第十話 ユージ、行商人から不思議なお話を聞く

「よーしアリス、今日は行商人のおじちゃんと一緒にお外でご飯だよ!」


「おじちゃん! むずかしーお話はおわったの?」


「こんにちはアリスちゃん。うん、ユージさんと難しいお話は終わったよ。アンフォレ村の時みたいに、おじさんはたまに来ることになったからね」


 朝から続いた行商人ケビンとユージの交渉が終わり、ケビンの誘いを受け、ユージとアリスとコタローは門を挟んで一緒に昼食をとることにしたようだ。


 ちなみに、冒険者三人組は門から離れた場所で食事である。すっかり警戒対象に成り下がっているようだ。


「さて、ユージさん。これが異世界の携帯食ですよ。初めて食べるんじゃないですか?」


 受け取ったユージは、あまりに硬い感触に疑問を浮かべる。


「これ……パンですか? これが噂の保存用に硬く焼き締められたパンですか……アリスは食べたことある?」


「うん! ちょっとずつ食べるから、おなかいっぱいになるんだよ! ユージ兄のカ○リーメイトはあまくておいしーけど、アリスこのパンも好きなんだあ!」


 お、おう、そうか、と硬いパンを好きだと言い切るアリスのたくましさに引き気味のユージ。爪で弾くと、カチカチとプラスチックを叩いたような音がする。


「おお、ユージさんも硬いパンはご存知でしたか! あとはやっぱり干し肉ですね。今回は短い旅でしたので、それほど硬くないものをお持ちしていますよ。コタローさんにはこちらのお肉を。塩分控えめのものを仕入れてきたんです」


 ありがとうございます、とユージが受け取り、さっそくコタロー用の器に入れる。

 コタローは尻尾を振り、あらきがきくじゃない、とうれしげである。まずはふんふん匂いをかぎ、まあまあね、とでも言いたげにケビンに視線を向けていた。


 貧相な食事ではあるが、ケビンやアリス、ときおりユージが和やかに会話を交わす。もっともユージはパンの硬さに悪戦苦闘していたが。ちなみに飲み水はユージの提供である。




「そういえばユージさん、この館には見えない壁があるんですよね? 触ってみてもいいですか?」


「そうか、ケビンさんは最初から門の前で待ってましたもんね。いいですよ、確かめてみてください」


 ユージから許可を得て、おそるおそる敷地の境界へ手を伸ばすケビン。

 手のひらが止まる。見えない壁に当たったようだ。


「なるほど……。ユージさん、不確かな情報なのですが、これと同じような現象を聞いたことがあります。もちろん違うかもしれませんが……。食後の余興に、お聞きになります?」


「お!? おお! 知っているならぜひ教えてください!」


 ユージやアリス、家を危険から守る謎バリア。その情報が少しでも得られればと、ユージは食い気味でリクエストする。


「では……。これは私が修行した大店おおだなの会頭が、若い頃に諸国を行商してまわった時に体験した話でして……」


 そんな前置きをしてから話しはじめるケビン。行商にまわる村々でも、時にこうして話すことがあるのだろう。その話し振りは滑らかなものであった。




 いわく、王都から南に向かって二つの国を越えると、大きな山々があるらしい。会頭がその地を訪れるより前、その中でもひときわ険しい大きな山に、ある日突然・・・・・建物が現れた・・・・・・そうだ。

 登るのも命がけなその山に、誰が建てたのか。麓の村から見える場所なのに、なぜいきなりできあがった姿で現れたのか。一帯は騒然となったようだ。

 だが、土地の者や時の領主の軍が山を訪れても、山の途中からなぜか入れなかった。見えない壁に・・・・・・遮られていた・・・・・・のである。


「会頭が訪れた時は、突然あらわれてから春が10度ぐらい巡った頃だと言ってましたね」


 その不思議を直接確かめてやろう。そう思った会頭は、建物の住人と麓の村、年に一度の物々交換の機会にあわせ、行商のためと周囲を説得して同行することができたのだという。


 そこで見たのは、何から何まで不思議なものであったそうだ。

 許可を得て確かめてみたが、たしかに見えない壁があり、そこから先には進めなかった。それはまだいい。不思議ではあったが、聞いていた通りだったからだ。

 だが、不思議は壁だけではなかった。山の建物の住人は荷運び役も含めて10人ほど来ていたが、彼らは一様に黒い服を着て、髪はすべて剃られていた。装飾は、羽根を広げた鳥のように見えるネックレスだけ。

 表情は薄く、村人どころか仲間内でも言葉を交わさず、ゆっくりとした身振り手振りで意思疎通していたという。


「とても不思議な体験だったと会頭は言っていました。行商で周辺をまわっても、誰も彼らのことを知らない。全員が同じ格好をしていたことから、少数民族かなんらかの宗教団体かと思って調べても、似たような団体は一切名前があがらない。だから」


 今では、会頭はあれは稀人だろう・・・・・・・・と考えていますよ。突如として現れた建物と集団。人々と交わろうとしない考えを持つ、稀人だろうと。

 そんな話を聞いていたからですかね、私も稀人という存在に興味が出てきて、大店の仕事や行商で各地に行くと、手慰みにいろんな伝承や記録を調べたものです。

 それがあったから、こうしてユージさんと知り合えたのかもしれませんね。


 しみじみと語るケビン。ユージもアリスも、コタローでさえもその不思議な話に引き込まれたようであった。



「さて、語りたいのはここからです。これは実際に会頭が体験した話なのですが……」


 まるで吟遊詩人のように滑らかに、ケビンの語りは続くのであった。


 その物々交換の時に、ある娘が麓の村から連れて来られたのです。やせ細り、思い悩み、今にも自ら身投げしそうな雰囲気であったと会頭は言っていました。

 物々交換が終わり、彼らが建物へ戻る前のことです。その娘が、ポツリポツリと身の上を語りだしました。まあアリスちゃんもいるので省略しますが、要はとても辛い目にあったと。

 静かな暮らしをしているのであれば、私もそこで生活したい、連れて行ってほしい。女はそう彼らに投げかけたそうです。

 すると、彼らのうちの一人が、見えない壁の外側に出てきて、女の手を取りました。

 そして女を見つめてひとつ頷くと、手を引いて見えない壁の境界へ向かって行ったのです。


 すると……。


「そう、不思議なことに、彼女は見えない壁を通り抜けました・・・・・・・。後で会頭が聞いたところ、時おりそういう人が訪れるようです。静かな生活を送りたい。いまいる場所から逃げ出したい。そうした人が最後に向かう場所になっていたそうですよ」



 語り終えたケビンを前に、ほうっと詰めていた息を吐き出すユージ。コタローもあらひきこまれちゃったわ、とばかりに水を落とすかのごとく体を振る。



「おっと、大事なところを言い忘れましたね。そう、その場所では住人が外から手を引くことで、見えない壁を通り抜けることができるようです。それとこれは会頭が興味本位で調べたことですが……武器を持った者、武器を持っていなくても住人か建物に危害を加えようと考えていた者は、手を引かれても入れなかったそうですよ」


 村長や土地の領主が送り込もうとしたようですが、会頭が訪れた頃にはもうそんな努力も諦め、害がないならと黙認していたようですね。

 もちろん本当かどうかはわかりませんがね。


 そう言って、今度こそ話を締めるケビンであった。


「いつかユージさんが私を信頼してくれるようになったら、試してみてください。その館の中とは言いません、庭でけっこうですから。もし中に入れたら、いつか会頭に自慢してやるんです。それもユージさんが許可をしてくれればですけどね。そうそう、ちなみにその場所へはここからだと馬車か馬で半年ほどです。興味があるならいつか一緒に行きましょう。私もまだ見てないんですよ」


 ニコニコと無邪気な笑顔を見せるケビンに、もともとこの人はこういう不思議な話が好きで、だから俺に関わろうとしてるのかなーなどと考えるユージであった。



「最後に……ある時、その一帯を地震が襲ったそうです。山側の方が揺れが大きく、麓から彼方に見えるその建物も、壁の一部が崩れたようであったとか。ところが一晩明けて朝見ると、すっかり元通りになっていたそうで。麓の村では見間違いだろうという話になっていたそうですが、会頭は建物が壊れる・・・・・・前の状態に戻った・・・・・・・・んじゃないかと考えているようですねえ。まあ、そこまでいくと妄想だと私も笑いましたが」


 でも気になるようなら、ユージさんは自分で試してみてもいいかもしれませんね、と話すのであった。



 気がつけば、すっかり陽は傾きはじめている。

 長い話に、アリスはユージの肩に頭を預け、ウトウトとしていた。

 コタローはアリスのヒザに頭を乗せ、耳だけを立てて話を聞いていたようだ。


「おっと、もうすぐ陽が落ちますね。ユージさん、私たちは明日の早朝に街に向かうつもりです。ここでいったんお別れのご挨拶をさせていただきます。それでは、また夏に。またね、アリスちゃん、コタローさん」


「こちらこそ、取引もお話もありがとうございました」


 ユージに向かって胸に手を当てる一礼をしたあと、小さくアリスとコタローに手を振るケビン。

 ユージも礼を返し、アリスもまたねーおじちゃんと、眠そうな目をこすりながらあいさつしている。

 何が気に入ったのか、コタローもぶんぶん尻尾を振ってワンッと挨拶を返していた。



 もたらされた物資と交わした約束、さまざまな情報。

 不確かなものも含め、行商人のケビンから得たものは数多い。


 とにかく、ようやくユージにとって長い長い二日半が終わったのであった。


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