第八話 ユージ、行商人に保存食の話を聞く
「おはようございます、ケビンさん」
「ぎょーしょーにんのおじちゃん、おはよー!」
「おはようございます、ユージさん、アリスちゃん。あとコタローさんも」
行商人ケビンの二度目の来訪から一夜明け、門越しに挨拶を交わすユージたち。おたがい朝食は終えているようだ。
今日のユージは横にアリス、コタローを連れたフルオプションバージョンであった。
「ああ、ユージさん。ひまそうだったので、彼らは切り株の撤去をやらせようかと。道具をお借りしてよろしいですか?」
ケビンが護衛として連れてきたいつもの冒険者三人組。今日、彼らは開拓にこき使われるはめになるのであった。
「それで、ケビンさん。保存食をお教えする前に、まずは今あるのかどうかいろいろお聞きしたいんですが……」
「ええ、かまいませんよ。私の知る限りお教えします。プルミエの街では手に入れられないですが、王都や他の場所で売っている物もありますしね」
いつものごとく、ユージは目の下にくっきりと隈を浮かべている。昨夜は掲示板への報告、相談の後に、モニターに映る写真を見ながらしこしこと絵を描いていたのだ。努力のかいあって、なんとか見られるレベルになったようだった。
「まず知りたいのは、この作物なんですが……ありませんか? 俺のいた国では主食です。米というんですが……」
「これは……。残念ながら知りません。こちらの絵は収穫した後の状態ですかね? これも見たことがありません」
「そうですか……」
ガクッと落ち込むユージ。仕方あるまい。米はすでに使い果たしているのだ。育てられるかもといちおう少し保管はしているが、水田、あるいは陸稲であっても栽培の難易度は高い。二度と米が食べられないかもしれない。そう知った日本人であれば、多くの人がガックリくるであろう。もっとも、精米された米が発芽する可能性はゼロなのだが。知らない方が幸せな真実もあるのだ。
だが、ある意味でユージは幸運であった。白米だと勇んで口にし、ジャポニカ米でもなく、美味しくもないご飯を食べた時の絶望を感じずに済んだのだから。
日本の農家は偉大なのである。
ショックを受けるユージを見て、アリスはきょとんとしている。確かに
一方でコタローは少しは気持ちがわかるのか、優しくユージに寄り添っている。げんきだしなさい、まだどこかにあるかもしれないじゃない、と言いたいようだ。
もっとも、存在したとしてもおそらく品種改良されていない米は、味の違いで大きな失望を与えるはずだが……。
「では、これはどうでしょうか? 乾麺といって、小麦などの作物から作るものなんですが……」
そう言って、うどんや各種パスタの絵を見せるユージ。パスタの絵はスパゲティのみならず、マカロニやペンネ、ファルファッレやラビオリまで描かれていた。実はこれを描くのに一番時間がかかっていた。当初はスパゲティのみを描いていたのだが、掲示板の住人たちの謎のこだわりによりショートパスタ各種まで描くことになったのだ。
「この細長いものは、以前にお話しした東方の
どうやら場所によっては乾麺も存在しているようである。ユージの努力はほぼ無駄骨であったようだ。
ケビンの言うところでは、確かに保存性は高いが、文化の違いで定着していないらしい。
「だったら味しだいで可能性があるか……。でも新しい保存食にはなりませんよね?」
「そうですね……。とはいえ新しい食べ方で売れるようになれば商売のチャンスですから、他にないようなら教えていただきたいですが……」
ケビンはあまり乗り気ではないようである。
「たぶん大丈夫です。簡単に作れそうなヤツから聞いてるだけですから。それで、昨日は干した魚や塩漬けの魚を食べたんですが……」
「おお、あの臭いのも食べていただけましたか! どうでしたか? 私はどうしてもアレが食べられなくて……。好きな人は好きなようなのですが」
昨夜のあの魚の臭いがフラッシュバックするユージ。うっと顔をしかめる。
横にいるアリスとコタローも、あの臭いを思い出したのかユージから距離をとる。
鼻をつまんでユージを見るアリス。顔をしかめて歯をむき出しにするコタロー。もうにどとたべないでね、と警戒心もあらわである。
「臭かったです。とても。吐き出さないで食べるのがやっとでした。臭いが移っちゃったみたいで、昨日はアリスとコタローは近づいてくれませんでしたよ……」
ははは、そうですよね、と乾いた笑いを浮かべてケビンも追従する。
「それでですね。干したり塩漬けしたりって、魚だけですか? 元いた場所ではいろいろあったので」
「干した野菜なんかはありますが、だいたい冬の食糧ですね。他の季節ではあまり出まわりません。あとは塩漬け野菜なんかはありますよ。これも同様に冬場に食べることが多いですね。重いですし塩気がきついので、あまり旅に持ち歩くことはないですね」
なかなか難しい。そんな思いとともに、ユージは質問を続けるのであった。
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【異世界に何を】10年ぶりに外出したら自宅ごと異世界に来たっぽいpart11【広めようか】
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421:ユージ
ただいま昼休憩中
【速報】
・乾麺あり
・干し物、漬け物は簡単な物は冬の食糧としてあるもよう
・薫製なし
・乳製品はあるが高価。辺境では家畜の数が少ないもよう。生産地域が遠いみたい
422:名無しのトニー
速報はいりました!
423:名無しのニート
まあ予想通り、かな?
424:物知りなニート
薫製がないのは意外だな
森という立地も歴史的にも
ありそうなものだが
425:名無しのニート
そんなことより魔法の話を!
そのために俺は魔法使いになったんだ!
426:名無しのミート
>>425
なりたくてなったわけじゃないだろ?
本音で話すんだ!
427:インフラ屋
さすがに平日は人が少ないな
あと今日朝メシ食べてて気がついた
シリアルとかありじゃない?
