第九話 ユージ、稀人の情報を得て行商人と交渉する
「おはようございます、ケビンさん」
行商人ケビンが家にやってきた次の日の朝。
眠い目をこすりながら、ユージはケビンに挨拶する。
一晩考え、掲示板に相談して徹夜したため、はっきりと隈が浮き出ている。
ユージのかたわらにはコタロー。
わたしがいないとしんぱいだから、と今日もユージとケビンの話を見守るつもりのようだ。
アリスは家の中でお留守番である。
「おはようございます、ユージさん。それで、考えていただけましたか?」
「ええ、それはもう。まず教えてほしいのですが、
「そうですね、先にその辺りをお話ししましょう。
持参した
ケビンもユージも背もたれのない床几に腰掛ける。
教育を受けた貴族や商人、村では村長などの知識層ぐらいしか知られていないし、その中でも半信半疑の者が多いのですが……。
そんな前置きをして、ケビンが話しはじめる。
稀人、つまり異世界からの来訪者はごく稀にこの世界に現れるらしい。様々な時代、様々な場所に現れ、各所で伝承や記録が残っているのです、とケビンは語る。
ただ少なくともケビンが知る範囲で、現在、この国とその周辺に稀人はいないらしい。もちろん稀人本人が隠して生活していたり、ユージさんのようにまだ誰からも見つかっていない可能性もありますし、誰かの保護下にあって隠されているかもしれませんが……。
そんなケビンの言葉を聞いたユージは、同郷に会うことはないかもしれないのか、とがっくりしている。
わたしがいるわよ、と寄り添うコタローの毛並みがユージの心を慰める。
ここからが大事なところなのですが……と、引き続きユージに向けて語りかけるケビン。
伝承や記録を調べると、過去に訪れた稀人はいろいろなことを為しているそうだ。
ある者は剣の一振りで巨大なドラゴンを一刀両断した。
ある者は魔法で一軍をまるごと消し飛ばした。
またある者は新たな料理を広め、飢饉をしのぎ、その後は食生活を豊かにした。
ある者はその知識で莫大な財を成した。
武勇をもって一代で平民から貴族に成り上がった者、冒険者として活躍した者。
ある稀人は、この国から遥か東方に自ら国を興したと伝えられているらしい。長い歴史の中で真偽は定かではなくなっているが、その子孫である貴族は、いまも初代王は稀人であったと信じているのだとか。
こういった英雄の存在は知られていますが「稀人」や「異世界の出自」として語られることは少ないんですよ。よそ者よりも身近な人が英雄になった、というお話を好む人が多いですから。少しさびしそうに、ケビンは語る。
「ユージさんがどのような力をお持ちで、何を為したいのか私はまだ知りません。ですが、私にとって稀人であるユージさんと関係を持てるというのは、それだけで大きな商機になるのです。武力があれば仕官先の斡旋を。知識があれば新たな商品や異なる考え方から生まれる利益を。冒険者となるようでしたら素材の買い取りや武具の売買でも儲けが出ますし、貴族になったり国を興すようであれば、それはもう御用商人も夢じゃない。まあもし何もなかったとしても街から往復6日程度の距離ですから、買ってもらえることがわかるだけで苦ではないですしね。大店を辞めて行商人をはじめたあの頃と比べたら……」
ひたすら歩いたのに売れず、それどころか商売もさせてもらえなかったり、同業のヤツらも……と口の中で呟きながら遠い目をするケビン。
それなりに苦労してきているようである。
「そうですか……。ケビンさんにとってチャンスだということはわかりました。それで、取引するにはいくつか条件があるのですが……」
手元の紙に目を落とすユージ。一夜漬けでは掲示板の住人もマニュアルは作れなかったのであろう、そこには要点をまとめたメモが存在していた。
「おお、おお! どんなことでしょうか!? 大抵のことは叶えてみせますよ!」
ユージの言葉に食いつくケビン。おそらくこの言動は、修行してきた大店の会頭に見られれば雷が落ちることであろう。
「まず、アリスの家族を捜していただくこと。見つけたらひとまずケビンさんが保護すること。これは絶対です」
「わかりました。私も気になっていますから、アリスちゃんの家族やアンフォレ村の住人、襲った盗賊についても情報を集めましょう。家族を見つけたら必ず保護します」
ユージから出された最初の条件に、力強く頷いて了承の答えを返すケビン。
「それから私とアリス、コタローの身の安全と快適な生活。これも外せません。そのためにまずは私たちのことと、この家のことを秘密にしてほしいんです」
「身の安全と快適な生活、ですか……。何をもって快適とするかですが……。住居はあるようですから、食糧や衣服の提供と捉えればよいですかな? 秘密にする件については、私もその方がいいと思います。ユージさんは危うすぎる」
