閑話7-18 ユージの妹サクラ、ジョージとその友達のルイスと話をする
-------------------------前書き-------------------------
副題の「7-18」は、この閑話が第七章 十八話目ぐらいの頃という意味です。
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『ただいまー。あれ? 誰か来てるのかな?』
アメリカ、ロサンゼルス。
休日のジム通いから家に帰って来たサクラの耳に、話し声が届く。
『ジョージ? あれ? 部屋かな?』
リビングに荷物を置き、友達が来ても自分の部屋に入れることは少ないのに珍しいわね、などと考えながらジョージの部屋に向かうサクラ。
ジョージの部屋には、友人でCGクリエイターのルイスが来ていたようである。
27インチの大型モニター一体型パソコンとともに。
『え? ちょっとジョージ、ルイスさん。何そのパソコン?』
ジョージのワークデスクに並ぶ二台のパソコン。27インチでクリエイターに人気の機種である。まったく同じものだが、サクラが出かける前は確かにいつもジョージが使っている一台しかなかったはずだ。
『ああサクラさんおかえり! おじゃましてるよ! これかい? 僕が買ってきたんだ! そんなことより見てくれよこの写真! ユージさんが街から帰ってきて新しい画像をアップしてるんだ! 雑然とした街並み、獣人の造形にファッション! アメイジングだよ! いやー、僕の想像力もまだまだだね! 異世界はあなどれないよ!』
興奮したルイスが、マシンガンのようにサクラに語る。どこからつっこめばいいのか迷い、視線でジョージに助けを求めるサクラ。
『ほらサクラ、見てごらん。すごいよこの乱雑さ。配色だって統一性もなく好き勝手にやってるだけなのに、全体で見るとバランスが取れてるんだ。紫に薄いグリーンを合わせる? 正気じゃないね! でも美しい!』
どうやらジョージからの助けは得られないようだった。
『それで? どうしたの二人とも?』
『どうしたのって、サクラさんの兄、ユージさんの話をしたり画像を見るために僕のパソコンも用意したんだ! ジョージとふたりで掲示板もチェックしてるよ! そうだ、サクラさんがいれば翻訳もしてもらえるじゃないか! あ、僕に日本語を教えてくれないかい? 翻訳ソフトはイマイチ意味がわかりづらくてね……。いやあここの環境は最高じゃないか!』
『ルイスさん……お仕事は?』
『Oh……サクラさん。僕にこんなホットな話題を見逃して仕事しろって言うのかい? ドイツ人みたいなつまらないジョークはやめておくれよ!』
どうやらこの男、仕事を辞めてユージにかかりっきりのようだ。自由人である。だが、ルイスほどの技術とセンスと実績があれば、働く気になったら再就職など余裕であった。引く手はあまたなのだ。オタクで気分屋で自由人という扱いにくい人物なのに。
ふう、と大きくため息を吐き、気持ちを切り替えるサクラ。どうやらルイスのことは諦めたようだ。そしてサクラはアメリカに来てから10年。アメリカ人得意のお国柄ジョークには慣れたものだった。対処するコツはただひとつ。スルーである。
『ジョージ……あなたは大丈夫よね?』
夫であり、共同経営者であるジョージに問いかけるサクラ。辞めると言い出したら家計の危機である。家庭も危機である。
『大丈夫だよサクラ。……ところで、これはなんていう意味なんだい? 村の名前を決めようとしていることはわかるんだけど、みんなが提案している名前まで翻訳されちゃってね。わかりづらいんだ』
スマホをいじっていたジョージは目を上げ、サクラに大丈夫だと答える。話を聞いていたかどうかは不明だ。
なにこれ、こんな不安な『大丈夫』聞いたことない。しっかりしてよもう、イタリア人じゃないんだから、とブツブツ呟くサクラ。無自覚のうちにお国柄ジョークを使っていた。サクラはすっかりアメリカナイズされているようだ。
『えーっと、これはユージ村ね。コタロー村、アリスちゃん村。ニホン、フジヤマ、サムライ、ニンジャはわかるわよね?』
ジョージの自室。二台ならんだ27インチのパソコン。一台は翻訳ツールを使って英語で、もう一台はそのまま日本語で掲示板を表示している。
モニターを指差しながら掲示板に書かれた内容を説明するサクラ。この女、何気にノリノリである。
サクラの言葉を聞いていた男二人の目が輝く。
『サ、サムライ! ニンジャ! ……サクラさん。実はいまも日本にいるんだろ? こう、普通の人に見せかけて実はサムライだったり? ニ、ニンジャだったり……。まさかサクラさん……?』
