133 カーンズの暴走
「やれっ!!」
ヴァイスのその言葉で彼女の周りにあった断罪の剣は勢い良くアメリア目掛けて放たれた。
その剣の勢いで砂煙が舞い、彼等の視界が阻まれる。しかし、ヴァイスは確信していた。これでアメリアを仕留められると。
「やったか!?」
そして、ヴァイスがそんな言葉を発した、その次の瞬間だった。砂煙が晴れると、そこには傷一つ無いアメリアと彼女が展開した防御壁に動きを阻まれた断罪の剣があったのだ。
また、その直後、アメリアを拘束していた鎖と彼女の目の前にあった断罪の剣にはパキパキパキッ、という音と共に縦に大きく罅が入ったかと思うと、その次の瞬間にはそれらは音を立てながら消滅していった。
「あ、ああ……」
しかし、無事にこの絶体絶命の状況から生き延びた筈のアメリアの表情は悲壮一色に染まっていた。
「お父、様……、お母、様……」
そう、アメリアは選んだ。選んでしまった。自らの手で両親の魂を殺め、自分だけが生き残るという道を。
その証拠といわんばかりに、アメリアのすぐ傍にいる彼等の体からは淡い光を放つ小さな粒子が天へと昇っていく。それは、彼等の魂、その欠片だ。また、同時に二人の体もサラサラという音と共に少しずつ塵の様な物へと変わっていく。それは、まるで魂という中身が無くなった事で、器たる肉体も必要ないと言わんばかりの光景だった。
そして、それから数十秒後には、魂の欠片達は全て天へと消え、肉体もその全てが塵と化し、二人がいた痕跡はこの場から全て消え去っていた。
「私は、私は……」
また、だ。また、自分だけ生き残ってしまった。皆が自分を生かす為に犠牲になる。そして、周りの人達を犠牲にしながら、自分だけは犠牲になる者達から『生きてほしい』という願いを託され、何故か生き残ってしまう。これでは、まるで呪いの様だ。
彼女が帰りたかったあの日々、最後に残っていたその残滓すらもう本当に無くなってしまった。そして、その最後の残滓を砕いたのは彼女自身だ。
あそこで三人共死ぬのであれば、唯一生き残る方法が残っているアメリアだけが生き残った方が良い。そして、それは確かに二人の願いだったのだろう。彼女は二人の想いを無駄には出来なかったのだ。
だが、どれだけ言い訳をしようともアメリアが自らの手で二人を殺めた事に変わりはない。彼女は犯してしまったその罪から逃げるつもりは無かった。
そして、アメリアは俯きながら、自分を生かす為に自ら犠牲になる事を選んだ両親を想い、静かに祈りを捧げる。
一方、貴賓席に居たヴァイスは無事に生き延びたアメリアの姿を見て激しく狼狽していた。
「カーンズ、一体どうなっている!? 何故、あの女は生きているのだ!? あれで確実にあの女を仕留められると言ったのはお前だろう!?」
そう、当初の話ではこれでアメリアを仕留められると聞かされていたのだ。だが、当のアメリアは死んではおらず、それどころかその体には傷一つ無い。彼が狼狽するのも当然だろう。
しかし、その直後の事だった。
「ふっ、はははははははは、あはははははははははは!!!!」
突如として、彼の隣に居たカーンズがまるで悦に浸ったように高笑いを始めたのだ。当然、ヴァイスはそんな彼の様子に困惑を隠せなくなる。
「なにを……、なにを笑っているんだ!?」
「あの局面を凌ぎきるとは……。やはり素晴らしい!!」
「おい、聞いているのか!!」
「うるさいぞ!! 黙っていろ!!」
「なっ……」
まさか、そんな返事が返ってくるとは思わなかったのだろう。ヴァイスは一瞬だけ唖然とした表情を浮かべるが、その直後には表情が怒り一色に染まる。
「こっ、のっ!!」
そして、彼は怒りから思わずカーンズの胸元を掴み上げた。
「邪魔だ!!」
だが、彼はその萎びた様な体からは想像もできない力を以って、ヴァイスを無理矢理払いのける。
「静かにしていろ!!」
そして、彼がそのまま勢い良く杖を地面に一突きした次の瞬間だった。ヴァイスとアンナの足元に先程までアメリアを捕えていた物と酷似した鎖が現れ、二人をこの場から動けなくするように拘束してしまったのだ。
「きゃっ!!」
「なっ、なんだ!?」
その突然の出来事にヴァイス達は驚愕するが、この鎖の出所がカーンズだという事は分かったのだろう。彼はカーンズを睨みつけながら、声を荒げた。
