第十話 ユージ、二本足で歩く豚っぽい敵性生物を撃退する

 魔法や位階の話をした翌日、行商人のケビンは保存食の試作をするため去っていった。オートミールや薫製を冬前に売り出すため、予定より早く帰路についたのである。


 今、ユージは庭に出て、光魔法の検証をしているところであった。


「光よ光、この地を明るく照らし給え。宙に浮かぶ光ライト


 ケビンが来る前に初めて使えるようになった魔法は、今日も発動した。


 ふよふよと浮かぶ儚げな明かりを、アリスとコタローが追いかけまわして遊んでいる。

 アリスの手やジャンプしたコタローの体がぶつかっても、明かりは素通りするようである。


「ふっふっふっ、俺の属性は光か。夢が広がるな! 光だと回復魔法が使えたりするかなあ。あとはレーザー的なヤツとか、めくらましとか……。でも一番に試すのはこれだ!」


 そう言ってユージは、ケビンから受け取った小剣を取り出す。ちなみにすべて独り言である。アリスもコタローも、この程度はスルーするほどユージの独り言には慣れているようだ。


「我が身に宿る力よ、今こそ目覚め、剣となれ! 5月4日、あなたとともに」


 魔法は発動しなかった。当たり前である。あれは例の力なくして使いこなすことは難しいが、あれ自体は機械仕掛けの武器なのだ。


「あれー、おっかしいなー。剣にまとわせるイメージじゃダメなのかな。手から出す感じでやってみるか! 我が身に宿る力よ、今こそ目覚め、剣となれ! 5月4日、あなたとともに」


 天高く右手を伸ばし、開けた手のひらに光の剣が現れるイメージで詠唱するユージ。

 魔法は発動しない。


 遊んでいたアリスは足を止め、不思議そうな表情を浮かべてユージを見つめている。

 ワンワンッとコタローがアリスに呼びかける。ありす、みちゃだめよ、と言いたいようだ。




 朝食後に行われたユージの魔法の練習は、回復魔法やレーザー、光の剣、光学迷彩的な何かを試したものの、けっきょく明かりしか発動しなかった。ユージはレベルが足りないのかなーなどとブツブツ呟いていた。


 今は昼食を食べ終えた午後、家の南の開拓エリアである。


「おお、こうして見るとけっこう進んだなー。……魔法でボコボコだけど。ま、まあ植えるものによってはいけるだろ、うん!」


 切り株を抜くために、アリスの魔法でへこませた地面。たしかに根は切りやすくなり、切り株の除去は格段に進んだが、ユージの言うように地面はへこみまくっている。根を切って処理しているので、切られた根の先は今も地面に残っている。先は長い。


「よしアリス、コタロー、今日はひさしぶりに採取と狩りに行こうか! ケビンさんにもらった武器と防具も、着て動いたらどんな感じか試さないとね!」


 ユージは開拓の現状から現実逃避するようである。

 はーい、と元気よく返事するアリス。賛成なのか、コタローも大きく尻尾を振ってご機嫌なようである。


 いったん家に戻り、装備を整えた二人。コタローは生まれたままの姿だが。


 ユージは皮で補強されたズボンを履き、服の上から皮の胸当てをつけている。腰には小剣。左手には丸い木の盾を持ち、右には短槍を手にしている。さらに、背に空の背負子を身につけていた。アリスが疲れたら座れるようにと考えてのことである。

 アリスは服の上から厚手のローブを着込み、小さなリュックサックを背負っていた。妹の部屋から見つけ出してきたようである。


「まあ最初だしちょっと歩いてみるだけだな。コタロー、まわりの警戒よろしく! よーし、行くぞー!」


「おー!」


 ワンワンッ! とコタローも声を合わせている。

 往復でも1、2時間の予定で、南へ向けて出発する一行であった。




「思ったより動きやすいなー。ちょっと重さは感じるけど、問題はなさそうだ。アリスはどう? 動きにくかったり暑かったりしない?」


「ちょっと暑いけど、大丈夫だよユージ兄!」


「そっか、疲れたら言うんだよ。これを使えば、アリスは座ったまま移動できるからね!」


 南へ出発して1時間ほど。すでに木の実や果実、一羽の山鳥を手にしている。短時間の道行きにしては豊作だ。もちろん山鳥を仕留めたのはコタローだが。出発前に触ってみたが、弓はユージにはハードルが高いようであった。



