131 最後の舞台と歪な再会
ヴァイスの招待に応じ、エルクート王国の王宮までやってきたアメリア。彼女はあの招待状に記されていた謁見の間へと通じる扉の前に立つと、意を決し、その扉を開け放った。
だが、その直後、彼女は目の前に広がったその光景に思わず困惑を隠せなくなった。
「……えっ?」
あまりの困惑から彼女は思わず呆然とした様な言葉を口から漏らす。しかし、その反応も当然だ。謁見の間へと通じている筈の扉を開けた先には、今迄に何度も見てきた筈のあの謁見の間では無く、漆黒の空間が広がっていたのだ。
「一体、なにがどうなって……?」
この扉の先が何処へと通じているか、この漆黒の空間が一体何なのか、それは分からない。唯一分かるのは、これがヴァイスの用意している仕掛けの一つだろうという事だけだ。
虎穴に入らずんば虎子を得ず、そんな言葉がアメリアの脳裏に過った。この先には、彼が用意しているであろう罠が待ち受けているのだろう。
だからといって、ここで引くという選択肢はあり得ない。ここで引くようならば、アメリアは態々ここまで出向いたりはしない。
また、目の前に広がる漆黒の空間の先にはほんの小さな一筋の光が見えた。あの光の下まで行けば何かわかるかもしれない。
「……行くしかないのでしょうね」
そして、意を決したアメリアは扉の先に足を踏み出し、その漆黒の空間を進んで行く。
また、その空間を進むにつれて、奥にある光は段々と大きくなっていく。その光景から、恐らくここは洞窟か何かで、あの光の先には出口の類があるのだろう、とアメリアは考え、罠を警戒しながらも確実にこの空間を真っ直ぐに進んで行く。
やがて、その光の下まで到着したアメリアだったが、その次の瞬間の事だった。彼女の目の前には今迄とは全く趣の異なる巨大な円形の空間が現れたのだ。
「っ、ここ、は……」
アメリアは一瞬だけ罠の可能性を疑ったのだが、その気配は無い。故に、彼女は今迄とは全く違う光景に困惑しながらも、アメリアは歩みを止める事は無かった。
そして、その空間の中央辺りにまで到着した時、彼女はここが一体何処なのか、それを悟った。
「ここは、国営の闘技場、ですか……」
そう、ここはエルクート王国の国営闘技場であったのだ。アメリアはここに何度か足を運んだ事があった為、思い出すのもそうは難しくなかった。
だが、アメリアが今いるのは見覚えのある観客席では無く、この闘技場の中央にある大舞台であった。つまり、先程通ってきたあの空間はこの舞台で戦う者達の入場口なのだろう。
また、彼女が上方にある闘技場の観客席を見渡すと、そこには身なりが非常に整った男女が多数見受けられた。その男女の中にはアメリアが見知った者達も大勢いる。間違いない、観客席にいる彼等はこのエルクート王国の貴族達だ。
そして、その観客席の一番上、貴賓席と呼ばれる場所にはこの国の次期国王であるヴァイスとその婚約者であるアンナの姿があった。
「……来たか。待ちわびたぞ」
貴賓席で優雅に座るヴァイスは中央の舞台に現れたアメリアの姿を目にした直後、そう呟き、座っていた座席から勢い良く立ち上がった。
「最後の招待客も無事に到着した。これより、国王就任の儀を始めよう!!」
すると、ヴァイスがそう宣言した直後、鐘の音の様な物が闘技場全体へと響き渡り、それと同時に観客席に居た貴族達は一斉に立ち上がった。
「さて、この場に集まってくれた皆よ。この式典の開幕を以って、この国は新たな一歩を踏み出す事だろう。だが、この式典の開幕の前に行わなければならない事がある!!」
そして、彼はそこで言葉を区切り、視線を中央の舞台にいるアメリアへと向ける。
「それは、あそこにいるその女の処刑だ!! 俺の嘗ての婚約者であったその女が犯した数々の大罪の清算無くして、この国は新たな一歩を踏み出す事などできはしない!! 故に式典の開幕に先んじて、この女の処刑を執り行う事とする!!」
