後日談1 ヴァイスのその後①

<前書き>

小説家になろうの方では更新していたのですが、こちらの方の更新をすっかりと忘れていました。申し訳ありませんでした。


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 アメリアの最後の復讐の舞台となったヴァイスの国王就任の儀の日から数日後、あの日の惨劇を生き延びたヴァイスであったが、それからの彼は自らの寝室に完全に引き籠ってしまっていた。


「アンナ、どうして……」


 そして、ヴァイスは寝室でアンナが身に着けていたブローチを握り締めながら、只々呆然とした表情で彼女の名前を呼び続けていた。

 そう、今の彼は最愛のアンナを失った事で呆然自失になり、アンナを想う以外の事に全くといっていい程、関心を示さなくなってしまっていたのだ。


「アンナ、アンナ……」


 最愛の人の名前を呟きながら彼は考える。一体、何処で間違えてしまったのだ、と。カーンズの甘言に乗ってしまった時か、アメリアに婚約破棄を突きつけた時か、或いはそれ以外か。

 分からない、分からない。全く分からない。


「アンナ、アンナ、アン、ナ……」


 そして、ヴァイスは既にこの世から去ってしまった最愛の女性の名前を只々呟き続ける。


 すると、その時だった。


「陛下、失礼いたします」


 寝室の外から部屋の中にいるヴァイスに向かってそう声を掛けるのはこの王宮で働いている文官の一人だった。


「陛下の決裁が必要となる書類が溜まっております。そろそろ執務だけでも行っていただかないと……」


 そう、国王就任の儀を終えた今の彼は曲がりなりにも国王なのだ。本来ならば、彼には行わなければならない執務が山ほど残っている。

 だが、今のヴァイスはそれらの執務を行わず、寝室に引き籠り続けているのだ。彼がそんな状態のヴァイスに向けて苦言を呈するのも当然だろう。

 しかし、その次の瞬間、ヴァイスから放たれたのは驚きの言葉だった。


「そうか……、ならば全てをお前に任せる……」

「……は? そ、それは一体どういう事でしょうか……?」

「俺の代わりにお前が全ての執務を行え。これは王命だ」


 ヴァイスから放たれた突拍子もないそんな言葉にその文官は困惑を隠せなかった。しかし、この国の最高権力者であるヴァイスからの王命に対して、一文官に過ぎない彼が反論する事など出来る筈も無いだろう。


「……その王命、拝命いたしました」


 ヴァイスの国政へのあまりの無関心さに、内心で呆れ果てながらも、彼はそのままヴァイスの寝室の前から立ち去るのだった。




 そして、ヴァイスが自分の寝室に籠り始めてから一月後、それは起きた。


「国王陛下、緊急事態です!!」

「……なんだ?」

「周辺諸国が連合軍を結成、我が国に対して侵攻を始めました!!」


 彼の寝室の外からそう声を掛けてきたのは先日、ヴァイスに苦言を呈したあの文官であった。

 ヴァイスの国王就任の儀で起きたあの惨劇によってエルクート王国内は嘗てない程の未曾有の混乱の様相を呈している。この国の貴族達の大半が腐敗していたとはいえ、貴族達は国の運営の中核を担っていたのだ。そんな彼等が一斉にこの世からいなくなれば、国が混乱するのも当然であろう。

