第八話 ユージ、行商人から提案される
「やはり、直接見て確信しました。ユージさん……あなた、別の世界からやってきた
アリスの知り合いである行商人ケビンに問いかけられるユージ。
ユージの左手にある『ユージにもわかる! 行商人との交渉マニュアル』には、この場合はとにかくポーカーフェイスを保ち、肯定も否定もせず話を聞き、掲示板に戻ってくること、とされていた。
「な、なな、なんのことでしょう」
動揺しすぎである。いくら可能性を示されていても、慣れていない者にとって平静を保つ、ポーカーフェイスを貫く、というのは難しいものである。
「すいません、警戒させてしまったようですね……。こんなこと言っても信じられないとは思いますが、ユージさんを害する気はないんです。むしろ、なんとか信頼を勝ち取りたいと考えています」
微笑みを浮かべながら、ケビンが話しはじめる。
「私は店を持っていない行商人ですから、いろんな街や村をまわってきました。これでもけっこう
穏やかな語り口で、ケビンはまさにユージが望んでいた内容を提示する。
ゆーじ、ゆーじと呼びかけるように、コタローが右の前脚でユージの足を叩く。
大きく息を吸い込み、吐き出すユージ。
異世界から来たことがバレている、その動揺がようやく治まったようである。
「どうしてそこまでしてくれるんですか? ケビンさんの狙いは何ですか?」
交渉相手の狙いをストレートに聞くユージ。普通であれば、NGものの行動である。
「ユージさんは素直な方ですね……。簡単に言いますと、私は
「でも、俺はたいしたものは何も持っていませんよ?」
「ユージさん……。まず、ユージさんとアリスちゃんの服。形も色も質も見たことがありません。それから右手に持っている農具? それとも武器ですか? 使っている金属も見覚えがないですね。何でできているんでしょうか。なにより、先ほどからチラチラとご覧になっている左手のもの。おそらく紙ですよね? あとどれぐらいありますか? 作り方は知っていますか? それと先日冒険者に渡した鏡です。あれは私がすべて彼らから買い取るようにしました。到着が今日になったのも、彼らに追加分を渡さないためです。あれは質が高すぎて、ちょっと危険な
最初こそじゃっかん呆れた表情を見せたが、その後のケビンの表情は穏やかだった。まるで子供を諭すかのように、ユージがいま持っていて、価値のある物を挙げていく。
途中でチラリと冒険者たちに目をやり、聞こえないことまで確認している。
ポンコツなユージとは場数が違うのである。
「服、紙、鏡、どれかひとつでも同じ質で作れるようになったら、私はプルミエの街で一番の商人になれますよ。だから私は、ユージさんと商売がしたい。それにですね……」
終始穏やかな表情で話していたケビンだが、ここで口ごもる。
彼の静かな熱意に打たれていたユージが、どうしましたと声をかける。
「惚れた女がいるんです。修行していた大店の会頭の娘なんですけどね。好き合っているとは思うんですが『店も構えてない半端者に娘はやれん』と会頭に言われてるんですよ。だから、これは私にとって大きなチャンスなんです」
照れた様子で話すケビンに、ユージがおお、と変な相づちを打つ。
コタローは、まるで恋物語に憧れる乙女のように、うっとりした目をしている。乙女なのだ。犬だけど。
「ユージさんにとって、悪い話にはしないつもりです。ですから今日一日考えていただいて、明日は朝からゆっくりお話ししましょう。私としては、ユージさんと商売がしたい。こちらが提供できるのは、情報と商品です。開拓村や街をまわる行商をしていますから、食糧、農作物、種や苗、家財道具、農具、開拓用の斧や鋤、服、薬、品揃えは幅広いですよ。欲しいものは、ユージさんが持っている知識です。その服や紙、鏡でもなんでも、作り方を教えていただきたい」
熱意を持って語りかけるケビンに気圧されるユージ。
だがこの場で答えを返すことなく、わかりました、明日お話ししましょうと言い残し、家へと戻っていく。
明確な返答をせず、授かったマニュアル通り保留のまま明日まで引き延ばすことができた。
以前のポンコツぶりを考えたら、成長ではあるのだろう。
まあユージのファインプレーというより、ケビンが提案した通りなだけだが。
まあできたほうじゃないかしら、と時おりコタローがユージにじゃれつきながら、一人と一匹は家の中へと帰っていくのであった。
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