第四話 ユージ、異世界で初めての街にたどり着く

 ワンッとコタローが小さく吠える。

 応じるように、先頭を歩く専属護衛が一行に声を掛ける。


「みなさん、モンスターです。私たちで対処しますが、いちおう警戒をお願いします」


 ユージの家を出て、街に向かう道程の二日目。

 どうやらモンスターと遭遇したようである。

 隊列の中央で足を止めたユージとアリス、行商人のケビンの横に、最後尾を歩いていた二人目の専属護衛が並ぶ。


 どうやらモンスターは先頭の専属護衛一人で対処し、もう一人はユージたちを守るためすぐ横に控えるようである。


「ケビンさん、一人で大丈夫なんですか? 俺も自分とアリスぐらいは守れますけど……」


「まあ大丈夫でしょう。いちおう武器だけは用意しておいてくださいね」


 ケビンは余裕の構えである。

 ユージはそんなケビンの忠告をよそに、顔の前に黒い箱を構える。

 カメラである。

 壊れにくい・バレにくいを目指してカメラを緩衝剤で包み、さらに木製の外箱で覆っている。もちろんシャッターボタンとレンズは丸見えだったが。


 現れたのは、ゴブリンが5匹にオークが1匹。

 だが、それを見ても専属護衛は怯むことなく、背に担いだ両手剣を抜いて構える。

 一人で対処するようである。


 男がモンスターの群れに向けて駆ける。

 5匹のゴブリンが、ゲギャゲギャと騒ぎながら向かって来る。


 すれ違いざまに、手に持つ剣を一振り、二振り、三振り。

 倒れ込んだゴブリンは3匹。

 そのまま男はオークに向かって駆けていく。


 残り2匹のゴブリンは男の横を抜け、ユージたちの方へ走ってくる。

 ユージとケビンの横にいたもう一人の専属護衛がチッと舌打ちをひとつ。左右の腰に佩いた二本の小剣を抜き、ユージたちの前へ。もともと二刀流なのか、それともゴブリン相手だから片手ずつで充分ということなのか。

 左右同時に、一閃。

 何もさせずにあっさり2匹のゴブリンを始末する。


 残されたオークは、ようやくトップスピードに乗ったようだ。

 腰を屈めた低い姿勢で男に向けて突進している。ぶちかましか、あるいはショルダータックルか。2メートル近い巨躯がぶちかましてくるさまは結構な迫力であった。


 さすがに弾き飛ばされるんじゃ、とユージは身構えるが、ケビンも残った専属護衛も余裕の表情である。

 なぜかアリスも、おじちゃんがんばれー、と応援する余裕を見せていた。

 コタローはユージたちの前でじっと男の戦闘を見つめている。そういえばこの犬、ゴブリンが抜けてきても一切動かなかった。どうやら専属護衛の力量をある程度わかっていたようである。


 ぶちかましを喰らう直前。

 男は左横に身をかわし、両手に持った剣を下から斬り上げる。

 数歩前に進み、足をもつれさせてそのままうつぶせに倒れるオーク。

 どうやら一振りでオークの腹を切り裂いたようである。


 倒れ込んだオークの下へゆっくり戻る男。

 そのまま両手剣を振りかぶり、トドメをさす。


 わーすごーい、というアリスの称賛と拍手に、ニヤリと得意気に笑う男。

 コタローの眼差しも、なかなかやるじゃない、と言わんばかりであった。


「ケビンさん……。彼ら、強くないですか? まさかこれが普通だったりするんですか?」


「いえ、彼らはかなり強い方だと思いますよ。冒険者風に言うと3級か4級というところでしょうか。冒険者は10級からはじまり、8級までが初心者。7級から5級が一番人数が多い層で、中級と呼ばれていますね。4級から3級になると街の規模次第ですが、プルミエの街なら2〜30人ぐらいでしょうか。2級、1級はあわせても一桁です。いちおう特級というのも存在するんですが、この国では王都に一人いるだけですね」


 ユージの質問に、丁寧な答えを返すケビン。とはいえ、冒険者の級はあくまでも目安で、強さのほかに依頼の成功率や態度も含めた信頼性でも判断されるのだという。専属護衛の二人は思った以上に強いようである。


「まあ彼らは冒険者登録はしておらず、商会の従業員なんですけどね」


 元々はケビンが修行した王都の店の従業員で、これまでは借り受ける形だったのだという。だがケビンがプルミエの街で商会を興したため、そのまま雇い入れたそうだ。


「ずいぶん物騒な店員さんですね……」


 ユージの声が聞こえたのだろうか。

 専属護衛が二人してユージの方を向き、返り血がついた顔を歪めてニヤリと笑う。


 どうやら愛想はいいようだった。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



 街に向けて旅立ってから四日目の昼頃。

 二日目に一度モンスターと遭遇して以来、特に危険もなく順調な道行きだった。


 違いと言えば、二日目と三日目の夜にユージがお願いして専属護衛に稽古を付けてもらったことぐらいだろう。たがいに木の枝を使って打ち合った程度だが、ユージには有意義な時間であった。いや、ボコボコにやられるユージをじっと見ていたコタローの方が有意義な時間だったのかもしれない。その姿は、まるで見取り稽古をしているかのようだった。


「ユージさん、そろそろ森が切れて街が見えますよ。そこでお昼にして、あとは街まで一気に行きましょう」


 ユージに声をかけるケビン。

 たしかに木々の間隔が広くなり、森の中に陽光が入って明るくなってきている。ところどころには切り株も見え、人の痕跡も目にしていた。

 わかりました、とユージが小声で返事をする。ユージの特製背負子にアリスが腰掛け、スヤスヤと寝ているのである。アリスを起こさないよう、気を遣ってのことだった。


 そのまま歩くこと数十分。

 森が切れ、視界が開ける。

 どうやらちょうど周囲より高い場所に出たようである。

 見下ろす景色の先に、街が見えた。


 ユージが異世界に来てから4年目にして初めての街。

 ユージが引きニートになってから14年ぶりの街である。


 森の先には、なだらかな起伏を見せる草原が広がっていた。

 森から離れるにつれ、整備された農地らしきものが目に入る。


 ユージから見て右手には川が流れていた。

 ユージがその川の流れを視線でたどっていくと、川辺まで続く壁が目に入る。

 土台は石、その上は木製だろうか。

 離れているため高さははっきりしないが、4、5メートルはありそうな壁である。

 それが手前の川べりからはじまり、陸地に円を描くように曲線を見せて続いていた。


 壁の前には、川から引き込んだ水堀がキラキラと太陽の光を反射している。

 途中、水堀には橋が架かり、その先には門が見える。

 どうやらそこから街に入れるようだ。


 ぽかんと口を開け、固まるユージ。おお、おお、と時おりうめき声が漏れている。驚きというより感慨深い、という感情だろうか。

 コタローも足を止めて、ただその景色を見入っている。

 ユージの背中の背負子に腰掛けて寝ていたアリスがもぞもぞと動きだす。どうやらユージが立ち止まったことで揺れが止まり、目を覚ましたようだ。あー、まちだー! アリスね、まちははじめてなの! えへへー、どんなところかなー、とはしゃぎだしている。寝起きのいい子であった。


 そんなユージ一行を思いやってのことだろう。

 ケビンたちは足を止め、休憩に向いている場所を探していた。

 ここで昼食にするようである。


「ユージさん、街まではまだしばらくかかりますから、いったんここでお昼にしましょう。ゆっくり歩いても、陽があるうちに街に入れますよ」


 そんなケビンの言葉も、ユージの耳には届いていないようだった。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「ああ、ケビンさん、お帰りなさい。ちょっと待っててくださいね。隊長、隊長!」


 ユージが街を目にしてから2時間ちょっと。ついに、一行は門までたどり着いていた。ユージはどこか上の空で、水堀や壁を見てははしゃぎまわるアリスのことはコタローが見守っていた。面倒見のいい女である。犬だけど。


 門の警備兵たちは、どうやらケビンの顔を知っているようだ。すぐに一人が門の奥の詰め所に走り、隊長と思わしき人物を呼んできた。


「こんにちは、隊長さん。お話ししていた通り、こちらがアンフォレ村のアリスちゃんと、開拓民の申請に来たユージさんです」


「アリスはアリスです! 8才です! アンフォレ村に住んでました!」


 自分のことを紹介されたのがわかったのか、アリスはさっそく自己紹介する。

 隊長と呼ばれた厳つい男は、デレッと顔をゆるめていた。どうやら子供好きのようだ。


「おおそうか、アリスちゃんはしっかりしていて偉いねえ」


 しゃがみ込み、アリスと目線を合わせて褒める隊長。後ろを振り返り、おい、と部下に指示を出す。すると何やら台帳らしきものを持った女性が近づいて来る。


「アリスちゃん、ちょっと向こうでこのお姉ちゃんと話をしてくれるかな? アリスちゃんが街に入るのに必要なんだ」


 どうやらケビンから事前にアンフォレ村の生き残りの子供という話を聞いて、準備をしていたようである。子供には甘いが仕事はできるようだ。


 ユージの方は、隊長から名前や出身地、開拓予定の場所を聞かれ、隊長が手元の粗い紙に書き込む。その後、ユージは隊長から木札を受け取った。事前にケビンと相談した通り、ユージはこの場では出身地をごまかしたようだ。そのケビンはアリスではなくユージの方につき、時おりフォローを入れていた。

 ちなみにこの木札は7日間有効で、開拓民の申請が通ればその後も滞在は可能。申請が通らなければ門に木札を返し、そのまま街を出るようにとのことだった。厳しいものである。

 コタローは問題なく街に入れるようである。ただ、人に危害を加えた場合は飼い主の責任になり、ひどければ奴隷落ちもありますから気をつけてくださいね、とユージが脅されていたが。


 ともあれ、ユージもアリスもコタローも、30分ほどで街に入る門を通り抜けることができた。


 ついにユージは街の中に足を踏み入れる。

 すると、数歩先を歩いていたケビンがくるりと振り返り、両手を広げて満面の笑みでユージたちに話しかけてきた。



「さて、ユージさん、アリスちゃん、コタローさん。ようこそ! ここが開拓者の街、プルミエです!」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る