「くっ、カーンズ、すぐにこの鎖を外せ!!」
しかし、彼はヴァイスの怒りなど気にした様子もなく、平然と彼の怒りを受け流す。
そして、カーンズはヴァイス達に興味を失った様に視線を逸らすと、彼は獲物であるアメリアへと視線を向けた。
「さて、ここからは第二ラウンドだ」
カーンズはそう呟くと口元を歪め、杖を横薙ぎに振う。
すると、その次の瞬間の事だった。なんと、観客席に居た貴族達の内の数人の体が歪に膨れ上がったのだ。
そして、それから数秒もすると、その貴族達は鋭い爪と牙を持つ醜い人型の怪物へと変貌を遂げていた。
「なっ、なんだ!?」
「きゃあああああああああああああああああ!!!!」
その怪物へと変わった貴族の周りにいた者達は突然起きたその理解しがたい出来事に声を荒げる、当のカーンズはそんな事など気にしない。
「さぁ、行け!!」
「GAAAAAAAAAAAAAA!!!!」
そして、怪物達はカーンズの命令に従う様に一斉に叫び声を上げながら駆け出し、アメリアへと襲い掛かっていく。
「…………」
だが、アメリアもその怪物の気配に気づいたのだろう。彼女は俯き、目を瞑りながらも無言で手をサッと横に振う。すると、その怪物達はアメリアの元へと辿り着く直前で一瞬にしてこの世から消滅してしまった。
「はっ、はははははははは!!!!」
しかし、カーンズもそんな事は予想していたのだろう。高笑いを隠す事無く、次なる手駒を呼び出すべく、再び杖を振るう。
一方、観客席に居た貴族達は混乱の極致へと陥っていた。
だが、それも当然だろう。自分の周りにいた顔見知り達が突如として醜い怪物に変貌したのだから。
「ひぃぃぃ!! 逃げろ、逃げるんだ!!」
自分はあんな風に化け物になりたくない。そんな思いで全員が観客席から必死に駆けだし、この闘技場から逃げようとする。だが、そう簡単にここから逃げる事が出来る訳もない。
「でっ、出られないぞ!! どうなっている!?」
そう、この闘技場にはカーンズによって誰もここから出る事が出来ない様に結界が張られている。それはこの場にいる貴族達も例外では無かったのだ。
「出せっ!! ここから出せっ!!」
「いやっ、いやよっ、わたくしはあんな醜い怪物にはなりたくないわ!!」
「わっ、私はこんな所で死ぬ人間ではっ!!」
貴族達は悲鳴を上げながら、何とかこの闘技場から脱出しようとするが、カーンズが張った結界がある以上、彼等がこの場から逃げる事は叶わない。
そして、そんな狂乱が広がる最中でもカーンズは杖を振るう事を止めることは無い。何度も何度も杖を振るい、貴族達を一人、また一人と怪物へと変えていく。
「さぁ、次だ!! 贄は存分にあるぞ!!」
「おいっ、何をしている!! やめろっ、やめろっ!!」
自分の臣下である貴族達が次々と醜い怪物へと変わっていくこの異様な光景にヴァイスは声を荒げるが、そんなものでは今のカーンズは止まらない。そして、鎖で縛られたヴァイスにカーンズを止める事が出来る筈も無い。
カーンズはまるで狂ったかの様に、次々と逃げ惑う貴族達を怪物へと変え、アメリアを襲わせる。
だが、アメリアもそれを放置しておくほど甘くは無い。彼女は無言ながら、ありとあらゆる方法で自分へと向かってくる怪物達を次々と消滅させていく。ある怪物はこの世のモノとは思えぬ炎に全身を焼かれ、またある怪物は一瞬にして氷の彫刻へと変わってしまった。
しかし、自分の手駒である筈の怪物が次々と消滅しているというのに、当のカーンズは焦るどころか、アメリアの更なる力を目にした事で益々興奮していく。
「もっと、もっとだ!! お前の力を私に見せてみよ!!」
「嫌だっ、いやだああああああああああああああああああ!!!!」
「GAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!」
「あはははは、はははははははは!!!!」
そして、貴族達の恐怖の叫び声とカーンズの狂喜の声、怪物が上げる叫び声だけがこの闘技場に響き渡るのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます