最終話 復讐の果てに
最後の復讐を終えたアメリア、彼女はあの後すぐに今まで使っていた隠れ家へと帰ってきていた。しかし、彼女がその隠れ家の中へと入った次の瞬間だった。
「あっ、あっ……」
アメリアは隠れ家の入口の扉に背中を預けると、そのまま座り込み、涙を零し始めてしまった。
今迄は復讐者という仮面を被る事で何とか気丈に振る舞ってきた。しかし、それももう限界だった。
「あっ、ああああ……」
復讐は終わった。故にもはや復讐者という仮面を被る事も出来ない。だからこそ、今の彼女には自らの手で両親を殺めてしまったという重責に耐える事が出来なくなっていた。
「お父様、お母様……」
アメリアはこの復讐の果てに自分が犯した罪への罰が降る事も覚悟していた。だというのに、アメリアは死ぬことは無く、犠牲になったのはアメリアの両親である二人だった。
そして、その二人を殺めたのは他ならぬアメリア自身だ。その事実から逃げる事は出来ない。
「………………ああ、そういう事だったのですか……」
その時、アメリアは悟った。
これこそが自分が犯し続けた罪への本当の罰なのかもしれないのだと。自分が犯してきた数々の罪、そして、二人を殺めた罪を抱えながら、これからも生き続ける事が、自分に与えられた本当の罰なのかもしれないのだと。
「だけど、これから私は一体どうすれば……」
皮肉な話だ。今迄は復讐こそが彼女の生きる目的だった。だからこそ、復讐を終えた今、彼女には生きる理由というものが全く残されていなかったのだ。
「それに、私にはもう生きる意味なんて……」
アメリアの為に犠牲になった者達は皆、アメリアに生きてほしいと願っていた。それでも、今の彼女にはもう何も残っていない。大切だった人達も、憎むべき相手も、何も、何も残っていない。もう、今のアメリアはこの世界でこれから生き続ける意味を見出す事が出来なくなってしまっていたのだ。
「私はこれからどうすれば……」
そして、アメリアは長い自問自答の果てに一つの答えに至った。
「……死に場所を、探しましょうか……」
生きる意味を失い、ただ生きる屍の様に死を迎えるまで、自らが犯した数々の罪を抱えながらこの世界を彷徨う事など、もう復讐者ですらなくなった今のアメリアには耐えられなかった。
だからこそ、自分の抱えたこの罪を自らの死を以って清算する事をアメリアは決意したのだ。
そして、悲壮な決意と共にアメリアは死に場所を求める最後の旅に出る事にしたのだった。
それからのアメリアは、自らの死に場所を求めて様々な場所を彷徨っていた。彼女は色々な地を巡った。復讐を終えた今、彼女にはそれこそ沢山の時間が残されていたからだ。
そして、各地を放浪した末、アメリアが最後に辿り着いた地、それはアメリアの生家であったユーティス侯爵家が治めていた旧ユーティス侯爵領、その中でも最も栄えているユーティアという街だった。
ここはアメリアが幼少期を過ごした地でもあり、ユーティス侯爵領の中心地でもあった。
ここにはアメリアの復讐対象はいなかった。それ故、今迄この地に来る事は無かったのだ。
「だけど、ある意味ではここが最後に相応しいかもしれませんね」
ここには血塗られた記憶は無い。ここならば、自らの最期に相応しいかもしれない。そう思ったアメリアはここを最後の地にする事を決めた。
そして、アメリアが最期の死に場所として選んだのはこの街が一望できる高い丘の上だった。ここからは、かつて彼女が暮らしていた懐かしい屋敷も見える。その屋敷を見ながらアメリアは小さく笑みを浮かべた。
「ふふっ、ここなら私の最期の地として最も相応しい場所かもしれませんね……」
そう言いながらアメリアはこの復讐の始まりとなったあの古代魔術の数々が記された書物を取り出すと、その最後のページを開いた。
「今こそ、この魔術を使う時、なのでしょう」
そのページに記されていたのは自らの肉体と魂をこの世から完全に抹消する魔術だった。この魔術を使えば、アメリアの魂は欠片も残さず、この世から消滅するだろう。所謂、自殺用の魔術であったのだ。
