『第八章 開拓団長ユージはパストゥール領ホウジョウ村村長を兼務する』

第八章 プロローグ

「おーい、ユージさん! よかった、間に合ったぜ!」


「あれ? お二人ともどうしたんですか?」


 開拓地を訪れたケビンに誘われ、プルミエの街の缶詰工房の見学と移住予定の鍛冶師との面通しに向かっていたユージ。

 家を出て三日目、元3級冒険者の斥候と盾役を担当する大柄な男に追いつかれ、声をかけられる。


「いやあ、コイツが婚約者に会いたいとか言い出したもんでね。俺もちょっくら街に行きたくなったし、二人で追いかけてきたのさ」


 斥候の男の説明に、コクリと頷く盾役の男。基本、人との会話はパーティメンバーに任せる無口な男であった。


「そうですか……でも開拓地の防衛は、ってそうか、ゴブリンとオークならあの夫婦で50体はイケるんでしたっけ」


「そういうこと! ところでユージさん、ケビンさん。街で……遊んだりするだろ?」


 ニヤリと笑う元斥候。そう。元3級冒険者パーティのうち、彼だけが独身だったのだ。



 パチパチと、薪が爆ぜる音が鳴る。

 街を目指して三日目の夜。

 森の入り口に近く、明日の昼過ぎにはプルミエの街に着くとあって一行は和やかな談笑モードであった。


「そんな感じでよ、パーティの拠点にしていた家の管理のために奴隷を買うことになってな。そんで買った奴隷は確かによく働いてくれてたんだが、コイツがしょっちゅう働きを認めて賃金を上げようとか言ってたわけだ。まあその頃には俺たちもバッチリ稼いでたし、その奴隷にわりといい給金をあげてたんだ。で、だ。自分を買い取れる金額が貯まったみたいで、その奴隷にどうするかウチのリーダーが聞いたわけよ。そしたらその奴隷、何て言ったと思う?」


 斥候役の男を語り部に、ユージとアリス、コタロー、ケビンは焚き火を囲んでいた。見張りはケビンの専属護衛だったが、聞き耳を立てているようである。

 男の語りはなかなかうまく、アリスはキラキラと目を輝かせていた。コタローもゆっくり尻尾を振っており、機嫌がいいようだ。ふんふん、それでそれで、と目で先を促している。盾役の男の表情を見てなんとなくオチに気付いているようだが、指摘はしない。空気が読める女なのだ。犬だけど。


「それで、その奴隷の人は何て言ったんですか?」


 事が奴隷の話であり、犬人族のマルセルの主であるユージは興味深いのか身を乗り出して話の続きを促す。

 マルセルの賃金と、その妻でありケビン商会の従業員でもある猫人族のニナの給金。このペースで考えると、あと5年もかからずマルセルは自分を買い戻せそうなのだ。ユージも他人事ではない。


「平民に戻って、彼と結婚します、だってよ。コイツ、無口なフリしてしっかり口説いてやがったのさ!」


 語っていた斥候の男は、バンバンと盾役の男の肩を叩く。その勢いは次第に強くなっていた。いや、もはや拳を固めてわき腹を殴っている。もっとも斥候の軽い拳などまったく効いておらず、殴られている男はただ照れたように頭をかいていたが。

 わー、すごーいとはしゃぐアリス。アリスももう8才。コイバナに興味津々なお年頃なのだ。開拓地に女性がいることで、コイバナはともかく女性としての教育もされていくことだろう。

 読みが当たったコタローは、おあついわね、とばかりに鼻を鳴らしていた。上から目線である。下から見上げているクセに。


「ってことで、はやいこと開拓地に家を建てて迎えに行きたいんだと。うらやましいねえ、まったく。これでパーティで独身の男は俺だけさ。さみしい俺は、ちょっと街で遊んでこようと思ってね」


「はあ、そうですか……。でも、前回街に行った時、ケビンさんに連れてってもらったんですけどね、その……」


 語りだすユージ。

 コタローは冷たい目を向ける。もう、ありすがいるのよ、と言わんばかりである。だが怒るつもりはないようだった。理解のある女なのだ。犬だけど。

 コタローはすっくと四つの脚で起き上がり、用意された寝床にアリスを促す。

 ええー、と言いながらも、アリスはおとなしくコタローに従っていた。ここからは大人の時間なのだ。


「その、気になるんですよ……。腕や足の毛が……」


「ああ、ユージさんはこの国の出身じゃないのか? 処理する土地もあるらしいからなあ。よし、じゃあ俺が対策を教えてやろう。いいか、そういう時は事前にこう言っておくのさ。お貴族様みたいな長手袋つきの衣装でしたい、ってな」


 コスプレである。

 いつの時代でも、どんな世界でも、男とは業の深い生き物であるようだ。


 目からウロコ、とばかりに驚きの表情を見せるユージ。

 そしてニヤリと口を笑みの形に歪める。

 アリスを先に寝かせに行ったコタローのファインプレーである。

 良い子は見ちゃいけない醜悪な笑みであった。

 ユージはどうやらいらない知識を手に入れたようだ。



 ユージが家ごと異世界に来てから4年目の夏。

 農作業はユージの奴隷、犬人族のマルセルを中心に順調に進んでいる。

 木工職人のトマスは陽が出ているうちは家作りに、夕方からは新しい技術の勉強に励んでいる。

 元3級冒険者の四人はユージが思う以上の戦力だったようで、防衛は問題なさそうだ。

 頻出していたゴブリンとオークに関する調査も進んでいる。

 ケビン商会の資金により、開拓に必要な物資も揃い、ユージに絡んだ男たちの手によって開拓地から街までの道も少し歩きやすく拓かれはじめていた。


 開拓団長ユージが指揮する開拓団は、順調であった。

 誰が指揮しているかは別として。


 そして、ユージが異世界に来てから二度目の街。


 どうやらユージは、男になるようである。


 いや、十数年前に一度だけ経験はあるようだが。



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