第2話 片鱗

 とある日曜日の昼下がり、少し早めの昼食を終え、午後の時間を今ハマっているオンラインゲームに充てようと思いリビングを後にする。なけなしのお小遣いを貯めて買ったパソコンのモニターが今朝届いたので、デュアルモニターの組み立てもしよう。これからはゲームをしつつ動画を見たりできるようになるのだ。なんと素晴らしいことか。

 意気揚々と自室に入ると、ベッドの上の毛布が異様に膨らんでいる。中身については大体想像がつくが、いつのまに侵入したんだ…。今朝は珍しくいなかったから久々のフリーだと思っていたのに。

「あ、旦那ぁ。ベッド温めておきましたよ。」

 ドアを開けたまま、呆然と立ち尽くしていると俺の気配に気づいた悠乃が毛布の隙間からひょっこりと顔を出してくる。勝手に部屋に入ったことを怒りたいが、顔もしぐさも普通に可愛いから困る。ずるいぞ。

「ご苦労様だな。じゃあ帰っていいぞ。」

 だが可愛いからといって俺の休日を毎度邪魔されては困る。簡素な返答をしつつ、椅子に座る。少しでも優しくするととんでもないことを言い出すからな。可哀そうだがこのまま冷たくあしらうプランでいこう。

「温まってるか試してほしいからちょっときてくださいよぉ。」

 しかし、お構いなしの悠乃は俺の腕をグイっと引っ張り、ベッドの上に引きずり込んでくる。毛布の中で、悠乃は俺に覆い被さるように密着し、息が鼻にかかるほど顔が近い。

「おい、なにしてんだ。」

「んー?なんだろうね?スキンシップ?」

 人生で何度目、いや何百度目かの貞操の危機である。俺は基本的に結婚するまでそういったことは致さない主義である。今時お堅いと思われるかもしれないが、それで結構。変なリスクは避けたいし、趣味が多いからこれ以上余計な情報など要らないのだ。童貞万歳だ。

 悠乃はそのことを理解しているため、基本的に無理やり襲ってくることはない。だがしかし、俺が一たび理性をなくし悠乃に欲情してしまった場合、際限なく俺を求めるようになるだろう。いやきっとそうなる。なので、そういった意味でも絶対に間違いはあってはならないのだ。

「どいてくれ。モニターの増設しなきゃならないんだ。」

 しかし全然慣れない。めちゃくちゃいい匂いするし、柔らかいし、気が動転しそうだ。声が震えないように気を付け、平静を装う。

「ねぇ幸也。すごい心臓ドキドキしてるよ。かわいいね。興奮しちゃってるんだね。かわいすぎるよ。好き。愛してる。」

 そんな俺を見透かすように悠乃は俺の胸に手を当ててうれしそうに微笑んでいる。まずい。目がうつろになってきている。悠乃は基本的に激重ヤンデレなので、スイッチが入ると手がつけられなくなる。

「幸也の幼馴染でよかった。毎日一緒に居れるもんね。ずーっとこうしていられるもん。私しか知らない顔がたくさん見られる。」

 この状態になると下手に刺激するより、優しくしたほうが良いことが経験からわかっている。落ち着かせて寝かせよう。プラン変更だ。

「そうだな。俺も悠乃みたいなかわいい幼馴染がいてうれしいよ。」

 優しく頭を撫でながらそう言うと、悠乃は目を細めてうれしそうに笑う。よし、このままいけば落とせる。そう思った矢先だった。

「今日の午前中ね、ある人に会ってきたの。」

 悠乃の声音が変わった。頭を撫でる手を止まってしまう。

「園子ちゃん。知ってるよね?」

 悠乃が笑顔で俺を見ているが、目が笑っていない。冷や汗がでてきた。園子ちゃんと言えば、学校で俺の隣の席の女の子である。悠乃は俺が女の子と絡むと嫉妬し、とんでもないことになるのでなるべく絡まないようにしている。しかし、一昨日の授業で園子ちゃんが教科書を忘れたため、一緒に俺の教科書を見るというイベントがあったことを瞬時に思い出す。でもなぜだ。クラスが離れている悠乃が知っているのもおかしいし、それについて指摘するなら金曜の夜か昨日だろ。なんで今日なんだ。てか、午前中いなかったのはそのせいか…。

「幸也は浮気しないからって安心してた。だから、ちゃんと報告してくれると思ってた。一昨日も昨日も待ってたんだよ?なのに一言もくれないから…」

 浮気ってなんだ。しかも、教科書見せただけで浮気っておかしいだろ!理不尽な物言いに不満が出るが、言い返せば死ぬ。

「だから今日の朝、園子ちゃんにちゃんと幸也が私と付き合ってることを伝えようと思って、行ってきたの。だっておかしいでしょ。私の幸也と机くっつけるなんて、おかしいよね?」

「そ、そうだね…」

 おかしいのはあんただよ。と、言いたいのをぐっと堪え相槌を打つ。あぁ、来週から園子ちゃんとどんな顔して会えばいいんだよ。申し訳なさすぎる。日曜の朝にお家突撃とか怖すぎだろこの人。連絡先とかどこで知ったんだよ。天使の皮をかぶった魔物だよ。目のハイライトカムバック!