「危うい、ですか? どういった意味でしょう?」
きょとんとした顔で聞き返すユージ。
そうよ、わたしもそうおもうわ、と同意するようにコタローはケビンを見てしばらく尻尾を振り、振り返ってユージに近づき、足に肉球パンチを繰り出す。じかくしなさいよこのばか、と言いたいようだ。
「ユージさん……。何より、わかりやす過ぎます。昨日今日といろいろ考えてこられているようですが、私が騙すつもりだったら、なんとでもできる自信があります。心の内を隠したり、思ったことを素直に伝えない腹芸も保身のためには必要ですよ。ちなみに私はこの二日間、正直なところをお伝えしています。ユージさんを騙した場合、もしユージさんが街に行ったり他の方と知り合った時、バレたら信頼を失いますからね。目先の利益より、ユージさんに信頼していただけた時に得られるだろう利益はまさに桁違いでしょうから。素直にお話はしていますが、それも損得勘定の上なんですよ」
納得したかのように頷くユージ。この時点で、すでにやり込められている。行商人ケビンのアドバイスもさっそく形無しである。
「なるほど……。それで、秘密にしていただくことなんですが、気になることがありまして……。彼らに秘密を守らせる方法はありませんか?」
チラリ、と離れた場所で談笑する三人の冒険者に目をやるユージ。
ケビンは最初から彼らに話を聞かれないよう、遠ざけていたようだ。
「おお、それです! そういう用心深さが大事ですよ、ユージさん! それで彼らに秘密を守らせる方法ですが……。ユージさんとの取引が成れば、私はプルミエの街に店を構えるつもりです。そこでいつもお世話になっているベテラン冒険者に加え、彼らも店の専属護衛として雇うつもりです。ベテラン冒険者に一から心構えをオハナシしてもらった上で、専属護衛として商売上の情報を漏らさないという契約を交わしてもらいます。これでも絶対とはいえませんが、最善の手かと。もし彼らがそれでもダメそうであれば、ね。その時は……」
口元に微笑みを浮かべたまま、ケビンの目がキラリと光る。
一瞬、身を強ばらせるユージ。
だが、なぜかコタローはうれしそうだ。そうよ、わかってるじゃない、と賛成の意を表すかのように、ワンワンッと吠えている。身内と認めた者以外には、時に厳しい女なのだ。
「そ、そうですか、だったら大丈夫そうですね、えーっと、ほかの条件はっと……。あ、はい、さっきの快適な生活という条件とも重なるのですが、身を守るための武器防具、食糧、開墾用の斧や農具、種や苗、それからこの世界の常識や情勢がわかる本、魔法の勉強ができる本なんかが欲しいですね。それこそ本はできるだけたくさん欲しいです」
「ええ、お安い御用です。武器防具は何かリクエストはありますか? 次に来る時に、まずは一般的な性能の物をお持ちしようと思います。それから小麦などの食糧や塩、開墾用の手斧などの農具、種なんかはこの背負子に入ってますから、ご挨拶がわりに置いていきましょう。森にお住まいと聞いて、必要そうな物は持ってきました。といっても普段の行商の売り物とあまり変わらないので、量を減らして種類を多く背負ってきただけなんですけどね。いやあ、行商をはじめた当初のことを思い出しましたよ。それから、書物はできるだけたくさんお持ちするようにします。ユージさんにこの世界を知ってもらえば、いろいろ思いつくかもしれませんしね。といっても持って来られる重量に限界がありますし、魔法書なんかはひとまず初心者用の物しか手に入らないですが……」
ニコニコ笑みを浮かべながら、早めの口調で話しだすケビン。どうやら、本来の彼はこれが素のようだ。
「ありがとうございます! さすがに準備がいいですね……。防具はおまかせしますが、あんまり重くないものでお願いします。それから武器ですが、槍かジョスさんが持っているような鈍器を考えているんですが……」
「なるほど、武器は未定ということですね……。でしたらこれもいくつかお持ちします。ユージさんが自衛できるようになれば、私も安心ですから」
「最後にふたつあるんですが……。今回じゃなくて良いんですが、街へ連れて行っていただくか、街までの道を教えてほしいんです。ずっと森の中でしたから、アリスに同年代の子と遊ばせてやりたいというのもありますし、私もこの世界の街を見たいですし。それとお教えする知識についてです。まず、困っていることやあれば売れそうなもの、ケビンさんからいくつか提案してください。こんなものがあればなあとか、これはどうにかならないかなあ、そんなことでいいです。私から教えても、この世界に合わないものもあると思いますし、それに私からお知らせして問題になるのもイヤですから。ケビンさんが思いついて、作った。他の人にはそういう風にしてほしいんです」
しばし考え、ゆっくりと話しだすケビン。
