第五話 ユージ、初めての街を行商人のケビンに案内してもらう

「おお! おお! おお……?」


 ケビンを先頭に、プルミエの街の大通りを進んでいくユージ、アリス、コタロー。専属護衛はケビンの横に一人、最後尾に一人となっている。どうやらキョロキョロと街を見渡し、ときどき黒い箱を構えるユージがはぐれないよう気を遣っているようだ。


 歩きながら街や道行く人を眺めるユージは驚きの声を上げ、感嘆し、疑問の声をあげる。


 人も家も、とにかく雑多なのだ。


 大通りというだけあって、道幅は広い。時おり追い抜いていく荷車や幌馬車があったが、スムーズにすれ違えるほどに道は広かった。


 その大通りを歩く人は様々であった。

 ケビンのような旅装の者、ユージや護衛の二人のように鎧に身を包んで武器を持つ者、商人風、農民風。服装も様々なら、人種も様々なようだ。ケビンや護衛の二人のようないわゆるコーカソイド系の人はもちろん、時おりユージのようなモンゴロイドに近い人物。それどころか、マルセル一家のように二足歩行する犬や猫に似た獣人の姿も見える。ガチャガチャと音を鳴らし、同じ鎧を着込んだシベリアンハスキーの集団を見たユージは、すかさずシャッターを切っていた。


 町並みもごちゃごちゃしていた。

 大通り沿いに建つ家や店は、土台が石造りで上は木材で造られていることが多いようだ。だが、ある家は石造りは土台だけ、ある家は2階まで石造り。さらにレンガや土壁に色をつけたような家も散見される。石や木といった素材そのままの家から、白、黒、中には赤や黄色といった派手な色に塗られた家もある。


 ユージが驚き、疑問の声を上げるのも無理はない光景である。


「この街を初めて訪れた人は、みなさんそんな反応をしますよ。ごちゃごちゃしてるでしょう?」


 先導していた行商人のケビンがユージを振り返って話しかける。

 アリスにいたっては街に入って、わー! と驚きで開いた口が、そのままずっと開きっぱなしである。コタローも興味深げにキョロキョロしたり、ふんふん匂いを嗅ぎまわっていた。


「ここはもともと移民の街ですからね。王都から来た者、周辺の村から来た者、開拓の労働力として集められた人や奴隷、私のように商売のために住み着いた者、いろいろな人がいます。開拓とともに街が広がってきましたから、建てられた時期や建てた人物、住人の出自によって家や店の形状も様々です。まあそれでもユージさんの家のような形は見かけませんが……」


 喧噪に逆らうために、いつもより大きな声でケビンがユージに話しかける。


「ひとまず、私の店に向かいましょう」


 黒い箱に覆われたカメラを構えてシャッターを切りまくるユージと、キョロキョロしてはわーわー興奮するアリスの耳に、ケビンの言葉は届かなかった。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「ユージさん、アリスさん、コタローさん、ここが私の店、ケビン商会です!」


 ユージ一行が街に入ってから歩いて30分ほど。ようやくケビンの店に到着する。

 1階は石造りで、2階はその上に木材を使って建てられている。高さから考えると3階まであるようだ。大通りに面した1階は大きくひらけており、ずらりと並んだ商品の見本が見える。まわりも同様の店舗が多く、どうやらこうした店が集まるエリアのようである。


 おおーと、声を揃えてユージとアリスが店舗を見上げる。コタローは店舗を一瞥した後、ケビンに向かってワンワンと吠えていた。どうやら、なかなかやるじゃない、と褒めているようだ。下から見上げているくせに、上から目線であった。


 店舗の前でたむろする集団に気づいたのだろう、お帰りなさいませ、という声とともに壮年の男女が一組と、15才ぐらいの少年が挨拶に来る。


「みなさん、ひとまず中へどうぞ」


 ケビンがユージたちを商会の中へ招く。想像していたよりもはるかに立派なケビンの店。ユージはどこか気後れしながら店内へ入っていくのだった。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「さて、ユージさん。いま丁稚に手紙を持たせて、領主の館へ走らせました。その返事次第ですが、おそらく二、三日中に領主夫人と代官に面会することになるでしょう。それまではみなさんここにお泊まりいただいて、ユージさんに作法や注意点などを教えたいと思っています。街を見てまわったり開拓団への勧誘はそれ以降と思っているのですが……よろしいですか?」


 ケビン商会の2階に設けられた応接室で、ケビンが話す今後の予定。やはりケビンにとっても領主夫人、代官との面会は重大事のようだ。


「え、あ、はい、わかりました」


 初めての異世界の街、14年ぶりの街にいまだ動揺さめやらないユージ。ケビンの不安は募るばかりである。

 失礼します、という声掛けとともに先ほど店内で挨拶した女性店員が応接室に入ってくる。どうやら紅茶を持ってきたようである。歳の頃は30代半ばだろうか。紅茶を置く際、ふわりといい香りがユージの鼻に届く。どぎまぎするユージを見て、ケビンの目が光る。


「ユージさん……。ひょっとして、大人の女性と接し慣れていませんね?」


 うっとうめくユージ。

 鋭すぎるケビンの指摘である。

 14年、家族以外の女性と話していないのだ。いや、冒険者三人組と初めて会った時に、その中の女冒険者と少しだけ言葉は交わしていたが。


 これは……まずいかもしれない、そんなケビンの呟きが漏れ聞こえるのだった。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「ケビンさん、これは、必要なことなんですよね?」


「ええ、間違いなく。私も直接は見たことがないのですが、領主夫人は美しい方だとこの街では有名です。少しでもユージさんに女性に慣れておいていただかないと……困りますし、ねえ?」


 誰に言い訳をしているのか、どうもユージもケビンも本音と建前が混ざり合っているようだ。


 陽が落ちて、夜。

 アリスとコタロー、専属護衛の一人を店に残し、ユージとケビン、もう一人の専属護衛は馬車に乗っていた。


 はしゃぎ疲れたのかアリスは与えられた部屋のベッドで早々に眠っていたが、コタローは男どもに目をやり、不機嫌そうにワンワン、と吠えて留守番である。おとこってほんとしょうがないわね、と言っているかのようだった。理解ある女である。犬だけど。


 そう。

 ユージは、ケビンに連れられて歓楽街に向かっているのである。


 馬車が着いたのは、大きな一軒家だった。

 護衛、ケビン、ユージと続いて降り、そのまま警備らしき男の挨拶を受け、中に足を踏み入れる。

 どうやら1階はお酒と会話を楽しむ場所のようだ。

 ごくり、とユージは唾をのみこむ。

 1階でお酒と会話を楽しんで、おたがい気に入ったら2階の部屋で……そんな情報をケビンから聞いていたのである。


 やけにガタイのいい男の店員に案内され、席に着く一行。オーダーを聞かれ、ケビンが代表してお酒を注文する。ケビンと専属護衛は手慣れたものである。ユージは目だけはキョロキョロさせながら、まるで先輩に初めてキャバクラに連れて来られた新米社会人のように大人しくなっていた。


 注文したお酒を持ち、女性陣がやってくる。そのままそれぞれの隣に座るようである。


 ユージがこれまで21年間鍛えてきた特殊技能を発動する。

 でかい。E、いやFか。

 ユージのスキル『神の眼スカウター』である。

 ちなみに正答率はわからない。ユージの女性経験は、キープくんとしてあしらわれた一度だけなのだ。


 ざっくりと大きく胸元が開いたドレスに身を包んだ女性が、ユージに話しかける。どぎまぎしながら言葉を返すユージ。だがそこはプロ。女性慣れしていないユージを見て取ったのか、誰でも答えられる簡単な会話を交わすことで、徐々にユージの緊張をほぐしていく。

 気がつけば、ユージの顔には笑みが浮かんでいた。

 ケビンの思惑は功を奏したようである。もっとも、チラチラと相手の胸元に目をやりながらのずいぶんだらしない笑みだったが。もちろんユージがどこを見ているかなど相手にはバレバレであった。バレていないと思っているのはユージだけである。男の哀しさよ。


 相手の女性がユージに近づき、そっと耳元に唇を寄せる。

 ユージの腕に、推定Fが当たる。

 ねえ、よかったら2階に……ユージの胸が期待で高鳴る。


 だが。

 女性が近づいたことで、ユージの視界に入ってきた。


 フサフサだった。


 もちろん、相手は獣人ではなく普通の人族である。


 腕が、フサフサだった。


 動揺しながらも、ユージは確認のためにチラリと足に目をやる。


 すねも、フサフサだった。


 シュンと音が聞こえるほどに、みるみる気持ちが萎えていくユージ。

 逃げるかのように心持ち身体を離す。


 もう、初心うぶなのね、という女性の言葉も耳には入らない。

 見られていることに気づいたはずだが、女性は一切気にしていない。

 どうやら、腕や脛も処理しないことが一般的なようである。


 文化の違いとはかくも恐ろしいものなのだ。


 けっきょく、現代日本で生まれ育ったユージは、言いようのない虚しさを抱えたままスゴスゴと帰路につくのだった。

 女性相手でも話ができたという小さな自信と、たゆまぬ努力を続ける現代日本の女性の素晴らしさを実感して。



 ちなみに帰宅後、寄ってきたコタローがユージのまわりをフンフンと嗅ぎまわり、最後にフンッと鼻を鳴らして離れていった。

 へたれね、と言いたいようであった。


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