生まれ変わりという可能性なくこの世から消滅する事が出来るこの魔術は、自らの死を以って、罪の清算をしたいアメリアにとってはとても都合が良かった。
最後にこの丘から一望できる街を記憶の片隅に収めたアメリアはそのままおもむろに目を閉じる。
「…………さて、と。そろそろ逝きましょうか……」
そして、アメリアが魔術を使おうとしたその時だった。
「そこにいるのは、もしかしてアメリア様ですか?」
突然聞こえてきた聞き覚えのあるその声にアメリアは思わずその魔術を使うのを止め、声が聞こえてきた方を向く。すると、そこには数人程の少女の姿があった。
「やっぱり、アメリア様ですよね。お久しぶりです。」
「あなたは確か……」
アメリアはその声を掛けてきた少女に見覚えがあった。
「確か、あなたは、マイ、よね」
「はい、そうです!! 覚えてくれていたんですね」
そう、彼女はアメリアが嘗て行った復讐の時に彼女が救出したマイという名前の少女だった。また、彼女の周りにいる他の少女達も見覚えがある。彼女達もマイと共に助け出した少女達だろう。
「だけど、あなた達はどうしてここに?」
「私達は今、この近くにある小さな村で生活しているんです。今日は村で必要になった物をここまで買いに来たんです。それで、買い物も終わったので、ここで一休みしようって話になったんです」
「そう、なのね。あなた達も無事に生活出来ているのね。よかった」
マイの言葉を聞いたアメリアは彼女達が平和に過ごしている事を知り、安堵のため息をつく。嘗て助け出したその少女達のその後がどうなっているのか、彼女はその事がほんの少しだけ心残りだったのだ。
「あの、アメリア様……」
「どうしたの?」
「こうして再会できたんです。もし、良かったらですが、アメリア様の話も聞かせてくれませんか?」
「私の話を?」
「はい」
「…………」
こうして、この世から去る前に彼女達と再会できたのも何かの縁なのだろう。少し悩んだ末、アメリアは自分の辿って来た血塗られた復讐の旅路を彼女達に話す事にした。
「……そう、ね。まずは、何から話しましょうか」
そして、アメリアは自分が今迄辿ってきたこの復讐の旅路の全てをマイ達に語り始めるのだった。
アメリアが自分の辿ってきた復讐の旅路、その話をマイ達に語り始めてから数時間後、彼女はその全てを語り終えた。
「これが、私の今迄の復讐の旅路。これが私が犯した罪、なの。どう? 楽しい話じゃなかったでしょう?」
それらのあまりの内容にマイ達は言葉が出なかった。
「皆、聞いてくれてありがとうね」
そんな彼女達の様子を見たアメリアはマイ達に向けて優しい笑みを浮かべながら、おもむろに立ち上がった。
マイ達が平和に過ごしていると聞いて、本当の本当に最後の心残りだった事も既に無くなった。自らの復讐の旅路を誰かに来てもらえたことで、気分も多少はスッキリした。この世にもう未練はない。
「じゃあ、そろそろ私は行くわね。皆、さようなら」
そして、アメリアはマイ達に別れの挨拶をしてこの場から、この世から去ろうとする。しかし、そんなアメリアの目を見て、嫌な予感がしたマイ達は思わず立ち上がり、そのままアメリアへと抱き着いた。
「っ、行かないでください!!」
マイ達はそう言いながらアメリアを必死に引き留める。それは、まるでアメリアを何処にも行かせないと言わんばかりの行動だった。
「どう、したの……?」
「アメリア様、あなたはこれから自ら死を選ぶおつもりなんじゃないですか?」
「っ、どうして、その事を……?」
心の内をマイ達に悟られたアメリアは思わず驚愕する。
「だって……。だって、今のあなたの目はあの地獄に耐え切れず、自殺していった私達の昔の仲間達と同じ目をしているんです」
そう、彼女達はアメリアが浮かべていたその目を知っていた。彼女が浮かべていた目はあの地獄に耐え切れず自殺していったマイ達の昔の仲間達が浮かべていた目と酷く似ていたのだ。