期待に満ちた目でサクラを見つめる男二人。
『いないわよ! 私も違うから! ルイスさん、なんで私の背中を見ようとしてるの! 甲羅なんてないから! ソレ日本の忍者と別物だから!』
亀はニンジャだが忍者ではないのだ。サクラはしっかり夫のジョージにアメコミを仕込まれているようである。
『ホントにもう。だいたい忍者なんて諜報がメインなんだから表に出るわけないじゃない。今もひっそり忍んでるかもしれないけどさ』
サクラもだいぶんファンタジー忍者に毒されているようである。
『あ、名字聞かれてる。たしかにいいかもなー。北条だよ! っと』
固唾をのんで見守る男二人を無視して掲示板に書き込むサクラ。ジョージとルイスはリアルタイムで正確なコミュニケーションをとれるサクラをうらやましそうに見つめていた。
『よし、ルイス。俺たちも何か考えようじゃないか! それでサクラに書き込んでもらおう!』
『そうだなあ。……うん、じゃあアレだ。ユージオブザデッドはどうだい?』
『おお! いかにもあいつらが出てきそうだな! いや、最近のモノからウォーキング・ユージがいいんじゃないか?』
どうしてもゾンビを出したいようである。
だがもはや意味がわからない。
死者のユージに歩くユージである。
それでも英語が母国語なのか。呆れた目で盛り上がる二人を見つめるサクラ。
『いや、ここは異世界というファンタジーな事実も加えて……。キャッスルロックはどうだい?』
『すばらしい、すばらしいよジョージ! それでいこう!』
それでいこう、ではない。
かの世界的ベストセラー作家が何度も物語の舞台にした街の名前である。
どう考えても尋常ではない事件が起こること受けあいだ。
『いや待ってくれジョージ。アーカムもいいんじゃないか?』
いいんじゃないか、ではない。
現代まで続くかのコズミックホラーの潮流を生み出した作家が舞台にした街の名前である。
どう考えても名状しがたいサムシングがやってくること受けあいだ。
『もう。二人とも、考えるなら真面目に考えてよ。インスマスもいいんじゃない?』
なぜのっかるのか。
なんだかんだ言いながら、サクラもその気があるようだった。
『うーん……。あんまり反応がよくないなあ。日本人の感性はよくわからないよ』
サクラに書き込ませたゾンビものからとった名前も、ホラー系の名前もいまいち掲示板の住人たちのウケはよくなかった。当たり前だ。住人たちはジョークととらえたのだ。
『いいじゃない、ホウジョウ村! サクラ村はちょっと恥ずかしいけど……』
わずかに頬を染め、恥ずかしげに小声で呟くサクラ。まるで少女のような表情である。32歳だが。
『サクラ村……。それならセリシール村はどうかな?』
『セリシール……フランス語で桜だっけ?』
『もう、ジョージったら』
意味を確かめるルイスの言葉を無視して、視線が絡み合う。
かつて、ジョージとサクラがただの友人だった頃。そのフランス語が、二人がおたがいを意識するきっかけになったのだ。
ちなみにジョージのプロポーズの言葉は『僕と結婚してほしい。いつまでも、僕が君を咲かせよう』だった。
サクラの名前の由来である桜、ジョージのファミリーネーム・フローレスの由来である花。結婚することでサクラ・フローレス、桜の花になることを掛けての言葉であった。
砂糖を吐くほど甘ったるい。ジョージはロマンチストであったのだ。死ねばいいのに。
ジョージの熱視線を受け、立ち上がり、そっと寄り添う二人。無視されるルイス。完全に二人の世界である。
『あのねジョージ……。異世界に行くこと、諦めてほしいの』
『え、どうしてだいサクラ? ユージさんに会いたくないのかい?』
至近距離で見つめ合う二人。
『お兄ちゃんには会いたいよ。でもね、それ以上に……。ジョージと私の子供が欲しいの』
ジョージの胸に頭を寄せ、うるんだ瞳でそっとささやくサクラ。
ジョージは無言でサクラの腰に手をまわし、ゆっくりベッドルームに向けて歩き出す。
『あの、二人とも……。えっと、その、じゃ、じゃあ、僕はそろそろ帰るね! また来るよ!』
珍しく空気を読んだルイスの言葉も、2人はすでに耳に入らないようであった。
くそ、くそ、と小声でスラングをわめき散らしながら車に向かうルイス。
ちなみに彼、独身である。
その夜、ルイスはネオン街に姿を消した。
翌日、すっきりした表情でジョージとサクラの家に現れたようだが。
昨夜、何処に行って誰とナニをしたかは不明であった。
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