第四話 ユージ、行商人から荷物を受け取る

「いやいや、無事でよかった。ビックリしましたよ」


「あははは、お恥ずかしい」


 初めて発動した魔法にはしゃぎ、連発して倒れていたユージは、行商人ケビンの声で目を覚ますのだった。

 春に訪れてから、およそ2ヶ月半ぶりの来訪である。


 ふうーと息を落ち着かせ、汗を拭う行商人のケビン。今回もお供に冒険者三人組を連れている。例によって、彼らは少し離れた場所で野営の準備を進めているようだ。

 今回は長居するつもりなのだろうか、木々の間に日除けのターフを張っているところであった。


「今回はいろいろ準備して来ましたから、4、5日は滞在できますよ。ですがまあ、とりあえずは持って来た物をお渡ししましょうか」


 ユージの目線をたどったのだろう。ケビンは滞在日数をざっくり伝え、さっそく背負子を下ろして荷をほどいていく。


「そうですか! いろいろ聞きたいこともあったので助かります。でも荷物より先に、まずはアリスの家族のことを聞きたいんですが……」


「アリスちゃんの家族ですね。ええ、アリスちゃんもいないようですし、ちょうどいいかもしれませんね。今のところ、家族の情報はまだ何も入ってきていません。ですが……」


「……何かあったんですか?」


 暗い表情を見せたケビンに、おそるおそるユージが問いかける。


「王都に向かっていた隊商が盗賊に襲われ、護衛の冒険者が応戦して撃退しました。商人のツテで情報を集めましてね。その隊商は日程の都合が良かったようで、たまたま三級冒険者が護衛にあたっていたそうです。5人のパーティで、30人前後の盗賊に勝利したとか。後の調べで、彼らは泥鼠どろねずみと呼ばれている盗賊団だったことがわかっています。アンフォレ村を襲ったのも泥鼠だろうと考えられているのですが……」


「その泥鼠っていうのはそれで全員なんですか? アジトは? 尋問はしなかったんですか?」


 アリスの家族に繋がりそうな情報に、息せき切って尋ねるユージ。


「ユージさん、気持ちはわかりますが、盗賊に襲われた商隊は盗賊に生き残りがいてもトドメをさして先を急ぐのが普通です。襲われた場所は血の臭いで獣や魔物が集まりますし、大きい盗賊団などは再襲撃することもありますから。彼らも尋問などせずトドメをさして王都へ急ぎ、警備隊に報告して終わったようです」


「そうですか……。でもその後、まわりを調べたりしないんですか? 生き残りとか、アジトとか……危ないですよね?」


 落胆を見せながらも、ユージは諦めず質問を重ねる。


「もちろんです。王都の警備隊から一団が出て、襲撃があった場所や周辺を調べたそうです。アジトとしていたような洞窟は見つけたそうですが、すでにもぬけの殻だったと……」


「そうですか……」


「彼らが泥鼠と呼ばれているのは、鼠のように逃げまわり、泥をすすってでも生き延びる。そんなしぶとさからのようです。今回は彼らにとってけっこうなダメージでしょうし、しばらくは大人しくして行方をくらませることに力を入れるでしょう。アリスちゃんの家族を捜すのは、よけいに難しくなったかもしれません……」


 新たな情報はあったものの、捜索に繋がるどころか余計に難しくなるものであった。うつむき、暗い表情を見せるユージ。


 ケビンは急かすことなく、ユージが立ち直るのをゆっくりと見守っている。

 見守りながらも手は動かし、床几を広げて腰掛け、さらに荷解きをはじめていたが。優しくはあるものの、強かな男なのである。辺境の行商人としては当たり前のことなのだが。


「わかりました。まだ決まったことじゃないですもんね。実は最初から逃げていたかもしれませんし! 引き続きお願いします!」


 自分に言い聞かせるように勢いをつけて言い切り、その話題を終わらせるユージ。少しはタフになったようである。


「ええ、もちろんですよユージさん。さて、では荷物をお渡ししていきましょうか」


 ユージの気持ちを理解しながらも、話を先に進めるケビンであった。




「まずはこれが食糧ですね。小麦や大麦、野菜や塩も持ってきました。それから、この袋に入っているのが服、こちらが日用品ですね。必要な物がわからなかったので、日用品はとりあえず少しずついろいろ持ってきています。ユージさんとアリスちゃんを見る限り、服は必要ないかもしれませんが……」


