第九話 ユージ、行商人から魔法とレベルアップについての話を聞く

 ユージが保存食の知識を伝えた翌日。

 行商人のケビンはまだ出発せず、今日もユージと話を続けるようである。


「いやー、ありがたいですよ。知りたいことがありすぎて」


「気にしないでください。ユージさんにいろいろ知ってもらうことで、何か思いついてもらえるかもしれないと思ってのことですから」


 ケビンが持参した折りたたみイスに座るユージ。お話ということで、今回はアリスとコタローも参加している。

 わくわくと目を輝かせ、ケビンの語りを楽しみにしているようだ。


 行商人ケビンの後ろでは、今日も冒険者たちが開拓に精を出している。今日はユージから斧が提供され、木を伐るところからはじめるようだ。


「じゃあ今日は……魔法の話をしましょうか。アリスちゃんは魔法が使えたよね? ユージさんも森の魔法使いのようですし……」


 わふっ! とコタローが一鳴き。そうそうそれがききたいわ、と言いたいようだ。


「まあ研究者の間ではいろいろあるようですが、そこまで深い話は私も知りませんし、一般的な話をしましょう」


 そう前置きして、ケビンは話をはじめるのであった。




 魔法は、使える人が限られているんです。使える人は使える、使えない人はどれだけ努力しても使えない。才能次第なんですよ。そう話しはじめたケビンの言葉に、さっそく衝撃を受けるユージ。


「え、ちょっと待ってくださいケビンさん。アリスも使えるし、俺なんて稀人なのに魔法を使えますよ?」


 たまらずユージがケビンの話を遮る。


「そうですねえ。私も稀人の方はどうなのかわかりませんが……。アリスちゃんは想像できますよ。ユージさん、アリスちゃんが祖父母を知らないこと、村の中にも外にも親戚がいないことを疑問に思いませんでしたか?」


「そういえば……アリスはかけおち・・・・って言ってましたね」


「うん! お父さんとお母さんはかけおちだから、家族はみんなだけなのよって言ってた!」


 そう。規模の大きくない村では血の繋がりは複雑であり、親戚や遠い親戚だらけなのが普通である。それは開拓村も例外ではない。いや、むしろ血縁や地縁で結ばれた人たちが一団で開拓する方が多いものだ。


「元々は貴族なのか、あるいは裕福な家の出か……。村ではいろいろ噂があったようですよ」


 穏やかなケビンの語り口は、ユージたちを話に引き込んでいく。


 稀人はわかりませんが、この国では魔法が使えて当然なのは貴族。それから貴族の血が入った家系が、弱いながらも魔法が使えることが多いようですね。昔は魔法を使えるのは王族や貴族だけだったようですが、時とともに血が広がり、強弱を問わなければ市井でもそれほど珍しくはありません。もちろん多くもありませんが。そう語るケビン。だから魔法を使えることは珍しくはないのですが、アリスちゃんの歳で魔法が使えるとなると……ひょっとしたら貴族やいいところのお嬢様なのかもしれませんね。


 そんなケビンの話を聞いて、アリスはきょとんとしている。

 不思議なもので、そう聞くと赤髪お下げにそばかす顔のアリスが、ユージにはとたんにお嬢様っぽく見えてくる。錯覚である。

 ワンワンッと吠え、コタローが前脚でテシテシとユージの足を叩く。

 はっと我に返るユージ。


「まあ本当のところはわかりませんけどね。さて、魔法のことでしたね」


 ありとあらゆる物には属性とともに魔素が宿り、何もない空間にも様々な魔素が存在する。そして、魔法を使える者はそれを動かしたり命令でき、使えない者はどうがんばってもできないと考えられています。同じことですが、魔素を精霊と考えている研究者の一派もいるようですね。

 魔法が使えるといっても、人によって相性があることも知られています。魔法と魔素には属性があり、火、水、土、風、光、闇が一般的ですね。伝承や文献で調べると、それこそ稀人はこれ以外の属性を使っていたのではないかと思うんですが……。