「知識の件は、わかりました。ユージさんを守る意味でもその方がいいと思います。村や街で困っていることや、こんなものがあれば売れるのに、というのを次に来るまでに考えておきますね。それで、街に行きたいという話ですが……」
口ごもるケビンに、ユージの警戒心が動き出す。
これは、掲示板の住人も考慮していた飼い殺しパターンのうち、街に行かせないことで「騙されているかわからなくなるうえ、生殺与奪が行商人次第」になるケースだ。
さすがにユージも疑いの目をケビンに向ける。
「ユージさん……。住人証明、持ってませんよね? 村では税を払っている村人が村長に言えば、街では税を払っている住人が行政府に言えばもらえるもので、街に出入りするには絶対に必要な物なんです。アリスちゃんは確認するのに時間はかかると思いますが、いま行っても中に入れると思います。アンフォレ村にいたことは私も証言できますし、髪の色や瞳の色も台帳にあるはずで、両親や兄妹の名前も言えるでしょうから。もちろん街の場所をいまここで教えてもいいんですが、ユージさんはすぐ正面から入る、というのは難しいと思いますよ。門で稀人であることを明かせば、時間がかかっても入れると思いますが……」
ガクッと肩を落とすユージ。
どうやら、今のところどの程度かわからないが戸籍のようなものがあり、街の出入りや税の管理に使用しているらしい。
「入れないんですか……街……せっかく異世界なのに……ファンタジーはどこに……ケモミミ、ドワーフ、エルフ……」
肩を落とし、うつむいたまま小声でブツブツと呟くユージ。相当ショックを受けているようだ。
「ユージさん。二人、稀人のユージさんがいることを話してもいいですか? 了承していただければ、私は街に戻ったらすぐに王都に行くつもりです。その後、私が修行していた大店の会頭にユージさんのことを伝えます。会頭のツテを使い、内容は秘密にしてもらった上で、プルミエの街の領主か代官に紹介状を書いてもらいます。それからプルミエの街で、領主か代官にユージさんのことを話し、住人証明をもらう。稀人の存在は街の発展に繋がる可能性が高いですし、おそらく許可は出ると思うんですが……」
ユージを励ますように言い募るケビン。
ユージはまだ立ち直れてはいないようだが、話の内容は理解していたようだ。
「ちょっとそれはいま結論出せないです……権力がある人に知られるわけですよね? いまは秘密にしていただいて、次に来てもらった時にお答えする、でもいいですか?」
「ええ、まあ私はかまいませんが……それでは。私はアリスちゃんの家族を捜し、見つけたら保護する。また、ユージさんとアリスちゃんとコタローさんが安全で快適な生活を送れるよう、物資を提供する。それから、ユージさんたちとこの家の存在は秘密にする。すでに知っている冒険者三人組については、私の方で秘密を守らせるよう対応する。ユージさんが街に入れるように住人証明を取るかどうかは、私が次にここに来るまで保留。あ、街の場所はあとでいちおう説明しますね。わからないのは不安でしょうから。そして私が次に来たとき、いくつか提案してユージさんから知識をもらう。もらった知識は私が思いついたこととして物であれば作成して、完成ししだい利益の分配についてお話しする。合意いただければ契約を交わす。こんなところでしょうか?」
「お、おお……。まとめていただいてありがとうございます。私が話し漏れた利益の分配や契約についても考えてもらって……。ええ、次に来るのはいつ頃になりますか?」
「そうですね……。私が持っていた行商ルートをすぐに引き継いでしまいたいので、ここに来るのはだいたい夏がはじまる頃、でしょうか。よろしいですか?」
「ええ、わかりました。それでは、これからよろしくお願いします」
門の上からケビンに向かって右手を伸ばすユージ。
「こちらこそ、よろしくお願いします。ちなみにこの握手という風習は、先ほどお話しした稀人が興したという国からはじまったらしいですよ」
ユージの手を握り、ニコニコとご満悦の笑顔で豆知識を披露するケビン。おお、そうなんですか、と驚きを見せるユージに気をよくしたのか、さらにケビンは豆知識を語る。
その初代建国王は、誰彼かまわず美しければ後宮に引き込んだ、ハーレム王としての方が有名なんですよ、と。
ニヤッとしながら、ユージさんも目指すんですか? とでも言いたげな目で見つめるケビン。
同胞が為したことかもしれないと思い、微妙な顔を浮かべるユージ。
ワオンッ! とコタローが一鳴きし、ユージの足を甘噛みする。そんなのわたしがゆるさないわよ、と言いたいかのようだ。
こうして、第一回目の行商人との交渉は、終わりを告げるのであった。
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