すると、その直後、観客席に居た貴族達はまるで示し合わせたかのように一斉に拍手を始めたのだ。だが、当のアメリアはヴァイスのその宣言に不敵な笑みを返した。
「ふふっ、私の処刑、ですか。ですが貴方如きで今の私をどうにか出来ると思っているのですか?」
「ああ、思っているさ。だからこそ、こうしてお前をここまで招いたのだからな。さぁ、カーンズよ、お前の出番だぞ」
「はっ……」
すると、その直後の事だった。ヴァイスが座っていた座席の後ろから、ローブを深々と身に纏った一人の老人が現れたのだ。その老人、カーンズの姿を見たアメリアは彼が放つ異質、異様な雰囲気に思わず息を飲む。
「あの男は、一体……」
「さて、まずは小手調べと行きましょうか」
カーンズはそう呟きながら、手に持っていた大きな杖の先をアメリアへと向ける。
すると、次の瞬間、その杖の先から黒い球体の様な物が数個ほど出現し、その全てがアメリア目掛けて放たれた。
「甘いですよ」
だが、アメリアはその黒い球体が自分の元へと辿り着く直前、まるで羽虫を払いのけるかのように手を横に振るうと、次の瞬間、彼女の前には防御壁の様な物が現れる。そして、黒い球体は防御壁に触れた途端、その全てが一瞬にして消滅してしまった。
「ふふっ、この程度の魔術で今の私をどうにかできると思っているのですか?」
アメリアはカーンズの攻撃を防いだ事で余裕の笑みを浮かべる。カーンズも防がれる事が分かっていたのだろう。その表情に大きな変化はない。
だが、彼の隣にいるヴァイスは怒りと困惑が混じった表情でカーンズへと詰め寄る。
「おい、話が違うぞ!! 何故、用意したアレを出さない!?」
「なに、今のはちょっとした小手調べみたいなものですよ」
「小手調べだと!? 遊んでいる暇があるなら、早くあの女を捕えるのだ!!」
「分かっております。分かっておりますとも」
だが、アメリアにしてみれば、二人のそんな問答は無防備な隙にしか見えなかった。
「……何を考えているのか分かりませんが、させると思っているのですか?」
そして、今度は自分の番といわんばかりにアメリアは、ヴァイス達のいる貴賓席に手の平を向ける。
「『光の矢よ』、行きなさい」
すると、アメリアが短い呪文を唱えた直後、彼女の手の平から光り輝く白い矢が放たれる。アメリアにしてみれば牽制程度の魔術ではあったが、無防備な人間に直撃すれば一撃で絶命しかねない威力を秘めている。
だが、その放たれた光の矢は観客席に届く直前で、まるで、何かに弾かれたかの様に消えてしまった。直後、アメリアは何が起きたのかを一瞬で悟る。
「……なるほど、結界、ですか」
「そうだ、今のお前相手に何の用意もしていないとでも思っていたのか? お前への対策として、この闘技場には多種多様な結界が張られているのだ!! さぁ、カーンズ、早くアレを出すのだ!!」
「はっ」
そして、ヴァイスの指示に従う様にカーンズが杖を地面に一突きする。しかし、それによって、先程の様に彼から何かしらの攻撃が飛んでくるわけでも無い。アメリアは思わず訝しげな表情を浮かべる。
だが、その直後の事だ。彼女は自分の真後ろから何故だか妙に懐かしい気配を感じたのだ。
「……っ」
その妙に懐かしいその気配に彼女は思わず後ろを振り向く。しかし、その次の瞬間であった。
「……えっ?」
自分の後ろにあったものを目にしたアメリアは我を忘れ、思考する事すらも忘れ、ただ茫然とした表情を浮かべる事しか出来なくなってしまった。
しかし、彼女がそうなるのも当然と言えるだろう。
「っ、お父様、お母様、どう、して……」
そう、何故なら、そこにあったのは死んだはずのアメリアの両親、ディーンとユリアーナの二人の姿だったのだから。
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