 考え込みながら話していたケビンが、唐突にユージに質問を投げる。


「稀人のユージさん。他の属性と言われて、ぱっと思いつきますか?」


「え? うーん、なんでしょうか……」


 厨二病を発病して魔法の練習をしていた時は、氷、雷、時空なども想像していたユージ。アドリブには弱いようであった。

 ワンワンワンッ、とユージを吠え立てるコタロー。いろいろはずかしいえいしょう・・・・・してたじゃない、と言いたいようだ。


「まあ他に属性がないかなど、そのあたりは稀人と関係なく今も研究が続いているようです。きっと終わりはないんでしょうけどね」


 属性の話までしましたね、と確認するようにケビンが話を続ける。


 魔法は、魔法が使える人が相性のいい属性で、頭の中で命令するか口に出すかで発動します。この時、魔法を使える人たちはへその下あたりに何かを感じるようですね。

 それを魔素器官、と呼ぶ研究者もいました。まあその研究者は、魔素器官の実在を証明するために何人もの人を腑分けして捕まり、処刑されましたが。

 当初は死体だけだったのですが中々見つからずに……。次第に取り憑かれたように生きた人間を捕まえ、研究所に引き込んで……っとアリスちゃんも聞いてましたね。ともかく、物としては存在していないようです。

 本来なら、ここから怪談かグロ話がはじまるのだろうか。アリスと目が合ったとたんに作っていた暗い表情をあらため、結論に飛ぶケビンであった。


「使う才能がある人は、使えば使うほど魔法の威力が上がる、と言われています。それと魔物を倒して位階が上がることで、魔法もより強力になると言われてますね」


「位階が上がる? 何ですかそれ?」


 聞き慣れない言葉に反応し、ケビンに問いかけるユージ。


「うーん、ユージさんは経験ありませんか? 魔物を倒した夜に体に激痛が走り、翌日から体が強くなったり魔法の威力が上がったりする現象です」


 レベルアップ、みんなするのか、とボソリと呟くユージ。ケビンには聞こえていないようである。

 コクコクとケビンに向かってうなずくアリス。

 ワンッ! とコタローもしってるわ、わたしもなったわよ、と言うように吠えた。


「大なり小なり、生き物を殺すとなるようですね。強い生き物や魔物を殺す方が起こりやすいようですが。これもいろいろ研究されていますが、はっきり確定した説はありません。魂を取り込んでいるだとか、魂ではなく存在の強さを取り込んでいるだとか、研究者は説を戦わせているようです」


 そうそう、魂を取り込むといえば、強さを求めるあまり化け物になっていくおとぎ話がありましてね……と話しはじめたケビンだが、ふたたびアリスと目が合って口をつむぐ。

 本来は不思議なお話や怪談がこの男の得意な語りなのかもしれない。


「まあ魂を取り込む、というのは今では怪しまれている説ですね。化け物になった男のおとぎ話は人気ですが。魔物を倒す冒険者や騎士団、魔法使いたちもそのような事例はありません。ただ位階が上がると強くなる上、長寿になるとも言われています。だから王族や貴族は、若い頃に護衛に囲まれて位階を上げることが多いですね」


 ケビンの言葉に激しく反応したのはコタローだった。

 うれしそうに飛びはね、尻尾を振り、アリスやユージに体をなすりつけ、せわしなく駆けまわる。

 そう、コタローは16才。本来であればもう老犬である。


 ワンワンワンワンッ! やったわ、まだまだゆーじとありすといっしょにいられるのね、そんな心の声が聞こえてくるようなはしゃぎっぷりであった。


 さすがのユージでもコタローの思いに気がついたようだ。


「そうか! まだまだ一緒にいられるな、コタロー! もう16才だから心配してたんだよ」


 そんなことを言いながら、コタローを撫でようと手を伸ばすユージ。


 ガブリと、その手にコタローが噛み付く。


 いたい、いたいってコタローと振りほどこうとするユージだが、コタローはガウガウと甘噛みしたまま手を離さない。


 当たり前である。


 女性に歳のことは禁句なのだ。犬だけど。



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