129 最後の舞台の直前に②

 これはヴァイスの国王就任の儀が開かれる少し前の事である。


 今日の式典の主役であるヴァイス・エルクート次期国王、彼は一人控室にて国王就任の儀が始まる時を今か今かと待っていた。

 すると、その時だった。彼のいる部屋の扉が突然開き、一人の少女が部屋の中へと入って来たのだ。


「ヴァイス様、お待たせしました」


 そう言いながら部屋に入ってくるのはヴァイスの現婚約者であるアンナであった。

 この場に現れたアンナはウェディングドレスを彷彿とさせる純白のドレスを身に纏っていた。また、彼女の顔には細部に至るまで丁寧な化粧が施されており、その頭にはエルクート王国の国宝の一つにして王妃の証となる数多の宝石が綺麗に彩られた王妃のティアラが乗せられている。


「ヴァイス様、どうですか? 似合っていますか?」


 アンナはその顔に笑みを浮かべながらそう問いかける。だが、当のヴァイスは普段の印象とは全く異なるアンナの姿に思わず言葉を失い、綺麗に着飾ったアンナの姿にただ見惚れていた。


「? ヴァイス様?」

「……っ、あ、ああ、すまない。あまりにも君が綺麗だったから思わず見惚れてしまったんだ」

「本当ですか!? 嬉しいです!!」


 ヴァイスの言葉にアンナは頬を赤らめながら喜んだ。だが、その直後であった。アンナは突然、先程の喜び一色に染まっていた表情とは打って変わって、不安げな表情を浮かべ始めたのだ。当然、アンナのそんな表情の変化にヴァイスは困惑する。


「アンナ、どうしたんだ? 急にそんな不安げな顔をするなんて……」

「ヴァイス様……。私、少し嫌な予感がするんです。今日、何か途轍もなく恐ろしい事が起きるんじゃないかって……」

「大丈夫、大丈夫だ。アンナは今日の式典に緊張しているだけだ。全部、俺に任せてくれればそれでいいんだ」

「そう、ですか……?」

「ああ、そうだ。きっとそうだ。だからアンナは安心して今日の式典に望めばいい」

(そう、ですよね……。あの時に占い師さんに見せて貰った未来だと、今日の式典でヴァイス様と私は正式に国王とその王妃になって幸せに生きていくって……)


 すると、ヴァイスは考え事をしているアンナの傍まで近づいて行くと、不安げな彼女を少しでも安心させる為にその額にそっと軽いキスをする。


「……っ、ヴァイス様……」


 ヴァイスからの予想外の突然のキスにアンナの頬は一瞬にしてリンゴの様に真っ赤に染まった。


「アン、ナ……」

「ヴァイス、様……」


 ヴァイスの額へのキスで良い雰囲気になった二人は互いに相手の事を見つめ合う。やがて、二人は自然と互いに口元を相手の口元へと寄せていく。

 そして、二人が静かにキスを交わそうとしたその時だった。


「おや、これは少し不味い時に来てしまいましたかな?」

「……っ、カーンズか。待ちわびたぞ」


 突如としてこの部屋に現れたカーンズが発したそんな声で二人はよそよそしく距離を取った。

 そして、ヴァイスとアンナはこの何とも言えない空気を少しでも紛らわす為に、慌ててこの部屋に置かれているソファーへと揃って腰掛ける。すると、カーンズもそれに追従し、二人と向かい合う様にソファーへと腰掛けた。


「早速だが、カーンズよ、例の件、準備は整っているのだな?」

「はい、勿論でございます」

「? ヴァイス様、準備ってなんですか?」

「……少し、今日の式典の事で彼に頼んであったことがあるんだ」

「そうなんですね」

「しかし、だ。カーンズよ、本当に大丈夫なのだろうな?」

「ええ、ご安心ください。私の持てる全てを注ぎました故」

「そう、か……」


 カーンズがそう言っている以上、ヴァイスとしては信じざるを得ない。王家にのみ伝えられてきた伝承でヴァイスはこのカーンズという男が何者であるかを知っていた。それ故に、今のアメリアに対処出来るのは目の前にいるこの男以外には誰もいないだろうという事も理解していた。だからこそ、ヴァイスはカーンズの言葉を信じる他ないのだ。


 しかし、これで今回の策に必要な全ての準備は整った事になる。後は、式典の開始とあの招待客が来る時を待つだけだ。

 すると、その時だった。


 ――――コンコン。


「失礼します。ヴァイス殿下、そろそろお時間です」


 そんなノック音と共にこの部屋の扉の向こう側から聞こえてきた声の主は、この部屋の外で警護を担当している衛兵であった。


「そうか、分かった。すぐに行く」

「……では、私めはお二人の晴れ舞台の邪魔にならぬ様に一足早く例の舞台へと向かう事としましょう」


 カーンズはそう言いながら手に持っていた杖を床に一突きし、一足早くこの場から去っていく。

 そして、ヴァイスもソファーからおもむろに立ち上がると、隣に居たアンナに右手をそっと差し出した。


「さぁ、行こうか、アンナ」

「はい!!」


 アンナも満面の笑みを浮かべながら、その差し出された手に自身の左手を添える。そして、二人は揃って、今回の式典のために特別に用意した舞台へと向かうのだった。

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