 そして、この機を好機と見たのか、周辺諸国は連合軍を結成し、エルクート王国への侵攻を始めたである。


「そう、か……」


 しかし、ヴァイスはこの緊急事態にも生返事しか返さなかった。

 先日の件から分かっていた事だが、今のヴァイスは国政に対して全くといっていいほど関心を示さないのだ。


「陛下、我々の今後のご指示を……」

「では、お前に王国軍の全指揮権を与える……」

「…………は?」

「お前が軍を指揮し、その連合軍とやらを撃退しろ」

「……っ、ですが……」

「これは、王命だ……」


ヴァイスの王命という言葉に内心では「またか……」と彼は呆れ果てるが、王命と言われた以上、反論できる筈も無い。


「…………その王命、拝命いたしました。これより、王国軍を指揮し、連合軍の撃退に当たります」


 そして、彼は一度だけ諦めたかのよう溜め息をついた後、ヴァイスの寝室の前から立ち去るのだった。




 それから、ヴァイスから王国軍に関する全権を委任されたその文官はな自らの故国であるこの国をなんとか守るべく、王国軍の統制を図ろうとした。

 しかし、全権を委任された彼は武官ですらなく無く、ただの一文官に過ぎない。実戦経験どころか、軍の指揮や運用に関しての知識やノウハウすらも皆無だ。 幾ら国王の命令とは言え、何の実績も持たない彼が軍の全権を握れば、指揮系統の混乱は必至だろう。

 更に言うなら、それらの類の知識やノウハウを持つ高位の武官たちの殆どは貴族だ。だが、彼らの殆どはあの国王就任の儀の惨劇で殺されてしまっている。生き残っていた者達も自らの領地に引き籠り、自らの職務には一切関わろうとはしなくなっている。

 それら全てが合わさった結果、王国軍の指揮系統は乱れに乱れ、軍の内部は混乱という言葉すら生ぬるい程に酷い有様になっていた。


 一方の連合軍はそんな王国軍の混乱に乗じるかの様に破竹の勢いで連戦連勝を重ね、エルクート王国の領土を次々と手中に収めていく。

 その快進撃の結果、連合軍がエルクート王国への侵攻を開始してから数か月後には、彼等はエルクート王国の王都を包囲するまで至っていた。


 そして、連合軍が王都を包囲してから数日後の事だ。遂に連合軍が王都内へと攻め入り始めたのだ。

 破竹の勢いで進軍を続けてきた連合軍の士気や勢いは凄まじく、彼等は瞬く間に王宮以外の全域を制圧していく。

 そして、彼等が王都全域を制圧してから数時間後、連合軍の兵達はエルクート王国の最後の砦とも言える王都の中心部にある王宮にまで攻め入ろうとしていた。




「陛下、お急ぎください!!」


 一方、連合軍が目前に迫っている王宮内では、今もなお王家への忠誠が強い者の一部がヴァイスを無理矢理に寝室から引きずり出し、王宮内にある緊急用の脱出口から彼を逃がそうとしていた。国王であるヴァイスさえ無事ならば、例えここで王宮を制圧されたとしても再起も可能だろう、彼等はそう考えヴァイスだけでも逃がそうと考えていたのだ。

 しかし、当のヴァイスには生き延びようとする意思が殆ど見られない。それを示すかのように彼の足取りは命の危機が迫っているというのに非常に弱々しく、顔も陰気に染まっている。


「お急ぎください、陛下!!」


 弱々しい足取りで歩みを進めるヴァイスに対して、彼の護衛している近衛の一人が必死にそう叫ぶが、彼は歩む速度を速めようとはしない。

 だからこそか、今のヴァイスの弱々しい足取りでは、この王宮にある脱出口に到着するまでにかかる時間は必然的に増していく。そして、逃げる為に必要な時間が増すという事はどういう結果を招くか、言うまでも無いだろう。

 そして、それからそれが起きたのは数分後の出来事だった。


「見つけたぞ!! こっちだ!!」


 逃げようとしていたヴァイスの姿が王宮内に攻め込んでいた連合軍の兵達に見つかってしまったのだ。


「くっ、もうここまで敵が……。ここは我々が守ります。陛下だけでもお逃げください!!」

「……あ、ああ。分かっ、た……」


 ヴァイスと共に逃げようとしていた近衛達は彼を守る為に殿を務めようとする。彼もその近衛の言葉に従うかのように王宮内に用意された脱出用の通路まで一人で向かう。

 だが、この王宮へと侵入してきた連合軍の兵の数を考えれば、近衛兵たちがどれ程奮闘しようとも多勢に無勢だった。

 結局、彼を逃がそうとした近衛の奮闘も空しく、数の暴力に圧倒されてしまった近衛兵達は全滅し、最終的にはヴァイスの身柄も連合軍に捕えられてしまうのだった。

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