第三話 ユージ、来訪した行商人のケビンを迎える

 カーン、カーンと、木に斧を打ちつける音が森に響き渡る。

 徐々に気温が上がり、そろそろ季節は本格的な夏を迎える頃。

 ユージは今日も開拓中である。


「えーい! えい! てやっ!」


 ユージから少し離れた場所では、アリスがかわいらしい声をあげ、魔法で開拓のお手伝いをしている。幼女のかわいい声の度にボコッボコッと土がへこんでいくさまは、まったくかわいらしくはないが。


 警戒役のコタローは、魔法を使うアリスをジッと見つめていた。真剣なまなざしは、ふんふんなるほど、と言っているかのようだ。


「よーしアリス、今日の開拓はここまでにしてお昼にしようか!」


「はーい、ユージ兄!」


 アリスに声をかけたユージは、辺りを見まわす。


 門に面した南側はずいぶんと開拓が進み、敷地からだいたい10メートルほどの場所に張られた目印のザイルまで木は伐り倒されていた。

 切り株はまだまだ残っているものの、アリスの土魔法により、掘り起こす目処も立っている。


 春から取りかかり、およそ2ヶ月半。

 南側の伐採はようやく終わりが見えてきたのであった。

 とはいえ、ここから畑を作るにはまだまだ長い時間がかかるのだが。




 昼食を終えた午後、ユージは庭に出て魔法の訓練である。


 アリスは午前中に魔法を使っているため、最近はコタローと一緒に庭で遊んでいる。ときどき、ユージの謎詠唱を不思議そうに見ているが。


「世に在りし八百万の神々よ。森の魔法使いユージが乞い願う。生まれし時から宿せしその力、我が身を借りて顕現させ給え。火之迦具土ヒノカグツチ


 あいかわらず滅茶苦茶である。

 もちろん魔法は発動しない。


「大地と豊穣の女神よ。森の魔法使いユージにその姿を顕し、此の地に豊かな恵みをもたらさんことを。豊穣の地デメテルへの願い


 今日は様々な神々に呼びかけてみるらしい。節操のない日本人である。

 もちろん、魔法は発動しない。


「うーん、でもアリスが火と土の魔法を使えるしなー。ここは違うものの方がいいか! となると、風か水か、それとも主人公っぽい雷か光、いや待て、時空とか強そうだしな……。いろいろ試してみるか!」


 前向きなのか、それとも異世界に来たのに魔法を使えないという現実から目を背けているのか。おそらく後者だろう。

 いいかげんあきらめたらと、このところコタローもユージに冷たい目を向けはじめている。


「其は赤い髪と髭を持つ。其は雄々しく鋼の体躯を持つ。其は豪胆で粗暴。然して最強の戦神である。其の力を此処に顕し給え。神の雷トールの雷槌


 夏空は高く、そして青く晴れ渡っていた。

 当たり前だが魔法は発動しない。


 遊び疲れたのか、アリスはちょっと眠そうな目をしている。

 一緒にアリスと遊んでいたコタローも、そろそろおひるねのじかんかしらね、とアリスを見やり、家に戻ろうと玄関へ足を向ける。


「うーん。光よ光、この地を明るく照らし給え。宙に浮かぶ光ライト


 いい加減疲れてきたのだろうか。神に呼びかけることもなく、今回はあっさりしていた。


 ほわん。


 1メートルほどの球体が、弱々しい光を放ち、ふよふよと浮かんでいる。


「お!? おお! 出た! 魔法が出た! おおおおお! おおおおおっしゃー! 見てくれアリス、コタロー!」


「わあー、ユージ兄、すごいねー」


 お昼寝に向かおうとしていたアリスは足を止め、ユージの魔法を見るとあまり気の入ってない声でユージを褒める。

 ワウワウッ、とコタローも適当な返事である。やったわね、でもちょっとねむいのよ、と言わんばかりだ。


 一人と一匹は、そのまま家の中に入っていった。ちょっと眠かったようだ。

 クールな女たちであった。幼女と犬だが。


 あとに残されたユージは、気にすることもなくはしゃぎまわって光の魔法を連発するのであった。


 家族は喜びをともにする、とは何だったのか。




「ユージさん! ユージさん、どうしました! ユージさん!」


 誰かの呼びかけで目を覚ますユージ。

 庭で仰向けに転がり、いつの間にか眠っていたようだ。

 調子に乗って魔法を使い過ぎたのである。

 まほーをつかいすぎるとくらくらってなるんだよー、とアリスが言っていたことなど、覚えていなかったのだろう。あるいは、覚えていてもうれしさのあまり気づかなかったのかもしれないが。


 上半身を起こし、きょろきょろと辺りを見まわすユージ。門のところで視線が止まる。


「ああ、よかった! ビックリしましたよユージさん。こんにちは、またやって来ましたよ」


 そこには、春に来た行商人ケビンの姿があった。


「あ、こんにちは。ちょっと待っててください」


 明らかにぼーっとした表情のユージは、ケビンに軽く挨拶した後、家の横手に向かう。蛇口をひねり、バシャバシャと顔を洗うユージ。タオルがないことに気づくが、まあいいかと呟き、門の方へと戻っていく。


 水で顔を洗い、少し動いたことでようやくしゃっきりしたようである。


「ふうー。こんにちはケビンさん。いやー、いつの間にか寝ちゃったみたいで、ビックリしましたよ。失礼しました」


「いやいや、無事でよかった。こちらこそ何かあったのかと思ってビックリしましたよ」


 流れる汗を拭い、笑顔で答えるケビン。

 前回に続き、今回もケビンの背には大きな背負子がある。


 ユージが異世界に来て、2年目の夏。


 行商人ケビンと、2回目の会合のはじまりであった。


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