だからこそ、マイ達は去ろうとするアメリアを必死に引き留めようとしていたのである。
しかし、アメリアは首を横に振る。
「さっきの話を聞いていたでしょう。私は決して許されない大罪を犯し続けた。だからこそ、復讐を終えた今、私は自らの罪の清算をしなければならないの」
「大丈夫です。世界中の人達が貴女の事を許さなくても、私達だけは貴女の事を許します。だから、死ぬなんて言わないでください」
「……っ」
マイのその言葉にアメリアは思わず息を飲んだ。
「どうして……、どうしてあなた達は……」
「私達は貴女に救われました。だからこそ、今度は私達が貴女の事を救いたいんです」
マイがそう言うと、他の少女達も彼女の言葉に肯定する様に強く頷く。
「だけど、今の私には……」
「生きる目的がない、ですか? だったら……、だったらこれからは私達の為に生きてください。私達は貴女に死んでほしくないんです。貴女に生きていてほしいんです!!」
「……っ!!」
マイのその言葉はアメリアの胸に深く突き刺さった。その願いは今迄彼女を生かす為に犠牲になった者達がアメリアに託した願いと同じものだったから。
「っ、私は、私は……」
こんな罪深い自分にはこの世界で生き続ける資格は無いと思っていた。復讐者という仮面が無くなり、この世界で生きる意味を見失い、自らの死を以って自分の罪を清算しようと思っていた。それでも、彼女達はこんな自分に生きていてほしいというのだ。
全てを無くしたと思っていた。もう、自分には何も残っていないと思っていた。だけどこんな自分にもほんの少しだけ、残されているものがあった。こんな自分であっても生きていてほしいと願う人がいた。
「わ、た、しは……」
それを悟った瞬間、今迄、必死に堪えていた筈のものが胸の内から溢れ出た。
「あっ、あああ……」
自分の事をこれほど大切に思ってくれている誰かがこの世界にはまだ残っている、こんな自分に生きていてほしいと願ってくれる誰かがまだこの世界に残っている、ただそれだけの事が全てを無くした今のアメリアにとってはどんな事にも勝るであろう救いに他ならなかった。
「あっ、あああああああぁぁぁぁぁぁぁ、あああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
それは、アメリアの心の内に秘められていた慟哭に他ならない。彼女はまるで胸の内にある全てを吐き出すかのように只々泣き叫び続ける。
「あああああああああぁぁぁぁぁ、ああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「アメリア、様……」
そして、マイ達は泣き叫ぶアメリアをそっと優しく抱き留めるのだった。
それからのアメリアはマイ達が暮らしているという村に案内され、その村で彼女達と共に毎日を過ごしていた。
お嬢様育ちだったアメリアには村での暮らしは大変な事や慣れない事も多かったが、それでもマイや他の少女達の助けも借りて、徐々にアメリアはこの村での生活に慣れてきていた。
今でも時折、手が血で真っ赤に染まって見える時がある。罪に塗れたこんな自分にはこの世界で生きる資格は無いのではないか、自分の抱えたこの罪の清算をしなくてはならないのではないか、そんな風に考えてしまう時もある。
だけど、こんな自分であっても生きてほしいと願ってくれた人が大勢いた。そして、今でも生きてほしいと願っている人達がいる。
ならば、そう願ってくれる彼女達の為にも最後までこの世界で生きてみよう。
そう思いながら、アメリアはこの村での日々を送っていた。
「アメリアさまー、来てくださーい」
「はいはい、すぐ行くから待ってて!!」
そして、マイに呼ばれたアメリアは幸せな笑顔を浮かべながら、彼女達の元へと向かっていくのだった。
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