132 二人の想い
「っ、お父様、お母様、どう、して……」
アメリアが後ろを振り向くと、そこにはアメリアの両親であったディーンとユリアーナの姿があった。
「お父、様? お母、様?」
だが、改めて自分の後ろに現れた両親を目にしたアメリアはその異様な姿に困惑を隠せなくなった。彼等からは全くといっていい程、生気を感じない。彼等はまるで死人を思わせる様な暗く重い雰囲気を纏っていたのだ。
また、もう一つ異様なのはその目だろう。普通の人間ならばある筈の生者特有の目の光、彼等にはそれが一切宿っていなかったである。
だが、それも当然だろう。突然の出来事故にアメリアはその事を忘却してしまっているが、彼等は既に死んでいるのだ。
また、アメリアの意識は完全にディーンとユリアーナの二人に向けられている。今の彼女は傍から見れば隙だらけだ。そして、その隙はこの場においては致命的だった。カーンズもそんな隙を見逃すほど甘くは無い。
「もらったぞ!!」
「っ、しまっ!?」
すると、次の瞬間、二人の影が不自然に大きくなったかと思うと、その影は地面を這いながら、アメリアの体へと伸びていく。やがて、その影がアメリアの体まで到達すると、次にその影はまるで地面に根を張る植物の様に彼女の体の至る所まで伸びていった。
だが、カーンズの手はそこで終わらない。彼が再び杖を地面に一突きすると、その直後、まるでアメリアを取り囲むかのように無数の魔法陣が円を描く様に出現したのだ。
そして、その魔法陣の中央から光り輝く鎖の様な物が現れたかと思うと、それは次々とアメリア目掛けて放たれ、彼女の全身を縛りつくしていく。
「くっ……」
咄嗟に反応した事で鎖による両手の拘束だけは回避する事が出来たが、彼女に出来たのはそこまでだった。アメリアの両足や胴部にはまるで彼女をこの場に拘束するかの様に何重もの鎖が巻き付けられていた。
「っ、ぐっ……」
辛うじて鎖で縛られていない両手だけは自由に動かす事が出来るが、それだけだ。こんな状態ではこの場から動く事もままならないだろう。
しかし、今のアメリアにはそんな事はどうでもよかった。彼女にとって今、最も重要なのは自分の目の前にいる父と母の二人の事だ。
アメリアはここにいる二人はヴァイスが用意した偽物の類ではないかと疑ったのだが、二人の体にはちゃんとした魂が宿っている。しかも、血縁者故だろうか、アメリアは本能的にその魂が自らの父と母のものであるという事を理解していた。
アメリアもこの復讐を始める前、この力があれば両親を蘇らせる事が出来るのではないか、と考えた。しかし、二人の遺体の処分を担当した者達の記憶を覗いた結果、二人の遺体は既に火葬され、灰も散り散りに撒かれたという事だけが分かったのだ。そうなってしまえば流石に今のアメリアであっても、そんな状態からの蘇生は不可能だ。もし、蘇らせようと思うならば世界中に散らばった灰を全て集めなければならない。だが、そんな事はどれだけの時間を費やそうとも出来る訳がない。だからこそ、彼女は両親の蘇生を諦めたのである。
「だというのに、どうして……」
だが、困惑するアメリアに対してヴァイスは満足げな笑みを浮かべる。
「ははっ、突然の再会に驚いている様だな。こんな事もあろうかと、そこにある二人の遺体は処分せずに保管していたのだ」
「なっ……」
ヴァイスはそう言っているが、実際は彼自身も二人の遺体は既に処分された物だと思っていた。だが、実験用の死体を欲していたカーンズが二人の遺体を偽物とすり替え、本物の遺体を自身の手元に保管していたのである。
そして、彼はそんな二人の遺体に細工を施し、アメリアの隙を作り出す為だけに使用したのだ。
「さぁ、ネタバラシも終わった。カーンズ、仕上げだ」
「はっ、『現れよ、断罪の剣』!!」
そして、カーンズが呪文を唱えたその直後、彼女の周り四方八方に無数の漆黒の刀身を持った剣が現れた。
「っ、あれ、は……」
