第一話 ユージ、二度目の異世界の街で初めてドワーフと会話する
ガン、ガアンと大きな金属音が響く。
ユージが異世界に来てから二度目のプルミエの街への訪問。
ユージとアリス、コタローは、缶詰を作っている鍛冶工房を訪れていた。案内はもちろんいまや商会の会頭となったケビンと、その護衛である。
街に来る途中に合流した元冒険者の二人は、パーティが拠点としている家に向かうため別行動であった。いや、拠点に向かったのは婚約者がいる盾役の男だけで、独身の斥候はいそいそと繁華街に消えていったが。
ちなみにコタローは入り口を一瞥した後、スタスタと去っていった。ちょっとうるさすぎてむりね、かえるころにもどってくるわ、と言いたげな様子であった。ケビンもユージもアリスも、コタローの一人歩きを心配していないようだ。この中で唯一、単独行動を認められた女なのである。犬なのだが。
「さあ、入りましょうかユージさん。外から呼びかけても聞こえないので、中に入るしかないんですよ」
ケビンが先導し、ぞろぞろと工房内に足を踏み入れる一行。
ユージが目にしたのは、木製のカウンターだった。どうやら基本的にはここで用件を話すようだ。だが、ケビンは気にせずスタスタとさらに中へ入っていく。
カウンターの奥の扉を開くと、ムワッと熱気が吹き寄せてくる。
「あ、ケビンさん。いらっしゃいませ」
開いた扉に反応したのか、小柄な人物が歩み寄りケビンに声をかけてきた。
140cmほどの背丈だが、体つきは逞しくがっしりしている。長くボリュームたっぷりの赤髪はいくつもの束に編まれている。胸元まで垂れ下がった髭も、三つに編み込まれていた。
胸筋、いや、Aカップ……?
ユージの特殊技能『
え、うそだろ、そんなバカな。小声で呟くユージ。
豊富な髭をたくわえ、見た目は小柄な年配の男。いわゆるドワーフの男に見える。
だが。
ユージが地球で数々のグラビアと動画を見て鍛えてきた特殊技能、スカウターが発動したのだ。かつて日本にいた頃は、男の娘すら見分けてきた能力が発動したのだ。
つまり……。
「紹介しますね。こちらが開拓団長のユージさん。それからこちら、この鍛冶工房の親方の奥さんです。この鍛冶工房は、親方夫婦がドワーフなんですよ!」
ユージが暮らす世界では。
ドワーフは、女性でも髭があるようだった。
褐色少女でも合法ロリでもないようだった。
また一つ現実を知り、落ち込むユージ。
そんなユージを気遣い、アリスはユージ兄、だいじょうぶ? どうしたの? と優しい言葉をかけている。ユージは、だいじょうぶ、気にしないでくれと弱々しく応えるのみであった。アリスにショックを受けた理由を語る気はないようだ。
そんな二人を他所に、ケビンと鍛冶工房の親方の話は続く。
ユージが落ち込んでいる間に奥様が連れてきたドワーフの親方。ユージは名前すら聞いていなかったようである。
「では親方、そういうことで。あれ、ユージさん、どうしました? 大丈夫ですか?」
ユージがショックを受けている間に、ケビンは親方と打ち合わせを終えていた。ようやくユージに声をかけるケビン。ユージの状態に気づいていたようだが、打ち合わせを優先して無視したようである。結果、試作缶詰の修正案と予算、移住予定の弟子との顔合わせ、移住できる状態のヒアリングなど、打ち合わせはスムーズに終わっていた。決してユージが邪魔をしなかったからスムーズだったという訳ではあるまい。決してそこまで計算してケビンがユージを放置していた訳ではあるまい。おそらく。
「ええ、だ、だいじょうぶですよ。ああそうだ、一つ作ってほしいものがあるんですけど……」
ようやく立ち直ったユージが、ドワーフの親方とケビンに声をかける。
そう。
