128 最後の舞台の直前①

「……………………」


 ヴァイスの国王就任の儀が始まる数時間前、カーンズは自身の研究室で、自分が用意した二つの供物を前に己の生涯を振り返っていた。


 カーンズ・アンドレア、彼の生まれは今より遡ること数百年前、それこそエルクート王国が建国された前後の頃であった。

 カーンズはとある平民一家の生まれであった。彼は幼い頃より魔術というものに酷く傾倒しており、彼の両親もその熱意を見抜いていたのか、彼を当時存在していた魔術学院に通わせる事にした。

 運よく彼には魔術の才能が有ったのか、カーンズは魔術学院内で少しずつではあるが頭角を現していく。そして、魔術学院を卒業した後は、専門の魔術機関に所属し、魔術の研究をする日々を送っていた。


 そんな研究の日々を送っていたある日、彼は偶然にも一つの遺跡を見つける事になる。それは、彼の運命を大きく変える出会いであった。

 その遺跡は遥か昔に生きた『ガイン・ファーシス』という古代の魔術師が残した遺跡の一つであった。そして、そこには、彼が残したと思われる古代魔術の英知の数々が残されていたのだ。

 だが、カーンズにとっては酷く不運な事にその遺跡の殆どが遺跡の価値を知らない盗掘者と思われる者達に酷く荒らされており、彼が手に入れる事が出来た古代魔術はそれこそアメリアが手にしたものに比べると、あまりにも断片的で少なかった。

 しかし、そんな断片的にしか残っていない古代魔術であっても、幼い頃より魔術というものに傾倒していたカーンズには十分すぎる程に魅力的だったのだろう。それからの彼は当時所属していた魔術機関から出奔し、古代魔術の研究に傾倒していく事になる。

 だが、一平民の生まれでしかない彼が一個人で古代魔術の研究する為には資金やそれ以外のもの全てが足りなかった。

 しかし、古代魔術は禁術とされており、そんな研究に対しての支援者を表立って探す事は難しかった。


 やがて、世界は次第に戦乱の世に突入していく事になるのだが、そこでカーンズは当時建国されたばかりで小国の一つでしかなかったエルクート王国に目を付けた。

 彼はその当時のエルクート王国の国王に近づき、国の繁栄に力を貸す代わりに自分の事を匿い、己の研究の後援者になってほしい、という取引を持ち掛けたのだ。


 当時、大国に囲まれて存亡の危機に瀕していたエルクート王国にとってもその取引は願っても無いものだっただろう。そして、当時のエルクート王国の国王はカーンズと密約を結ぶ事となったのだ。

 カーンズの持っていた古代魔術の力は圧倒的で、小国でしかなかったエルクート王国は連戦連勝を重ね、戦乱に乗じて一気に世界一といっても過言ではない程の大国へと成長を遂げる事になった。


 やがて、戦乱の世は終わり、エルクート王国が安定期に入ると、彼は俗世との接触を断ち、エルクート王国から秘密裏の支援を受けながら、己の研究に没頭する事になる。

 当然、彼も人間である以上、寿命というものも存在していたのだが、エルクート王国から秘密裏に貰い受けた死刑囚達の魂を糧に行った黒魔術の儀式で何度も何度も延命処置を施した事で、寿命の問題も克服し、何百年という時を己の研究に捧げる事になった。

 だが、流石に何百年という歳月に肉体そのものが耐えられなかったのか、肉体は何時の間にか、まるで老人の様に萎びた体へと変わっていたのだが、自分の研究の事しか頭にないカーンズには関係なかった。




 そして、カーンズが俗世との関わり合いを断ち切り、古代魔術の研究に没頭し始めてから数百年後、彼はその研究成果の一つとしてとある魔術を編み出す事になった。その名を予知魔術と言った。この魔術はその名の通り、対象に未来を予知することが出来るというものだった。