自分の周りに現れたその漆黒の剣を目にしたアメリアは思わず息を飲む。何故なら、その漆黒の剣に込められているであろう力は今の彼女をも殺めうる力を秘めていたからだ。
これが、彼等が用意していた対アメリア用の奥の手なのだろう。あの漆黒の剣には魂を壊す力が宿っている事を彼女は一目で悟った。
もし、何の対策も無しにあの剣が体に直接突き刺されれば、その体に宿る魂は粉々に砕け散ってしまうだろう。そして、魂が壊れてしまえば今のアメリアであっても元通りに蘇る事など不可能だ。
「……っ」
この力を得てから初めて覚えた危機感に、アメリアは鎖で縛られながらも慌てて自分の周りに防御の結界を展開する。
だが、アメリアが展開した筈の結界は、その次の瞬間、まるで結界など最初から無かったかの様に形を失い消滅していったのだ。
「っ、どう、して……?」
自分が展開した筈の結界が次の瞬間には消滅した事でアメリアは困惑の表情を浮かべる。しかし、その直後、アメリアは自分の身に何が起きたのかを悟った。
「なるほど、この影、ですか……」
そう、全ては彼女の体を覆うこの影が原因だった。この影にはアメリアが使う魔術を大幅に制限する効果が付与されていたのだ。それ故に彼女が展開したあの結界もすぐに消滅してしまったのである。
十全の力を振るうことが出来るならば、あの剣を防ぐ事も難しくはないが、こんな状態の今ではあの剣の力を防ぐ事は出来ないだろう。
「さぁ、全ての準備は整った。まずは、お前の全ての罪を明らかにしよう」
そして、ヴァイスはまるで処刑の執行人の様にアメリアの罪状を延々と読み上げていく。彼等がその気になれば今すぐにでもアメリアを殺す事が出来る。だが、それをしないのは自分達が用意した策が完璧に嵌った事から来る慢心なのだろう。
一方、鎖で縛られ殆ど身動きが取れないアメリアは苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべるしかなかった。
「やられ、ましたね……」
悔しいがヴァイス達が用意していたこの一手はアメリアの想像の上を行っていた。普段のアメリアならばあんな風に無防備な状態を晒す事など決して無かっただろう。だが、彼女にとっては悪辣としか言い様の無い、こんな手を用意されてはどうしようもなかった。
「ふふっ、ここで、終わり、ですか……」
油断していた訳では無い。慢心していた訳でも無い。それでも、アメリアは自分の復讐がこんな形で終わりを迎えるとは想像すらしていなかった。ここまで完璧に嵌められては抵抗は不可能だ。今のアメリアの力ではこの影や自分を縛るこの鎖を無理矢理破壊するのは不可能だろう。
アメリアも自らが行ってきた復讐への罰がいずれ降る事は覚悟していた。そして、この復讐の最終幕にてこうして死が目前に迫っている。つまり、今この時、この瞬間こそが彼女が犯し続けた復讐という罪への罰が下される時なのかもしれない。
あの男、カーンズが呼び出した『断罪の剣』、まさにアメリアの罪を断ずるに相応しい名だ。
犯した罪への罰というものはえてして本人の予想しえない所から襲ってくるのだという。今迄、彼女が殺めてきた復讐対象と同様だ。彼等もまさかアメリアが力を手に入れ、自分達に復讐しに来るなど予想していなかっただろう。そして、今度はその立場が逆転したに過ぎない。
そうと分かっていながらも、やがて訪れるであろう未来を受け入れようとはせず、無様に足掻く趣味などアメリアは持ち合わせてはいなかった。
「ですが、こんな終わりでも……」
こんな終わりでも良いかも無いかもしれない。死んだと思っていた筈の両親とこういう形であっても再会する事が出来、こうして三人で最期を迎える事が出来るなら、こんな結末であっても悪くないかもしれない。
「まぁ、復讐を完遂出来なかった事だけが唯一の心残りですが……」
そして、アメリアはクスリと自嘲の笑みを浮かべ、やがて訪れるであろう自らの死に身を委ねようとした。
だが、その次の瞬間だった。
「……え?」
彼女の両手に何かが触れたのだ。アメリアが慌てて視線を下に降ろすと、そこには自分の手を片方ずつ優しく握るディーンとユリアーナの姿があった。
また、先程とは違い、二人の目にはほんの少しだけ光が宿っている。その光は生者のものとは比べ物にならない程に弱いが、それでも確かに光が戻っていた。
彼等を動かしているのは、その体に僅かばかり残った残留思念だろう。眠っている筈のそれらの思念が自分達の娘であるアメリアとの接触で呼び起こされたのかもしれない。
「お父様っ、お母様っ」
すると、二人はアメリアの必死の呼びかけに反応したのか、手をピクリと振るわせた後、弱々しい手付きながらも、掴んだ彼女の両手をそっと自らの胸の部分まで持っていく。
そして、彼女の手の指先が二人の胸に触れたその瞬間、アメリアは思わず息を飲んだ。
「これ、は……」
指先から伝わってくる。ここに自分の魔術を封じているこの影の術の核がある。
術の核となっている場所さえ分かれば、こんな状態のアメリアであってもこの術を破壊できるだろう。
そして、この影さえなくなればアメリアは己が力を十全に発揮する事が出来る。そうなれば、あの剣を防ぐ事も出来る筈だ。
「だけ、ど……」
だが、同時にアメリアはもう一つ最悪の事を悟ってしまった。
この術は二人の魂を糧として行使されているのだ。アメリアの近親者の魂を利用しているからこそ、この術はここまでの効力を発揮しているのだろう。
だが、もし、この術の核を壊せば、その術と直接繋がっている魂も連座で壊れてしまう。
(それだけは、それだけは絶対に出来ない……)
今のアメリアは魂を壊すという事がどれ程の意味を持つかを知ってしまっている。魂が壊れるという事は来世という僅かばかりの希望も無いという事だ。魂が壊れれば、今のアメリアであっても復元する事は出来ない。つまり、魂の破壊とは何の希望もない永遠の別れを意味しているのである。
だが、ここで何もしなければ、アメリアは両親と共倒れだ。あの剣が放たれれば、アメリアだけでは無く、彼女の傍にいる二人も巻き添えになるのは間違いない。
どの道、三人共死ぬのであれば、術の核を壊して即座にあの剣を防ぐ為の手段を行使するのが正解なのだろう。
だが、それは自分だけが生き残る為に両親である二人の魂を自らの手で殺める、という彼女にとっては最悪の選択肢に他ならない。アメリアにはそんな選択肢を選ぶ事など到底できなかった。
「私は……、私には……」
自分が生き残る為の正解はこれしかない。そんな事はアメリアにも分かっている。今迄、数多の者達をその手に掛けてきた。彼女の中には既に誰かを殺める事に対する忌避感などは無い。
それでも、こんな残酷すぎる選択、アメリアに出来る筈もないだろう。
「わ、たしは……」
すると、その直後の事だ。アメリアの頭の上に父と母の手が優しく添えられたのだ。
「お、とう、さま……? お、かあ、さま……?」
アメリアが二人の顔を見つめると、彼等はアメリアに向けて優しい微笑みを浮かべていた。それは、まるで、せめて貴女だけでも生きなさい、と言っている様だった。
「よって、この女に対し、処刑を執り行う!!」
そして、貴賓席にいるヴァイスはアメリアの罪状を読み終え、彼女の処刑執行の宣言と共におもむろに右手を天高く突き上げた。
もう、迷っている時間は無い。ここで何もしなければ、三人共死んでしまう。ヴァイスの手が振り下された時が最後だろう。
「それでもっ、私はっ……、私はっ!! ああああああああああああああっっっっ!!!!」
「やれっ!!」
そして、その次の瞬間、ヴァイスの手は振り下され、アメリアの周りにあった断罪の剣は彼女目掛けて放たれるのだった。
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