 チラリとユージの着ている洋服と、庭に干されて風にはためく洗濯物に目をやるケビン。

 ありがとうございます、と言いながら門越しに荷物を受け取り、次々に袋を積んでいくユージはその目線に気づいていないようであった。


「それから、これがご要望いただいた武器と防具ですね。何を使うかまだ決めていないそうなので、武器はそこそこの品質のものをいろいろ持ってきました。防具もサイズがわからなかったので、ひとまず使えそうなものを持ってきています」


 そう言ってケビンがユージに手渡した、数々の武器と防具。小剣、短槍、小振りなメイス、弓と矢、木と皮でできた丸楯、皮の胸当て、ところどころ皮で補強されたズボン、丈夫そうな厚手のローブは小さく、アリス用のようだ。

 それから、これは武器以外にも使えますが、と言いながら斧と槌を渡すケビン。

 食糧と合わせてけっこうな荷物である。背負子の荷物も、残りはわずかであった。


「それと、こちらもリクエストいただいた品です。この世界の常識や情勢がわかる本ということでしたので、まずは周辺の地図を。といっても手に入るのは大雑把なものなので、私の行商の経験を活かして書き加えています。それから王都で人気の旅行記と、露店で仕入れた日記ですね。ちょっと情報が古いかもしれませんが、どんな暮らしをしているかわかると思いますよ」


「やった! いやー、地図もですが、こっちの人の暮らしなんかも気になってたんですよ。でも日記って手に入るもんなんですか? 恥ずかしいことばっか書いてあるんじゃ……」


 中学生時代の記憶を思い出し、震えるユージ。封印した黒日記を頭に浮かべたようだ。謎の詠唱を見られたことは気にしない癖に、日記はダメなようである。基準がわからない。


「日記はだいたい書いていた人物が死んで、家族が財産を処分する時に一緒に売られることが多いですね。あとは学はあるものの生活に困った人物、でしょうか。プルミエの街は辺境なのでそれほど数はありませんが、王都まで行けば割と手に入りますよ。もっとも読める人は辺境の方が少ないですから、王都よりこっちで買った方が安く手に入るんですけどね」


 はあ、そうですか……と言いながら、パラパラと日記をめくるユージ。質は悪いものの、紙は植物でできているようだ。そこでようやくユージが気づく。


「ケビンさん……。読めません……」


 そう、アリスから簡単な文字と数字は教わっていたが、ユージはまだこの世界の文字を読みこなすことができなかったのである。


「あはは、そうおっしゃると思って、これも買ってきましたよ。ちなみに今回と前回お渡しした他の全てを合わせたより、これ一冊の方が高いですから。気をつけてくださいね」


 そんな言葉とともに、ケビンは美しい装丁の分厚い書物を差し出す。たしかに、表紙からして明らかに他の本とは格が違うものであった。


「それは、辞典です。ご存知ですか? 一つの言葉に対し、その意味が説明されているものです。絵は入っていないので、それでも簡易版なんですけどね。それとこちらの本もどうぞ。これは商家の丁稚でっちなどが勉強するのに使う本なんですけどね。プルミエの街ではなかなか手に入らず、恥ずかしながら私が子供の頃に使っていた物で……」


 そう言ってさらに差し出されたのは、絵と単語が対応している本である。後半までいくと、文章も出てくるようだ。


「おお! ありがとうございます! これでアリスも俺も勉強できるなー」


「まあこの2冊でぜんぶわかる訳ではないと思いますが……。私がいる時は力になりますから。それから最後に……。これが、初心者用の魔法書です」


 最後に差し出されたのは、先ほどの辞典よりは劣るものの、それでもしっかりと装丁がなされた書物であった。


「ありがとうございます! やった、これで俺もアリスももっと魔法が使えるようになる!」


 初心者用の魔法書を受け取り、ユージは力強いガッツポーズを決める。


 初めての魔法に次いで、今日二番目の喜びを見せるユージ。


 俺もアリスも、という言葉に反応したケビンの眼差しに気づかぬまま、ユージはのんきにはしゃぎまわるのであった。



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