第一話 ユージ、開拓と修行の日々を過ごす

「ユージ兄、お庭の水まき終わったよー!」


「おお、お手伝いありがとうアリス。こっちはもうちょっと木を伐るけど、アリスも一緒にやる?」


「うん、アリスお手伝いするー!」


 ユージが開拓をはじめてからしばらく。季節は春を過ぎ、夏の訪れも近づいてきた。

 アリスは、庭の一角に作られた家庭農園に水まきしていたようだ。


 行商人のケビンからもらった種や苗を活かすため、ユージはスコップで庭を掘り起こし、森から腐葉土を持ってきてそのまま撒いた簡易な畑を作っていたのである。収穫を見込んでというより、いわゆる実験農場だ。


 だが本番の畑を作るための開拓はかんばしくないようである。


 現在、ユージの家の正門がある南側は下草が払われ、木々が伐られて切り株がさらされている。ここまで開拓するという目印のザイルが間近に迫ってはいるが、いまも木々は青々と生い茂っている。

 ちなみに東と西、北はいまだ手つかずである。


「よーし、アリスもお手伝いしてくれるし、今日も木を伐っていくか! それにしても、そろそろ切り株をなんとかしたいよなあ……」


 ユージも切り株を抜くことにチャレンジしなかったわけではない。だが、大人一人の力ではそうそう抜けるものではなかったのだ。

 根を切りまくり、ザイルをかけ、必死で引っ張ってようやく抜ける。一つ抜いたところで、ユージは先送りを決意していた。

 それがいくつも切り株が残るこの現状である。当たり前だ。某ヴァイキング漫画ではガチムチの男二人でもキツイ労働で、馬を借りたぐらいなのだ。


「うーん、魔法が使えればなあ……。こうスパッ! と木を伐ったり、ボコッと切り株を抜いたり……。やっぱり魔法の練習が先かなあ」


 コタローは周囲の警戒のため、ユージの近くにはいない。完全にユージの独り言である。


 朝、朝食の後はユージとアリスはラジ○体操。その後、暑くならない午前中にアリスは家庭農園の手入れをして、ユージは開拓。

 軽い昼食を食べた後は、庭に出てユージとアリスの二人で魔法の練習。アリスがお昼寝タイムに入ったら、ユージは庭で斧を振り回して筋トレ兼戦闘訓練のような何か。

 陽が傾いたら家に入り、アリスに勉強を教える時間。


 開拓をはじめて以来、一日のスケジュールはだいたいこうした形で過ごしている。かつての引きニートの頃と比べたら、はるかに健康的な日々である。


 ちなみにコタローは、ある日はユージとアリスと一緒にいたり、ある日は狩り兼周囲の見まわりと忙しくも自由な日々を送っている。束縛されたくない女なのだ。犬だけど。


「よし! しのごの言ってないでとりあえず開拓するか! アリスは危ないからちょっと下がっててね」


 はーい、というアリスの元気な返事を聞いて、ユージは今日も斧を振りかざすのであった。




 ユージが一本の木を伐り倒し、アリスと一緒に枝払いに取りかかろうとした時である。

 周囲を見まわっていたコタローが、ザザザッと二人の下へ駆け戻ってきた。

 警戒心もあらわにワンワンワンッと吠え、ぐいぐいとアリスを頭で押して家に向かわせようとする。てきがきたわよ、いえにもどりなさい、と言っているかのようだ。


「どうしたコタロー? 何か来たのか? アリス、一緒に家に戻ろう」


 さすがのユージも、どうやら異常事態だと悟ったようである。



 ユージとアリス、コタローが家の敷地の中に入ってしばらくすると。

 ガサゴソと音を立てて、森から5匹のゴブリンが現れた。


 門を挟んで対峙するゴブリンとユージたち。まるで初めてゴブリンを撃退した時の焼き直しである。


「またコイツらか……。でもあの頃の俺とはもう違うんだ。いくぞ、コタロー!」


 刈り込み鋏を手にし、ユージがコタローに声をかける。

 ユージはさっそく60cmほどある二本の柄を左右の手で握り、刃渡り25cmほどの鋏の部分を大きく開く。

 腕を伸ばし、門の向こう側で仕留める構えである。


 だが、ワンッと一吠え。コタローはちょっとまちなさいと言っているかのようにユージを見上げ、その後、アリスに目を向ける。


「ユージ兄、アリスが魔法でばーんってやる!」


 意思が通じたことがうれしいのか、ぶんぶんと尻尾を振るコタロー。おおそうか、じゃあ最初はアリスの魔法だな! とユージもどこかうれしそうである。初めて魔法が戦闘に使われるところを見られるのだ。異世界に来た一人の日本人男性として、ユージの興奮と喜びは仕方がないことなのだ。


