第八話 ユージ、異世界の幼女アリスを義妹にする

「アリス、村の名前と、ここからどっちにあったかわかるかな?」


「んーっとね、村はアンフォレ村って言うの! ここからはわかんない。アリス、どっちに走ったか覚えてないから……」


「うん、ぜんぜん大丈夫だよアリス! 村の名前を覚えてたんだね! アリスはすごいなあ!」


 ときどき落ち込むアリスをなだめながら、ユージは質問を重ねていく。


 ここはどこなのか。人里はどこにあるのか。ユージも不安を抱えていたのである。

 それでも、心に傷を負ったであろう幼女に問いかけず、落ち着くまで待ったのは褒めるべき自制心であろう。

 ワンッ! まあユージが質問しようとするたび、コタローがまだまちなさいよ、と鳴き声で止めていたのだが。


 この森は名前がなく、ただ『大森林』と呼ばれているらしい。そしてアリスが住んでいたアンフォレ村も、街もこの森の中にある・・・・・・・・そうだ。

 人里に行くためには森を抜けないとと思っていたユージには意外なことであった。


「えーっとね、ここはへんきょー・・・・・で、アリスのお父さんとか村のみんなとか、あとりょーしゅさま・・・・・・・ががんばってみんなが住めるようにしたんだって!」


 おそらく『辺境』であろう。ここは大森林で、開拓するために人が入り、村や街ができたのだと理解するユージ。『領主』という気になる言葉もでてきた。


「アリス、りょーしゅさまは貴族・・なのかな? りょーしゅさまがいるってことは、ここは国なの? いちばん偉い人の名前はわかる?」


 幼女相手に容赦なくたたみかけるユージ。

 額にシワをよせアゴに手をあてて、むむむーっと考え込むアリス。


「えっとね、りょーしゅさまはきしさま・・・・なの。くに・・はアリスよくわからないけど、いちばん偉い人はこくおーさま・・・・・だよ! 名前はアリス知らないなあ……知らないからアリスいい子じゃないかなあ……」


「そんなことないよ! りょーしゅさまはきしさまで、一番偉い人はこくおーさまなんだね! アリスは物知りだなあ! 偉いなあ!」


 必死になだめるユージ。だが、物知りだなあという言葉は本心である。ユージがいた日本の六歳児ならともかく、異世界の村に住んでいた六歳児がこれである。識字率や知識レベルはわからないが、うちのアリスは天才なのでは、そう思うユージであった。しっかり情がうつっている。


 おそらくこくおーさま・・・・・・は『国王様』であり、きしさま・・・・は『騎士様』であろう。ということは、ここは王国で貴族制度があり、アリスの村や街は騎士の領土なのではないか、と推測するユージ。


「アリスのいたアンフォレ村から、街まではどれぐらいで行けるの? アンフォレ村や街は大きい目印はあったかな?」


「村から街は、お父さんなら歩いて一日って言ってた! でも、アリスはまだ子どもでたくさん歩けないから、まだ街には行けないねってお父さんとお母さんが言ってたの。村にはおっきい広場があって、ぎょーしょーにんのおじさんが来たらお店ができるんだよ! あとね、秋になったらしゅーかくさいもやるの! まちは、アリス行ったことないからわからないなあ……」


 また落ち込みそうになるアリスを慰めることしばし。


「アンフォレ村や街は、山のそばとか川が近いとか、そういうのは知ってる?」


「アリス知ってるよ! 街にはいるところに橋があって、夜になると橋がなくなって川になっちゃうんだって! 不思議だろーってお父さんが言ってたんだ! それで、街の後ろにも川が流れてるんだって!」


「おおおお! アリス、すごいよ、すごい! 街の近くに川があるんだね! よく知ってたなアリス! やったあ!」


 アリスの両脇に手を入れ、高い高いで持ち上げて喜びを表すユージ。アリスもキャッキャとはしゃぎ、コタローもやったわね! と跳ねまわって嬉しそうである。

 そう、ユージはすでに川を見つけているのだ。家から西に一日ちょっと。そこに、南に向けて川が流れていたのであった。


「あの川は岸辺まで木がすごいし、川の中にどんなファンタジー生物がいるかわからないし、あの時は諦めたけどやっぱり川が正解だったかー。ありがとうアリス! がんばって体力つけて、一緒に街まで行こうな! アリスは物知りで偉いな!」


「ホント? アリスえらい? アリスいい子?」


「おう! アリスは偉くていい子だよ!」


 アリスを下ろし、わっしゃわっしゃと頭をなでるユージ。コタローはぺろぺろとアリスの頬を舐めている。えらいわありす、とコタローなりに褒めているようである。


 だが。


「アリス、いい子にしてたから、お父さんとお母さんとバジル兄とシャルル兄に会えるよね? あのね、アリス、村でいい子にしてたのに、とーぞくが来たんだよ。アリス、いい子じゃなかったのかなって、だから、もっといい子にしなきゃって、ひ、ひと、ひとりでさびしいけど、がんばって、がんばって、いい子にって、おとうさんと、おかあさんと、おにいちゃんと」


 ああ、これが胸が締め付けられるということか、と思いながらユージは嗚咽するアリスをきつく抱きしめる。コタローもぐりぐりとアリスに身体をこすりつけている。


 思えば、おかしかったのだ。家族が襲われ、ひとり見知らぬ他人に保護されて。六才の幼い子がわがままを言わず、家族のことを言わず、笑って、元気に過ごしていることが。


「うん、うん、偉かったね、アリスはいい子だね、がんばったね」


 抱きしめながらユージも一緒に涙を流す。

 それでも、ユージは家族に会えるとは言わなかった。言えなかった。


 しばらくして泣き止んだアリスの肩に手をかけ、目を見つめる。


「アリス、街に行ってもアリスの家族に会えるかはわからない。でもよかったら、俺もアリスの家族にしてくれないかな? 俺をアリスのお兄ちゃんにしてくれないかな?」


「お兄ちゃん? ユージ兄がお兄ちゃんになるの?」


「そう。俺がアリスのお兄ちゃん。バジルお兄ちゃんとシャルルお兄ちゃんより年上かな? 一番上のお兄ちゃん。俺とアリスは家族。どうかな?」


「うん! ユージ兄ならいいよ! アリスのお兄ちゃんが三人になった!」


 家族に会えるなんて、ユージは言えなかった。

 盗賊が村を襲い、一緒に逃げた二人目の兄が囮になるほどぎりぎりだった以上、捕まったのか殺されたのか。無事であることはないだろうと思っていたのである。


 おそらく家族を失い、ひとりぼっちになるだろうアリスと、異世界にひとりぼっちの自分。

 ごまかしでもいい、家族になるんだとユージなりに決意を固めたのである。


 こうして、人里の重要な情報を得るとともに、ユージに義妹ができた。

 そして、二人の兄妹の生活が始まるのである。


ウォンッ!


 そして、二人の兄妹と一匹の犬の生活が始まるのである。

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