージが稀人だと気づいているのだろう。そもそも一年目の開拓地に、代官自ら徴税官として訪れるなどありえないのだ。



「そういえばユージさん、先ほどは家の前で何をしてらっしゃったんですか?」


「ああ、あれですか! 開拓団として一年目の収穫が終わったので、ささやかですが収穫祭をやろうと思ったんですよ!」


 笑みを浮かべてケビンに応えるユージ。収穫祭にはもうひとつ、アリスの9才の誕生パーティの意味も込められている。だが、ユージの横にはアリスがいる。どうやらアリスには秘密にしているようだった。


「ふむ。では、私も参加しよう。ケビン殿、酒は提供できるか? ならば私が酒代を持とう」


 無表情のまま参加を表明する代官。些少ながらケビンが酒を持っていることを確認すると、おごると宣言していた。太っ腹である。まあすぐには帰れないので参加するしかないのだが。ただ代官としても、ユージやケビンと良好な関係を作りたいようである。


 ともあれ。

 開拓地として、四年目から納税することは問題ない。ユージが話を聞くと、税率もそこまでひどくないようであった。問題ない、と太鼓判を押すようにケビンも頷いている。

 徴税官と聞いてユージは緊張していたが、どうやら無事に初の訪問をクリアしたようである。しかも今後も毎年、代官自らが徴税官として対応するという。明らかに稀人であることがバレバレの特別措置だったが、事情を理解している人物が徴税官であることは望むべくもない。税収を上げられているうちは。


 ユージが異世界に来てから4度目の秋、そして開拓団として最初の秋。

 ユージにしては珍しく予定が詰まった秋、ユージはその最初の難関である初の徴税官の査察をクリアするのだった。




  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



 夜。

 開拓地の住人とケビン、ケビンの護衛のいつもの冒険者三人組、代官が大きなたき火を囲み、それぞれ木製のコップを手にしている。中に入っているのはケビンが持ってきたワイン。一人二杯程度の量しかなかったが、それでも街から離れた開拓地では滅多に飲めないご褒美である。犬人族のマルクとアリスには、ユージ宅のジューサーを使ったフルーツジュースが配られていた。現代ほど流通が発展していない異世界ではこちらも御馳走である。コタローに配られたのは骨付き肉だった。名を捨てて実を取る女なのだ。名も捨てないが。いや、男性名ゆえ捨てた方がいいのかもしれないが。


「えー、それでは。開拓団として第一回の収穫が終わりました! みなさんお疲れさまでしたということで、かんぱーい!」


 立ち上がったユージは緊張で顔を赤らめ、たどたどしいながらもそれっぽい音頭をとる。開拓団長っぽい。

 乾杯の言葉通り、一気にコップのワインを飲み干す住人たち。この世界では、最初の一杯は一気飲みが主流のようである。危ない。


 ケビンが如才なく二杯目を継ぎ終わったところで、再びユージが立ち上がる。今度は緊張の赤ら顔ではなく、やけにニヤついていた。


「アリス! 一年間いい子だったアリスに、みんなから9才のお祝いにプレゼントを用意しました!」


 高らかに宣言するユージ。アリスはきょとんと目を丸くしていた。どうやらサプライズは成功のようだ。


 はいどーぞ、と小さな箱を手渡すユージ。ユージの母親が残していた包装紙とリボンでラッピングされた小箱を受け取ったアリスは、キラキラと目を輝かせている。なぜ母親という生き物は包装紙をとっておくのか。だが、無駄かと思われた包装紙も異世界では役に立ったようである。


 丁寧にラッピングを外していくアリス。きっと、このありふれた包装紙も安っぽいリボンも、彼女の宝物になるのだろう。

 包装をはがすと、小さな木箱が見える。これは木工職人のトマスの手によるものだ。

 そっと蓋をあけるアリス。

 中に入っていたのは、バラのコサージュだった。

 布を提供したのはユージ、実際に縫ったのは針子の二人。ちなみに、プレゼントを考えて作り方を教えたのは掲示板の住人たちだった。

 限られた布で、本職の針子とはいえ初めて作ったもの。ワイヤーも入っていないへなへなのコサージュだったが、それでもアリスのことを思って作られたプレゼント。


 うわあ、うわあ、と満面の笑みで言葉にならない喜びをあらわすアリス。


 続いて、元冒険者パーティと獣人一家、コタローが揃ってアリスの前に立つ。

 差し出されたのは、狐の毛皮のマフラー。

 収穫祭でアリスの誕生日にプレゼントを渡すと聞いて、コタローが張り切って森を捜索。元冒険者パーティを引き連れて仕留めてきたものだ。皮をなめし、マフラーに仕立てたのは獣人一家と針子の二人である。


「あ、あり、ありがとう!」


 二つのプレゼントに、アリスの涙腺が決壊したようだ。喜びの涙がアリスの頬を伝う。

 ほらほら、もうきゅうさいなんだからなくんじゃないの、とばかりにコタローがアリスの頬を舐める。舐められたアリスの頬に獣の香りが移るのは致し方ないことであった。お姉さんぶっているが、犬なのだ。


 祝福と感謝でにぎやかな一団。

 そんな一団を、冷静に見つめる二人。

 一人は、アリスちゃんに何か用意しようという意思と、あれも売れそうだという商売人の目をもって。

 一人は、一団からケビンに視線を移し、また税収が上がりそうだ、という期待を込めて。


 開拓団、一年目の秋。

 アリスは9才になった。

 もはや幼女ではなく、女児と呼んでもいい年齢である。

 もっとも、まだとある掲示板住人の対象からは外れていないようであったが。



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