 ちなみに、ここまで無視されていたゴブリンは、今では門から5メートル程度の距離まで近づいていた。


「いくよー、あかくてあっつくておっきいほのお、出ろー!」


 ぐっと手を握って両腕を上げ、えいっとばかりに両手を開いて体の前に持ってくるアリス。

 厨二病を見られたユージと一緒に練習した、アリスの魔法が発動する。


 赤々と燃え、熱を発する炎が生まれ、門を越えて5匹のゴブリンの群れの中心に炸裂する。


ボウッ!


 一瞬で広がる炎。中心にいたゴブリンには火がつき、すでに体表が黒く焦げはじめ、いやな臭いが漂ってくる。

 その左右にいたゴブリンにも火は燃え移り、火を消そうと地面を転がりはじめた。

 残りのゴブリンは攻撃されて苛立ったのか、門へ向かって闇雲に駆けてくる。


「おお、すごい! すごいぞアリス! 後は俺とコタローに任せて下がってるんだ。近づいちゃダメだぞ」


 初撃の魔法で1匹を倒し、2匹をひとまず釘付けにしたことで気が大きくなったのか、ユージの発言も勇ましい。勇ましいが、コタローも頭数に入っていた。


 グギャグギャと門に近づいてきたゴブリンに向かって、門越しに大きく刈り込み鋏を開くユージ。それが何かわからないのか、それとも最初から考える頭がないのか、気にすることなく突っ込んでくる2匹のゴブリン。


バツンッ! ゴロゴロゴロ……


 刈り込み鋏の二本の柄を左右それぞれの手で握り、力いっぱい閉じるユージ。

 上がった膂力と自ら前に突っ込んだゴブリンの突進があわさり、予想以上に深く入ったようだ。

 1匹のゴブリンの首が転がり落ち、門前には青い血だまりが広がっていく。


「お、おおう……」


 自分でやっておきながら及び腰になるユージ。


 まだおわってないわよ、とコタローに足を蹴られ、ユージは最後の1匹に向き合う。

 仲間がやられて激昂しているのか、手に持つ木の棒をゲギャゲギャと門に叩き付けている最後のゴブリン。


 冷静さを取り戻したユージが、同じように刈り込み鋏を開き、タイミングを計ってふたたび閉じる。


バツンッ!


 今度は無意味に首を切り落とすことなく、きれいに頸動脈を断ち切ったようだ。ゴブリンに頸動脈があるかは謎だが。


 ふう、と息を吐き、ユージは地面を転がって火を消そうとしていた2匹のゴブリンに目を向ける。プスプスと煙を上げる2匹は、ピクリとも動かない。どうやら絶命しているようだ。


「死んでいるみたいだけど……。いつかのこともあるしな。ゆっくり近づくぞ、コタロー」


 門を開け、おそるおそる近づいていくユージ。

 だいじょうぶよ、とばかりにコタローは悠々とゴブリンに近づいていく。

 ちょんちょんと刈り込み鋏の先でつつき、いちおうな、と呟きながら深く首を切るユージ。

 数々の失敗から、どうやら多少の用心深さを身につけたようだ。


「よし! 今回は完封勝利だ! アリスの魔法のおかげだな! すごいぞアリス!」


 そう言いながらアリスに駆け寄るユージ。そこには六才の幼女にグロいシーンを見せた気づかいは一切なかった。さすがモテない男である。


「えへへへ。ユージ兄もすごかったよ! バンッバンッて!」


 ユージに褒められ、コタローによくやったわありす、と言わんばかりに頬を舐められ、うれしそうにはにかむアリス。そういえばこの幼女、グロ耐性はユージ以上であった。たくましいものである。


「よし、俺はこれを片付けちゃうから、アリスは先に家に戻って休んでてね。コタローはいちおうついてきて、周りの警戒をお願いできるかな?」


 はーい、と右手を上げ、元気な声で返事をするアリス。タフな幼女である。


 そして自然とコタローにお伺いを立てるユージ。どうやらユージはコタローの方が立場が上だと認識しているようだ。

 しかたがないわね、まかせなさい、とばかりにワンッと吠え、ユージについていくコタロー。頼りになる大黒柱であった。


 そしてその夜、魔法で3匹のゴブリンを屠ったアリスは、激痛に襲われるのであった。


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