第二話 ユージ、切り株との激戦を制する

 激痛に襲われたアリスは朝方にようやく寝入り、ゆっくり休んで今はユージとブランチ中である。


「アリス、体の調子はどう?」


「アリスもう元気だよ!」


「そっかー、よかったあ。アリス、俺もコタローもゴブリンを倒した時にアリスと同じで体が痛くなって、その後に力が強くなったりしたんだけど……。アリスはどう?」


「んん? んー、えいっ! アリスわかんないなあ……」


 ユージから身体能力の向上について聞かれ、椅子に座ったままえいっとダイニングテーブルを持ち上げようとするアリス。ぷるぷると腕を震わせているが、4人用の大きな木製テーブルはガタッと小さく音を立てただけであった。もっとも、大きく動いていたら卓上の食器が落ちて大変なことになっていたが。


 ありす、はしたないわよ、とばかりにウォンっとコタローがいさめる。

 うう、ごめんなさいと素直に謝るアリスであった。


「なんなんだろうなあこれ。アリスは聞いたことある?」


「うーん、アリスわかんないなあ……。こんどぎょーしょーにんのおじちゃんに聞いたらいいと思うよ!」


「そうだね、わからないことは聞かないとね。でもこれは俺たちの生命線かもしれないしなあ……。気になるけど、秘密にした方がいいかもしれないし……」


 アリスに勉強を教える際、わからないところがあったら聞くんだよと言い続けていたユージ。

 アリスはそのことをきちんと覚えており、ユージに行商人のケビンに聞くことを勧めたようだ。しかし、聞かないとね、と言いつつユージはブツブツと呟き、考え込んでいた。掲示板の住人による薫陶の賜物だろう。


「聞くかどうかはちょっと保留だなー。よーしアリス、力が強くなったりしてないか、庭に出ていろいろ試してみようか! 今日は俺も試してみたいことがあるしね!」




「よーし、ちょっと待っててね、アリス!」


 アリスとコタローと一緒に庭に出たユージは、そう声をかけてから一人で車庫に向かう。手には主に母親が使っていた軽自動車のキーが握られている。

 そう、昨夜眠れないアリスに付き合って起きている時に、ユージはようやく思いついたのだ。人力で切り株を抜けないなら、車を使えばいいじゃない、と。


 意気揚々と扉を開け、軽自動車に乗り込んで運転席に座るユージ。

 キーをまわす。

 エンジンはかからない。

 首を傾げながら、ふたたびキーをまわす。

 かからない。

 セルがまわる音もしなかった。


 バッテリーが上がっていた。一年も放置していたのだ。当たり前である。

 日本であればJ○Fを呼ぶなり、とりあえず他の車とケーブルを繋ぐなり、バッテリーを買ってきて交換するなり、充電器を買ってくるなり簡単に対処できるが、ここは異世界である。

 am○zonに頼んでも、バッテリーは届かない。


 手入れどころか、エンジンをかけることなく放置していた己を呪うしかないのだ。


「ダメか……。ちきしょう、ちきしょう……」


 がっくりとうなだれるユージであった。




「よーしアリス、じゃあ今度は魔法を試してみようか!」


 気を取り直してユージは庭で遊んでいたアリスとコタローと合流し、門から外に出て南側の開拓地である。


 アリスの身体能力を庭で見てみたが、ユージには上がったかどうかわからないようだった。それもそのはず、ユージやコタローでもちょっと上がったな、という程度。

 まだ幼いアリスが自分の身体能力を正確に把握している訳もなく、単なる成長なのか、激痛からの身体能力アップなのか判断できなかったのである。


 ユージはアリスが走ったり飛び跳ねたりする姿を見て、アリスはかわいいなあ、と気持ち悪い笑みを浮かべるのみであった。

 その笑みを見たコタローは、おやごころだとしんじてるわよ、とばかりにフンッと鼻を鳴らしていたが。



「まずは昨日の火の魔法だな。アリス、あの切り株を狙えるかな?」


「うん、わかった! アリスやってみる! いくよー、あかくてあっつくておっきいほのお、出ろー!」


 昨日と同じようにぐっと手を握って両腕を上げ、えいっとばかりに両手を開いて体の前に持ってくるアリス。

 同じ言葉、同じ動作だが、発現した炎は昨日よりひとまわり大きいように見えた。

 ぐっと水の入ったバケツを持つユージの手に力が込められる。


ボウッ!


 炸裂し、炎が消えた後に残っていたのは、切り株だった。ちょっとだけ焦げている箇所が見える。

 どうやらまだ水分が多く残っているようで、燃えることはないようだった。


「魔法の威力はちょっと上がったっぽいな……。でも燃えないか……。いっそこのままにして、枯れきった秋か冬に試してみるか? いやでもそうしたら延焼が怖いしな……」


 切り株を見つめたまま、独り言を続けるユージ。

 アリスはキラキラした目でユージを見つめている。

 ちょっと、きがつきなさいよ、とコタローがユージのスネを前脚で叩く。


「お、おお、アリス、すごいな! アリスの魔法はまたすごくなってたなー」


 わっしゃわっしゃとアリスの頭を撫でるユージ。

 わー、もうユージ兄、とジタバタ逃げまわりながらも、アリスは満足そうな笑顔を見せている。

 褒められたい幼女を気づかうコタローのファインプレーであった。



「さて……。アリスの魔法は強くなってたけど……。けっきょく切り株はそのままか」


「ユージ兄、木のねっこをぬきたいの? アリス、土をえいってやってみる?」


 小首を傾げ、ユージに問いかけるアリス。そう、石を発生させてアリスが投げるしか使い道がなかったためユージも忘れていたが、アリスは土の魔法も使えるのだ。


「おお! そういえばアリスは魔法で石を創って投げてたっけ……。ちょっとやってみるか。俺が引っ張ればいいから、抜けやすくなるだけで充分だとして……。アリス、木の根っこはそのままで、土だけどかせないかな? ちょっとでもいいんだけど……」


 うん、わかったー! そんな元気な返事をした後、うんうんと考え込むアリス。

 だめもとでいいのよ、とコタローは心配そうにアリスを見やっている。


「よーし! 土さん、ちょっと下にいってー!」


 トコトコと切り株に近づき、しゃがみこんだアリスがえいっと両手で土を叩く。


ペタッ。

ボコッ!


 アリスが地面に手をついた小さな音がした後に、切り株の周囲2メートルほどの地面が、切り株を残して1メートル程度へこむ。

 落とし穴というほど深さはないが、根に絡む土を減らし、根を露出させるには充分な深さである。


「おお! すごい、すごいよアリス!」


 切り株に近づいたユージは喜々として斧を振りかざし、根を切っていく。

 ぐるりと一周して、目に見える根を切り終えたユージ。

 いよいよ切り株本体に挑戦である。


 両腕で切り株を抱えたユージが、グッと力を込める。

 腰を落とし、足や背筋も使って全身で持ち上げようと試みるユージ。

 すでに根はない。問題は、重さのみであった。


「おお! 持ち上がったっ! アリスすごい、すごいよ!」


 やったーやったー、と飛びまわり、奇妙な喜びのダンスを踊るユージとアリス。

 もう、こどもなんだから、と見守っていたコタローだが、尻尾は振られ、仲間に入りたそうにむずむずしている。

 やがてこらえきれなくなったのか、ついに駆け寄って一緒にはしゃぎまわっていた。


 喜びをともにする。コタローも家族の一員なのだ。


 よし、これで開拓のメドが立ったぞ! そんなユージの喜びの声が、森に響くのであった。


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