130 最後の舞台の直前に③
ヴァイスの国王就任の儀が始まる少し前の事、アメリアはエルクート王国の王都内のある一角にいた。彼女がここまで来た目的は言うまでも無く、ヴァイスからの招待に応じる為である。
「ふふっ、今日の王都は驚く程に大盛況ですね」
アメリアがそう呟くのも当然だろう。ヴァイスの国王就任の儀が行われる為だろうか、今日の王都は嘗てない程の賑わいを見せていたのだ。王都内の至る所で屋台が開かれ、大通りでは大勢の人々で溢れ返っている。
彼女も王立学院に通っていた頃はこの王都で暮らしていたが、それでもここまでの規模の賑わいは一度たりとも見た事が無かった。
だが、そんな賑わいを余所にアメリアは一人、この王都の中心にある王宮への道程を静かに進んでいく。
彼女が今迄辿ってきたこの復讐劇、その旅路は間違いなく今日、ここで終わる事になるだろう。この先で何が待ち受けていようとも。
「それにしても……。この様な立場になるのはとても新鮮な気分ですね」
アメリアが行ってきた今迄の復讐では、その復讐の舞台を作り上げてきたのは常に彼女自身だ。だからこそだろうか、自分が作った舞台に誰かを招待するのではなく、誰かが作った舞台に自分が招待される、というこの状況は彼女にとってはかなり新鮮であった。
しかし、それ故にこの先で何が待ち受けているのか、彼女はそれを知る由もない。
だが、一つだけ分かる事は、この最後の舞台で何が待ち受けていたとしてもアメリアの復讐が止まるはない、という事だけだろう。
そして、王宮の前の門まで到着したアメリアは目の前にある門を眺めると、クスリと小さい笑みを浮かべ、そのままゆっくりとした足取りで王宮の中へと入ろうとする。
しかし、その直後の事だった。
「待て、そこの女!! お前は何者だ!?」
そう叫びながら、アメリアに近づいてきたのは王宮の門の前で警備を担当しているのだと思われる衛兵の一人だった。
「この先は王宮だ!! 無関係の者が入る事は許されないぞ!!」
そして、その衛兵は彼女の傍までやってくると、そのままアメリアの前に立ちはだかり、彼女の行く手を遮った。恐らく、彼は衛兵の中でもかなり仕事熱心な部類に入る者なのだろう。無断で王宮の中に入ろうとするアメリアに対して明らかな敵意を向けている。
だが、アメリアは衛兵のそんな態度にも表情を変える事無く、無言で手に持っていた招待状をその衛兵にそっと手渡した。そして、アメリアに渡された招待状を目にした瞬間、その衛兵は文字通り血の気が引く様な気分を味わう事になった。
「しっ、ししししし失礼しました!!」
まさか、自分が敵意を向けた相手が式典への招待状を持っているとは思わなかったのだろう。
また、この招待状を持っているという事は目の前の女性は国から直々に招待されたという事だ。しかし、そんな人物は限られている。それこそ、貴族やそれに類するであろう高位の立場の人物ぐらいだろう。
彼女に対して、これ以上の無礼な行いをすれば、自分の進退どころか命すら危ういかもしれない。その事を悟った衛兵は焦った様な声色で慌てて自らの無礼を謝罪する。
だが、当のアメリアは気にした様子もない。そんな彼女の様子を見た衛兵は、ほっ、という安堵の溜め息をつき少しだけ落ち着きを取り戻した。
「招待状をお持ちの方だとは思わず、無礼な態度を取ってしまい、誠に申し訳ありませんでした!!」
「それで、もう入ってもよろしいですか?」
「はっ、どうぞお入りください!!」
そして、アメリアはその衛兵に見送られながら、ゆっくりとした足取りで門をくぐり、そのまま王宮の中へと入っていくのだった。
「ふふっ、それにしても、この王宮も何だか懐かしく感じますね」
王宮の中に入った直後、アメリアは思わずそんな言葉を漏らした。彼女が前回来た時から今日に至るまで、日数で言えばそれ程長い期間では無い。しかし、アメリアが今まで送ってきた復讐の日々は、彼女の今迄の人生の中でも群を抜いて濃厚だった。だからこそ、アメリアはそんな風に感じてしまったのだろう。
「それにしても、少し面倒ですね……」
王宮の中ではここで働いているであろう数多の侍女達が忙しく動き回っている。そんな彼女達を見て思わずアメリアはそう呟いた。
先程の衛兵達はアメリアの顔を知らなかった様だが、王宮で働いている侍女の中にはヴァイスの婚約者であったアメリアの顔を知っている者も少なくない。また、今のアメリアは貴族殺しの容疑者として手配されている。もし、知っている者達に見つかれば、面倒な事になるだろう。また、先程の様に見知らぬ誰かに呼び止められる事になるのも少し面倒だ。
目的地に辿り着くまでは出来るだけ面倒な事は避けたいアメリアは指を鳴らし、自分に認識阻害の魔術を掛ける。これで、誰にも気付かれずに目的地にまで辿り着く事が出来るだろう。
「さて、と。行きましょうか」
そう呟いたアメリアはこの王宮の中をゆっくりとした足取りで進み始める。
「この王宮も本当に、本当に懐かしく感じますね……」
そして、彼女がこの王宮を見ながらふと思い出したのは、まだヴァイスの婚約者であったあの頃の事だった。あの頃はヴァイスの婚約者であった為、この王宮には何度も来た事があった。だからこそだろうか、アメリアの頭の中にはかつての思い出が想起していた。
「ふふっ、あの頃の私はこんな残酷な未来が待っているなんて想像もしていませんでしたね……」
この復讐の旅路がついに最後に差し掛かった為だろうか。昔を思い出したアメリアはそんな事を考えてしまう。
もし、あの頃の自分に今の自分を見せたとしても、絶対にこれが未来の自分なのだと信じる事は無いだろう。
今のアメリアにはそれ程までに自分が変わってしまったという自覚があった。
「一体、何処で歯車が狂ってしまったのでしょうね……」
本来であったなら、今日の式典もこうして主賓から招かれる側ではなく、王太子妃、或いは王妃として客人を招く側だった筈だ。だというのに、今の自分は婚約者であったヴァイスに捨てられ、復讐に狂い、あまつさえかつての婚約者であったヴァイスに復讐を果たそうというのだ。
もう、歯車が狂ったとしか表現できないだろう。
だからだろうか、ふと考えてしまう。ヴァイスに婚約の破棄を告げられず、誰にも裏切られる事なく、両親も処刑などされない、誰も不幸にならない幸せな未来を。
「ふふっ、なにを愚かな事を考えているのでしょうか。私は……」
一瞬だけそんな未来を思い描こうとしたアメリアだったが、その直後、愚かにもそんな事を考えてしまった自分に対して嘲笑を浮かべる。
復讐に狂い、大罪を犯し続けた自分には、もしも、などというあり得たかもしれない未来を考える資格すら存在していない。自分には最早復讐というこの血塗られた道を進み続ける事しか許されていないのだ。
そして、王宮を進み続けた彼女が辿り着いた場所、それはこの王宮の最上階にある謁見の間へと通じる大きな扉の前であった。
「ここが、最後の……」
アメリアが受け取ったあのヴァイスからの招待状にはこの謁見の間の名が記されていた。つまり、この先が最後の舞台、アメリアのこの復讐の旅路の終着点なのだ。
「……さぁ、行きましょうか」
そして、扉を前に意を決したアメリアは自身に掛けていた認識阻害の魔術を解き、目の前にあるこの扉を開け放つのだった。
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