第五話 ユージ、行商人から貨幣のお話を聞く

「ユージさん……。それ、初心者用の魔法書ですけど……。魔法、あまり使えないんですか?」


 俺もアリスももっと魔法が使えるようになる。そんなユージの言葉に反応し、行商人のケビンがユージに問いかける。


「い、いやーあはは、やだなあ、俺は森の魔法使いですよ? 魔法ぐらい使えますって。ただ異世界から来たから、こっちの魔法はどんな感じなのかなーってね、あはははは」


 ケビンの質問に、目を泳がせて答えるユージ。たしかに、ユージは魔法を使える。先ほど覚えたばかりだが。セーフである。

 だがユージの言い方では、まるで地球にも魔法を使える人間が数多くいるように聞こえる。たしかに魔法使いは存在するが、魔法を使える人はいない。はずである。


「いえ、まあかまわないんですけどね……」


 うすうす察しながらも、深くはつっこまないケビン。大人の対応であった。


「それよりケビンさん、こちらでも本は一般的なんですか? いくらぐらいするものですか? いや、そもそも通貨もわからないな……」


 唐突に話題を変えるユージ。だが、知っておくべきことではある。ファインプレーであった。


「そうですね、長くなりますがその辺りは知っておいてもらった方がいいでしょう。取引のこともありますしね。あ、ユージさんも座ってください」


 そう言って、苦笑いしながら門越しに背もたれのない折り畳みイスを差し出すケビン。

 前回の会合に続き、何も知らないユージにこの世界の状況を話しはじめるケビンであった。




「まずは通貨の話をしましょうか。ユージさんから教わる物が作れるようになれば、ユージさんにも関係してくることですからね」


 そう言ってゆっくりと話しはじめるケビン。革袋に口を付け、中に入っていた水を一口。ちなみに、先ほどユージの提供で水は補充されていた。


「ここロワイーム王国では、基本的に通貨は6種類です。普段使わないものも入れれば全部で8種類ですね」


「あの……。ここ、ロワイーム王国って名前なんですか?」


 さらりと出てきた情報に反応し、さっそく質問するユージ。

 説明がはじまって一言目で話の腰を叩き折った。だが仕方あるまい。自分がいまどこにいるか、それがわからないのは思いのほか不安をかき立てるものなのだ。


「そういえばその辺りも説明してませんでしたね……。ええ、ここはロワイーム王国、その辺境です。その辺は明日でもいいですか? 地図を見てもらいながら、この地を治める領主や、王国の他の貴族についても合わせて説明しましょう」


「わかりました……。とりあえず、お金のことを教えてください」


 ええ、お金は大事ですからね、と商人の一面を見せつつ、ケビンは説明を続ける。


「先ほど言った通り、通貨は基本6種類、あまり使われないものも入れて全部で8種類です」


 そう言って、懐から革袋を取り出し、2つのコインを手に取るケビン。


「まずこれが銅貨です。いちおう銅貨より価値が低い賎貨もあるのですが、あまり使われていませんね。値段が低い商品も賎貨何枚ではなく、銅貨1枚で5つなどまとめて売ることが多いです。ちなみに、賎貨100枚で銅貨1枚の価値となります。じゃらじゃらと大量に必要になるもので、これが使われなくなった理由でもあると思います」


 ほうほう、と言いながら門越しにケビンから銅貨と賎貨を受け取り、表を見たりひっくり返したり意味もなく眺めるユージ。


 突然、あ、と言ったかと思うと、呆気にとられるケビンをしり目にユージは家の中に駆け込んでいった。


 すぐに戻ってくるユージ。その手にはカメラが握られていた。

 ようやく撮影することを思い出したようである。


 銅貨と賎貨を手のひらに乗せ、片手でパシャパシャとシャッターを切るユージ。

 不思議そうに見やるケビンだが、ひとまず突っ込まずに話を進めることにしたようだ。


「そしてこれが銅貨の上のお金、大銅貨です。これは銅貨10枚と同じ価値ですね」


 先ほどの銅貨よりひとまわり大きなコインをユージに手渡すケビン。銅貨と並べて比べている。どうやら大きさのほか、コインに刻まれた絵柄も違うようだ。


「通貨には種類によって違う絵が描かれています。昔はそれぞれ歴代の王が彫られていたのですが、ある時、王によって価値が違うとは何事だと言い出す方がいましてね。それが力のある貴族だったものですから……」


 すべて回収して今の絵柄になったのですよ、私が生まれる前でよかったです、としみじみと語るケビン。流通している全通貨の交換など、考えたくもない出来事である。商人としては当たり前の感想であった。


「大銅貨の上は、この銀貨です。これも大銅貨10枚で銀貨1枚ですね。その次はもうおわかりでしょう。大銀貨です。同様に銀貨10枚で大銀貨1枚。そして、大銀貨10枚で金貨、金貨10枚で大金貨1枚です。さすがに金貨は持ってきていないのですが……」


 鈍く輝く2種類の銀貨をユージに手渡すケビン。受け取ったユージは、特に何を言うこともなくパシャパシャと撮影し、あっさりケビンに返却する。


「金貨の上にはさらに白貨があります。ですがこれは大商家同士の取引や、貴族、王族との取引ぐらいしか使われないものですから、今はいいでしょう。大金貨すらなかなか使うことはありませんしね」


 ユージから通貨を受け取り、そう言って話を締めるケビン。だが、通貨の説明の本題はここからである。


「それで……。例えばいただいた武器や食糧は、何がいくらなんですか? 普通の人はどれぐらい稼いでいるものですか?」


 ユージも気づいたようだ。この男、抜けてはいるが決して頭が悪い訳ではないのだ。抜けているが。


「そうですねえ……。まず、街で働く警備兵や平の兵士は月の手当が大銀貨2枚といったところでしょうか。だいたいそれぐらいで、4人家族で王都で暮らせるぐらいですかねえ。ただこの辺りは辺境、開拓地ばかりで物々交換も多く、プルミエの街や村では暮らすだけならもっとお金はかからないと思いますが……」


「そうですか……」


 だいたい大銀貨1枚で10万円ぐらいだろうか、と何となく頭に浮かべるユージ。悩みながらも、まあいいかと切り替える。問題の先送りである。


「ユージさんにお渡しした物の値段ですか……。そうですねえ、売値で言っても金貨1枚はいってないと思いますよ」


「大銀貨1枚で10万円としてそれが10枚分だから……え! ひゃ! ひゃくまんえん!?」


 奇妙な声をあげてのけぞるユージ。ほいほい受け取っていたが、価値を知って驚いたようである。

 だが、それもそうだろう。アリスとコタローの食糧のほか、武器防具に加え、単価は伝えられていないものの、本まで受け取っているのだ。

 思いのほか高い金額にいまさらビビるユージ。小市民である。日本ではお金持ちなのだが。


「ああ、そんなに心配しないでください。コツコツ貯めた財産はまだありますしね。それだけユージさんの知識に期待している訳ですし、まあ失敗して全財産を失ってもまた一から行商をはじめればいいだけですから」


 さらりと重い言葉を告げるケビン。


 きっとその価値に驚いたユージへの、フォローの言葉だったのだろう。


 だが、まったく安心できないユージであった。



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