第十二話 ユージ、イノシシを狩る
「じゃあアリス、行ってくるから。お昼には帰るから、いい子でお留守番してるんだよー」
「はーい、いってらっしゃいユージ兄!」
明け方に起床し、朝食と日課のラジオ体操を済ませたユージはコタローを連れて外に出る。
雪が降る前に、少しでも食糧の確保と川がある西方面の探索を進めるためだ。
とはいえアリス一人で留守番させるのは心配なもの。そこでユージは午前だけの探索にとどめる予定だ。
「ふんふんふーん。お、これはおいしいドングリ! こっちにはベリーの実もある! 大量だなー」
がさがさと落ち葉を踏みしめながら西への採取行を進めるユージとコタロー。右手には鉈を持ち、道を造るつもりでいつもより広めのイメージで枝をはらっている。
「ゆきふりむしがきてから二日か三日で雪が降るって言ってたからなー。確かに今日から急に寒くなったし。寒いのは大丈夫か、コタロー?」
けがわがあるからだいじょうぶよ、とばかりにコタローがウォンッとひと吠え。優秀な犬である。
採取は順調で、ドングリやベリーのような果実、食べられる茸でリュックも八分ほどは埋まった。
「よーし、今日はそろそろ帰ろうか、コタロー」
雄二がコタローにそんな声をかけた時である。
右の方から、がさがさと落ち葉を踏みしめる音が聞こえてくる。
警戒態勢に入るユージとコタロー。
だが、人の可能性もある。
ユージはわずかに期待しつつ、それでも右手の鉈はむき出しのまま鞘に納めない。
コタローは歯をむき出し、グルルルッと威嚇の構えである。
そして。
木々の合間、10mほど先にその姿が見える。
体高は80cmほどであろうか。
フゴフゴと鳴きながら鼻面で落ち葉をかきわけ、木の実を食べているようである。
イノシシである。
ほっと息を抜くユージ。謎生物ではなく、それほど大きくもないため緊張が解けたようだ。
視線を切らないようゆっくりと後ずさりながら、ユージは逃げようと試みる。
だが、コタローが動かない。
むしろ、距離があいたユージを振り返り、目を合わせてくる。
やるわよ、と雄二に目で訴えてくるコタロー。
マジか、と呟きつつ覚悟を決めるユージ。
速い。
襲撃者に気づいたイノシシが逃げようと体の向きを変えた時にはコタローがイノシシに跳びかかっていた。
正面から行くと見せかけて一度右に跳び、木の幹を足場にイノシシに跳びかかる変則機動である。
首に噛み付き、スピードにのった自分の体をぶつけてイノシシを押し倒すコタロー。
横向きに倒れたイノシシはいまだジタバタと足を動かしているが、ユージが遅れてたどり着いた時にはもうあとはトドメをさすだけ、という状態であった。
「速すぎるよコタロー!」
コタローはちらっとユージを見ただけである。いいからはやくとどめさしなさい、と言っているかのようだ。
ちょっと考えた後、右手の鉈を大きく上に振りかぶるユージ。
横向きに倒れるイノシシのこめかみ目がけ、力いっぱい鉈を振り下ろす。
ガチュッ!
頭蓋骨を叩き割り、脳までしっかり刃が通ったようである。
「やっぱりいけるもんだなー。レベルアップさまさまだな。しかし持って帰るの大変だなーこれ」
ユージは意外と冷静であった。そう、ゴブリンでグロ耐性がついたのだ。人型の生物を殺ったことと比べれば、イノシシは何ということもない。
コタローがイノシシの首から離れるや、血抜きした方がいいのかな、と言いながらノドをかっさばいてみせる。たくましくなったものである。
「アリス、ただいまー」
「ユージ兄、たいへん! 血がいっぱいだよ! ケガしたの? 痛くない?」
玄関から声をかけるユージ。パタパタと走り寄ってきたアリスがイノシシの血にまみれたユージを見て、心配そうに尋ねてくる。
「大丈夫だよ、アリス。これはイノシシの血だから。持って帰ってくるまでにボタボタこぼれた血がついちゃって」
そんなユージの言葉を聞き、アリスがにぱあっと笑顔になる。
「イノシシとったんだ! やったあ! あ! ユージ兄とアリスとコタローしかいないから、おにくだけじゃなくて
「お、おう」
やったーやったーと小さく飛び跳ねるアリス。イノシシを獲ったと聞いてすぐにモツの配分を心配するとか、立派な開拓民である。アリスのたくましさに微妙な表情を浮かべるユージ。
「あー、でもちょっと解体の仕方を調べてからだな。庭の車庫に置いてあるけど、早い方がいいんだろうし」
「え? アリス、イノシシの
何してんだドニおじさん。あの人か、村に住んでたっていう獣人の狩人さんか。幼女になんてことを、とブツブツ呟くユージ。だが、助かるのも事実である。
「すごいなアリス! じゃあお昼ご飯食べて、午後は一緒に解体するか!」
「うん! でもかんぞーはしんせんな方がおいしいから、アリスお昼ご飯はちょっとにするね!」
またも微妙な表情を浮かべるユージであった。
こうして最後に大物を得て、二人と一匹は冬を迎えるのであった。
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