第九話 ユージ、生まれて初めて魔法を見る

 ユージとアリスが兄妹となり、たがいの涙もおさまってから。えへへ、とちょっと恥ずかしげに笑顔を見せるアリスをリビングに置いて、ユージは昼食を作るためキッチンに向かうのであった。


 兄妹となったこの日に、とっておきを食べよう。そう決意したユージは、鳥肉を取り出す。

 丁寧に鳥の脂を取り除く。醤油・酒・マヨネーズ・オイスターソース・生姜・ニンニクをレシピ通りに配合したタレを、鳥肉と一緒に袋に入れて漬け込む。


 少々漬け込みたいので、リビングに戻ってアリスと会話を交わす。えへへ、でへへと意味もなく照れ笑いする二人。まあきょうはしょうがないわね、とコタローもお許しモードである。


 30分ほど経ったので、残り少ないサラダ油を温める。鳥肉に片栗粉をまぶす。低温で揚げる。一度取り出し、余熱で火を通す。今度は高温の油へ。


 そう、からあげである。しかも二度揚げスタイルである。調味料、油を惜しげもなく投入した今のユージには贅沢な一品。


 アリスのために平皿に盛られた白いご飯、黄金色に輝くからあげ、副菜はキノコと野草の炒め物に、だしの素を使ったお吸い物。


 ユージは奮発した。最後の晩餐のごとく、貴重な食材や調味料を使った。

 だが仕方あるまい。幼い義妹ができた記念日なのだ。おいしいとアリスが言ってくれたなら、ユージは今日をからあげ記念日とすることもやぶさかではなかった。


 初めて見るからあげを、おそるおそる口に入れるアリス。


 目を見開きながら、笑顔でもぎゅもぎゅしている。


「おいしー! これおいしーよユージ兄! こんなの初めて食べた!」


 からあげ記念日である。


 ちなみに山鳥を使ったのでちょっと固く、先に味見したユージは冷や汗ものであった。




 腹も満ち、ソファでくつろぐ二人と一匹。ユージは質問を再開する。


「そういえば、村にはアリスみたいな人しかいなかったの? エルフとかドワーフとか獣人とか」


 幸せな気分でくつろいでいるのに、盗賊に襲われた村のことを聞くユージ。先ほどまでのファインプレーも帳消しである。もうでりかしーないんだから、とコタローも歯をむきだしておかんむりのようである。


「えっとね、かりゅーど・・・・・のドニおじさんはオオカミのじゅーじん・・・・・さんなんだって。頭の上にね、三角のおみみがあるの! 尻尾もあってね、みんなには内緒だよって触らせてくれたんだあ。あ! ユージ兄も内緒だよ!」


 ぽろっと秘密を言っちゃうアリスはかわいいなあ、と雄二はニンマリ。だが、内容を理解して固まる。


「アリス、獣人、いるの? ひょっとしてエルフも? ドワーフも?」


「うーん、アリスはエルフさんとドワーフさんは見たことないや。でもお母さんがするお話の中に出てきたよ! だからアリスはいると思うなー」


 握りしめた両の拳を天高く突き上げ、ユージは無言でガッツポーズである。きもちわるいなあ、とでも言いたげなコタローの冷たい目も今は気にならないようだ。


「あ、あのさ、じゃあさ、魔法とかもあったりする? 火を出したり、風をおこしたり……」


「え? アリスまほーつかえるよ・・・・・・・・。村の子どもでつかえるのはアリスだけだったから、みんなすごいねえって褒めてくれるんだ!」


「マジかっ! すごい、すごいよアリス!」


 ユージのテンションはうなぎ登りである。コタローもこれには興味があったのか、目を輝かせてアリスを見つめている。


「でもユージ兄もまほーつかってるでしょ? お部屋が明るくなったり、火がついたり、お水もお湯もぱぱぱって」


 電気やコンロ、水道やお風呂などのことである。そういえばちょっと驚いたぐらいで大騒ぎしなかったなあと思い起こすユージ。たしかに、充分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかないとかの巨匠も言っておられた。


「うーん、あれはね、俺じゃなくてこの家にかけられた魔法なんだ。アリスはどんな魔法が使えるの? お庭でちょっと見せてくれない?」


 いーよー、と軽い返事とともにパタパタと庭に駆け出していくアリス。こら、体力戻ってないんだから無理しちゃだめだよ、などとのたまいながら追いかけるユージ。そんなアリスに魔法をリクエストしたのはこの男である。


「じゃあいくよー! まずは火をおこすね! えいっ!」


 ユージとコタローが見守る中、かわいらしいかけ声とともに、アリスの指先に小さな火が揺らめいている。


「こーやって火を出して、お母さんのおてつだいするの! いっつもありがとう、アリスは偉いねって褒めてくれるんだ!」


 そんなアリスの言葉は、ほわあと奇声を発して呆然と火を見つめるユージと、アリスのまわりをぐるぐる駆けるコタローの耳には届いていないようであった……。


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