ドワーフに会うと聞いて、その技術力を確かめる意味でも、この世界にはない便利な道具を作るという意味でも、掲示板の住人たちから指令が出ていたのだ。
眉を片方だけ上げ、先を促すドワーフ親方。依頼主であるケビンとのややこしい話はきちんと会話をこなしていたが、基本は無口なようである。
ユージの拙い言葉と、木片と炭を借りて描いた絵で説明するユージ。どうやらなんとか作ってほしい物は伝わったようである。
「それで、これは何に使うもんなんだ? 武器か?」
「いえ、これはテコの原理を使って釘を抜いたり、あとはこう、物を持ち上げたりするんですよ。ほかにもいろんな使い道がある道具なんです。これぐらい長いのとこれぐらいの短め、二種類を二つずつお願いします。どれぐらいでできますかね?」
約150cmと90cmほどの長さを手で示し、二つずつ依頼するユージ。どうやらユージが頼んだのは、武器にもなる万能道具『
「そうだな……。三日くれ」
言葉少なに答える親方。
おお、これがあのドワーフの、生で聞けるなんて、などと呟くユージ。
ユージが感動していた理由は、誰にも理解されなかった。
当たり前だ。
これまでになかった物だが、硬い金属は存在するし、この工房では加工して様々な武器も作っている。テコの原理も名前はともかく、その内容は理解されている。釘もあり、バールのようなものの用途もわかる。初めて作るとはいえ、難易度は高くない。ケビンなど、三日ですか、長いけどまあ他の仕事が詰まっているのでしょう、と考えていたぐらいであった。三日と言われて感動する方がおかしいのだ。
「ところで、ユージ殿は開拓団長なんだろ? モンスターと戦うこともあると思うが……。そんな装備で大丈夫か?」
ユージの短槍と盾に目をやり、問いかける親方。
今日のユージは皮鎧を着込み、短槍と盾を持った冒険者ルックであった。ユージが使っているのは、ケビンが用意した一般的な店売りの武具。どうやら親方は、モンスターの矢面に立つこともある開拓団長がそんな装備でいいのか、と言いたいようだった。
「えっと……」
チラリとケビンの方へ目をやるユージ。現在、ユージの懐事情を把握しているのはケビンだけだ。開拓団長は、完全にスポンサーに依存していた。いや、缶詰も含めた保存食の利益はユージの分もあるのだが。
ユージと目を合わせ、ケビンが頷く。どうやら武具を新調する許可が出たようだ。
「よし! いやあ、なんでしょう、新しい武器ってワクワクしますね!」
そんなことを言いながら、鍛冶工房に保管されていた新しい短槍と盾を手にするユージ。思えばこうして自ら武器を選ぶのは初めてのことである。喜ぶのも無理はないかもしれないが、落ち着きのない33才であった。
アリスも新しい短剣を手にし、鞘から抜いてキラキラした目で眺めている。ヤンデレ幼女である。いや違う、護身と獲物の解体のために必要なのだ。
新たな武具を手にして喜ぶ二人を目にして、親方は嬉しそうな様子であった。
偶然ではあるが、ユージとドワーフ親方の距離は縮まったようである。
ユージはなぜか親方とわかり合えている気がしていた。
「ところで……
「あ? なに言ってんだ? 当たり前だろ?」
ユージはなぜかわかり合えている気がしていたが、気のせいだったようである。
こうして缶詰工房の見学、開拓地へ移住するドワーフ親方の弟子との顔合わせを済ませ、ユージたちは工房を出るのであった。
ちなみに、実際の移住は街から開拓地まで荷車が通れる道ができてからである。
工房で燃料にしているのは木炭、石炭、魔法。仮に木炭は開拓地で作り、魔法はアリスを頼るにしても、素材は街から運ばなければならない。
開拓地が発展するまでには、まだまだ長い時間がかかりそうである。
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