オールブランとか簡単そう
428:名無しのニート
>>427
なんで平日の昼間にいるんですかねえ
しかも朝食にシリアルとか
勝ち組臭がするんでやめてもらえますか
429:インフラ屋
>>428
昼休みだ
嫁も子供もいるからなッ!
430:名無しのニート
>>429
爆発しろ!
いや氏ね
431:物知りなニート
>>427
ありだな
オートミールは主食だった時代もある
いろいろ混ぜて焼いて堅めれば
堅いパンより味の調整はできる
432:名無しのニート
そろそろめんどくさくなってきたでござる
魔法の話とか聞きたいよう・・・
433:クールなニート
1、すぐにできそうなものとして
・オートミール
・薫製
2、長期的かつ稼ぐものとして
・缶詰
・瓶詰め
これでいいのでは?
最初からハードル高いものだと
見限られる恐れもあるが
簡単なものだけだとそれはそれで
切り捨てられる可能性もある
434:名無しのトニー
>>433
信じ切らないそのスタンス
きらいじゃない!
435:名無しのニート
いいんじゃない?
でも水場がない場所もある行商とか
水運をなんとかしたいなあ・・・
外輪船・・・
436:名無しのミート
>>435
おまえはそれが造りたいだけだろ!
437:名無しのニート
ロマンだもんな
外輪船って響きがいい
マークト○ェイン号も好き
438:名無しのニート
>>437
あれレール走行だぞ
439:名無しのニート
>>438
ウソだッ!
俺は信じない!
船長と握手だってしたんだ!
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「オートミールと薫製、缶詰と瓶詰めか……。どうやって伝えるかな」
パソコンを前に、ブツブツと呟くユージ。
昼食を終えたアリスとコタローは、キャッキャと積み木で遊んでいる。といってもアリスが積んで、ときどきコタローが崩しているだけだが。なぜかアリスはガラガラと崩されるたびに大喜びである。ちなみに積み木はユージお手製ではなく、物置から引っ張り出してきた一品であった。
「ケビンさん、簡単なのが二種類と、ちょっと難しいかもしれないものが二種類あります。簡単なものは多分すぐ作れるようになると思いますが、難しいものは時間がかかると思います。それでいいですか?」
「おお! もちろんですよユージさん!」
いそいそと懐から紙とペンを取り出すケビン。午後はケビンにとって至福の時間となりそうだ。
ちなみに、アリスとコタローは不在である。思ったよりつまらない話が続き、午前中で飽きてしまったようだ。ユージの後ろ、庭で追いかけっこをして遊んでいるようである。もちろんコタローは接待モードであった。優しい女である。犬だけど。
さっそく薫製について説明をはじめるユージ。といっても、薫製の説明自体は難しいものではない。調味液に漬けて、塩分を抜いて、燻す。ものすごく簡単に言うとそれだけなのだ。もちろんそこには調味液の配合や保存期間に合わせた塩分濃度、薫りづけのためのチップの選定、燻す期間、温度管理、果てしない試行錯誤が必要なのだが。
「塩漬けしたり干して水分をなくしたりするのと一緒ですね……。これなら試作は簡単にできるか? モノにするには料理人が必要か……。形が残るなら高くは売れないか……」
ユージから一通りの説明を聞き、さっそく考えはじめるケビン。
よーし、抜くぞー、せーのっ! などと、ケビンの後ろでは冒険者たちが開拓に精を出しているようである。
「もうひとつは、もっと簡単ですよ。その分、たくさん売ればいいんじゃないかと。薄利多売ってヤツですね!」
考え込むケビンを気にすることなく、ユージはオートミールの説明をはじめる。といっても、燕麦にいろいろなものを混ぜ、焼いて固めるというざっくりした説明である。各種の材料が揃うかわからないため、レシピを教える訳ではない。
「これも料理人が必要か……。でもこんな簡単な方法で? ユージさん、これも長持ちするんですか?」
「た、たぶん……。水分を抜くから、けっこうイケると思いますけど……。あ、でも! これから教える難しい方は成功すれば半年とか一年持ちますから!」
そう言いながら、缶詰と瓶詰めの説明をはじめるユージ。ちなみに、家から説明用に空き缶と空き瓶を持ち出している。渡しはしないようだが、口だけではわからないだろうと気をきかせたようだ。
「こっちは鍛冶工房にガラス職人の協力か……。製作に費用がかかりそうだが……。使ったものを回収すれば行けるか? あとはあの容器を造れるかどうかか……」
「ケビンさん、どうですか?」
おそるおそるケビンに話しかけるユージ。そう、ユージとてわかっているのだ。
ユージにとって今のケビンは生命線。
ユージの知識をうまく活用してもらい、かつユージを騙さないというふたつをクリアしてもらえない限り、ユージとアリスとコタローはこの家から出るしかないということを。
しかも、稀人であることを明かさないとユージは真っ当な方法では街にも入れない。
稀人であることを明かした上で街に入ったら、何が待っているかわからない。
真っ当ではない方法で街に入ったら、すでに犯罪者である。何が待っているかわからない。
最初からユージに選択肢などない。
ある意味ではすでに詰んでいるのである。
「
ニコニコと笑顔で返答するケビン。
どうやら取引は成立し、ユージの今の生活はひとまず続けられそうであった。
むずかしいお話はもうおわったの、と駆け寄ってきたアリスの頭を撫で、ユージはホッと胸を撫で下ろし、安堵の息を吐くのであった。
よくがんばったじゃない、とコタローもワンワン吠えながら尻尾を振り、ご機嫌なようである。
よーし、今日中にあと3本は引っこ抜くぞーと、どこか暢気な冒険者の声が森に響き渡るのであった。
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