 山鳥を仕留め、ご機嫌に進んでいたコタローが足を止める。ふんふんと匂いを嗅ぎ、耳もぴくぴく動かして警戒態勢に入っている。


「アリス、ちょっと下がっててね。コタローが何か見つけたみたいだ」


 そうアリスに声をかけるユージ。アリスは大人しくユージの後ろにまわり、いつでも隠れられるよう大きな木の横に移動した。聞き分けのいい子である。


 ガサガサと下草を揺らす音。50メートルほど先だろうか。森の木々の間に見えたのは、2匹のゴブリンであった。


 アイツらか、2匹なら何とでもなるな、と安堵の息を漏らすユージ。

 だが、コタローはさらに警戒を強め、小さく吠えてユージに注意を促す。

 あいつらだけじゃないわ、と言っているようである。


 2匹のゴブリンの後ろから、ひとつの大きな影が現れる。


 2メートルほどの巨躯。太い足、胴も太く、筋肉の上に脂肪をまとっているようだ。両手で持ち運んでいる木が武器のようだ。その木も太く、棍棒というより細めの丸太という方がふさわしい。そして、醜悪なその鼻面。


 おいおい、これオークってヤツじゃないか、と小声でユージが呟く。

 アリスもいるしどうするかとユージが迷っているうちに、コタローがあっさりと駆け出して行った。


 やる気である。いや、殺る気である。


 コタローが距離を半分ほど詰めた辺りで、2匹のゴブリンとオークがユージとコタローの姿に気づく。ドタドタと走りはじめるオークより速く、2匹のゴブリンがコタローに向かっている。


 相手が動き出したことでようやくユージも盾をかざし、槍を向けながら敵に向かって走り出す。


 だがユージが追いつくより前に、2匹のゴブリンとコタローが戦闘をはじめ、そして終わっていた。


 コタローは右のゴブリンに飛びかかり、そのスピードに反応できていないゴブリンの体に3本の脚を当てた。まるでゴブリンに着地したかのようである。すぐに空けていた右の前脚を振るう。

 すぐさま脚に力を込め、ゴブリンを蹴倒すとともにもう1匹のゴブリンの方向へ飛びかかり、そのまますれ違う。


 シュタッと地面に着地するコタロー。ペッと、口から何かを吐き出している。

 右のゴブリンは地面に倒れている。その首はまるで鋭利な・・・・・・刃物で切られた・・・・・・・かのようにパックリと傷口が開き、大量の血を流している。

 左のゴブリンはごっそりと首がえぐれており、そのまま前に倒れていった。すれ違いざまにコタローが首の肉を食いちぎっていたようだ。


 瞬殺である。


 遅れて駆けてきたユージがコタローの隣に並び、盾を前に構える。

 そう、まだ戦闘は終わっていないのだ。


 ドタドタと走っていたオークだが、今ではそれなりのスピードが出ている。動き出しは遅いが、決して足が遅い訳ではないのだ。重量級の宿命である。


 2メートル近い巨躯が、自分に向けて走ってくる。ユージが身を固くし、コタローも体に力を込めたその時。


「土さん、ちょっと下にいってー!」


 後ろから、アリスの声とペチッという音が聞こえてくる。


ドッ、ゴガッ!


 オークの前の地面が直径2メートル、深さ1メートルほどへこむ。突然、目の前の地面が下がり足が空をきったオークは、止まることもできずそのスピードのまま穴に突っ込み、フチに腹をぶつける。


 衝撃がすべて腹部に伝わったのか、オークの体はくの字に折れて動かない。

 ゴボッと、口からはわずかに血が流れ出している。


 まるで時が止まったかのように、その姿をポカンと眺めるユージとコタロー。

 しばし時が流れ、ようやくユージは我に返ったようだ。


 ゆっくり近づいていき、反応がないオークを見下ろすユージ。

 盾を置き、逆手で短槍を握ってオークに穂先を向け、大きく振りかぶり、力の限り振り下ろす。

 グチュッ、と短槍がオークの延髄に突き刺さる。


 ピクピクと体を震わせるオーク。やがてその動きも止まる。


「ユージ兄、もうそっち行ってもだいじょうぶ?」


 ユージの後ろから、アリスの声が聞こえてくる。

 コタローと目を合わせるユージ。ワンッと吠えたコタローは、だいじょうぶ、もうしんだわと言っているかのようだ。


 2メートル近い巨躯の、殺意を持った初見の敵性生物。


 それは、こうしてあっさりと殺されるのであった。


「よ、よーしアリス、今日はもう家に帰ろうか!」


 ユージの声が森に響くのであった。



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