「たぶん園子ちゃんが悪いんだよね。今朝もずっと誤ってたし。謝るってことは悪いことしたっていう自覚があるんだよね。幸也は騙されただけだもんね。でも、何か言うことあるよね。」

 完全によどみ切った瞳を向ける悠乃様。園子ちゃんも俺もまったく悪くないけど、なんとかこの場を収めないとダブルモニター制作ができないどころか、明日の朝日も拝めないだろう。

「ごめん。同級生に教科書を見せるだけって思ってたけど、こんなに悠乃を傷つけてたなんて。これから気を付けるから許してほしい。」

 なるべく誠意が伝わるようにゆっくりとしゃべる。こんなこと1ミリも思ってないけど仕方ない。

「…うん。幸也くんも被害者だもんね。」

 加害者はお前だけどな。

「園子ちゃんにもわかってもらえたし、今回だけは許してあげるから、次から気を付けてね。さもないと…」

 悠乃の目を見て、俺は小中学生の頃を思い出す。女子のクラスメイトと関わるせいで何度殺されかけたことか。別に悠乃と俺は正式にどっちかが告白して付き合っているわけではない。しかし、生まれた時から俺のルートは悠乃でがっちり固定されている。避けられないのだ。ならせめて平穏に過ごしたい…。

 さて、濁り切った目をしている悠乃を元に戻さないと、今日の残りをすべて無駄にしてしまう。それは避けなければならない。仕方ない…。

「じゃあ悠乃だけを見てるってちゃんと証明するから。」

 俺はそう言うと、覆いかぶさっている悠乃と場所を入れ替えるように押し倒す。悠乃は驚きながらも、期待する目でこちらを見ている。俺は期待に応えるように、優しく、割れ物を触るかのように悠乃の腰や耳を愛撫する。

「ん…。幸也はいつもそうやってごまかすの。」

 悩ましい声を出しながら、悠乃の顔が火照っていくのがわかる。触るたびにピクっと体が震えている。

「じゃあやめていいの?」

「…だめ。」

 ふいっとそっぽを向く悠乃。いつもこんな感じならかわいいのになぁ。

「昔からほんと耳弱いね。食べちゃってもいいよね。」

 悠乃の耳元で囁きながら、パクっと甘噛みすると、悠乃の体は一際大きくビクッと跳ねた。顔は完全にとろけ、最初の状態に戻っている。毒をもって毒を制す作戦は功を奏したようだ。

「あ、あ、ゆっきやぁ。すきぃ。すき。愛してる。愛してるの。」

 足も腕も俺の体に絡みつき、すごい力で抱きしめてくる。こうなればもう大丈夫だ。まぁ、新たな問題も発生するが。

「ゆきやぁ。我慢できないよ。ちゅーして。もっといっぱいさわって。」

「だめだよ。それは大人になってからのお楽しみにしとこう。」

 とんでもないエッチな顔で求めてくる悠乃に対して、俺は山の如き理性で応対する。とんでもないエッチだ。語彙力が消え去るほどエッチ。

「悠乃のことが本当に大事だから。だから、そういうのはちゃんと責任とれるようになってからにしよう。それまでいっぱい焦らしちゃうかもだけど。」

「意地悪…。でも好き。大好き。もっといじめてほしい。初めては全部幸也にあげるからね。だから幸也の初めて全部ほしい。いいよね?」

「いいよ。」

 ふぅ。完璧だ。これでデュアルモニターの制作に取り掛かれるな。

「もし、幸也の初めてが1つでも別の人に奪われたら幸也を殺して私も死ぬから。さっきの言葉や行動がその場しのぎの嘘ってわかった瞬間でもそうする。大好きな幸也に嘘つかれたってわかったら辛くて生きてられないから。幸也はそんなことしないってわかってるけど、浮気した事実は消えないし、疑っちゃうのは仕方ないよね。ね、幸也?」

 …今日は悠乃のために時間を使おう。

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