 しかし、この魔術には一つだけ欠点があった。この魔術の精度は対象者の資質に大きく左右される、というものだった。

 簡単に言うならば、この魔術に対して資質がある者はかなり高い精度で未来を知る事が出来たのだが、資質無き者は断片的な未来しか見る事が出来ないという欠点を持っていたのだ。


 そして、幸か不幸か、彼には自分が編み出した筈の予知魔術を使う資質が殆ど無かった。カーンズが自身に予知魔術を使っても手に入れる事が出来る未来の情報は断片的なものでしかなかったのだ。

 当然、その事に彼は落胆するが、その直後には一つの結論を出していた。


「己にこの魔術を扱う資質が無いというのならば、資質のある他人の魂を己の中に取り込めばいいのだ……」


 数百年以上もの歳月を己の研究だけに捧げた彼の中には常識や倫理観というものは既に残ってはいなかった。

 また、彼にはその手段があった。そう、自らの寿命を延ばす為に使った黒魔術だ。この魔術を使えば、資質ある者の魂を自らの内に取り込む事が出来、その資質を斧がモノにできるだろう。


 そして、自らが編み出した予知魔術を十全に扱う事が出来る素質を持つ人間を探して、彼はエルクート王国の王都に出向くのだが、そこで彼が見出したのがアンナ・フローリアという一人の少女だった。


「ちょっとよろしいですかな、そこのお嬢さん」


 カーンズは己の見立てが正しいか否か、それを確かめる為に占い師に扮してアンナへと声を掛けた。

 そして、彼は実際にアンナに対して予知魔術を使ってみたのだが、その時、カーンズは彼女がこの予知魔術に対して、自分とは比べ物にならない程の資質を持っているのだと確信した。


「おおっ、やはり私の見立てに間違いは……」


 カーンズは予知魔術の影響からか、呆然としているアンナの向かい側で自らの見立てが正しかった事に思わず感嘆する。

 しかし、当時のアンナはまだ年若い少女でしかない。ここでアンナの魂を己の中に取り込んだとしても、その素養を十分には取り込めないと判断したカーンズは、すぐにその場から去り、アンナの魂が成熟するまで彼女の魂を取り込む事を待つ事にした。


 彼の目算ではその期間は約二十年。常人ならば、それこそ一生の三分の一近くという長い期間だろうが、何百年と生き続けて、時間感覚が最早常人とは明らかに異なっているカーンズにとってはそれほど長い期間では無い。


 そして、それから数年後、アンナの魂の成熟を待つ間、別の研究に没頭していた彼は偶然にも一つの報を伝え聞く事になる。それは、エルクート王国の現王太子であるヴァイス・エルクートが婚約者であるアメリア・ユーティスに婚約破棄を突きつけた、というものであった。

 当然、研究に没頭している彼にはそんな俗世の下らない事に興味を抱く事は無かった。しかし、その直後に入って来た話は彼の興味を大いに引いた。

 それは、アメリアが復讐を宣言した、王宮で開かれたあの夜会での出来事、そしてあの『アメリア・ユーティスの復讐』の二つの話だった。

 王宮で開かれた夜会に突如として現れたアメリアはその場で復讐を宣言し、同時に力を見せつけるかのように、王宮の外壁に大きな穴を開けた。そして、その宣言通り、国中の権力者たちに復讐をしているのだという。

 その報を聞いたカーンズは大いに驚き、同時にアメリアに対して大きな興味を抱いた。何故ならば、王宮に張られている防護結界を作り上げたのは、他ならぬカーンズであったのだ。

 しかし、アメリアはそんなカーンズの作り上げた結界を破壊し、王宮の外壁に大きな穴を開けたのだという。

 つまり、それは今のアメリアはカーンズと同等、或いはそれ以上の力を持っているという事に他ならない。


 それは、彼がアメリアに対して興味を抱くには十分すぎる事柄だろう。それからの彼はアメリア・ユーティスという貴族令嬢の情報を集め始めた。それがどんな些細な情報であっても、だ。

 そして、アメリアが教会の幹部達の前で、実際に古代魔術を行使した瞬間を遠見の魔道具を介して目にしたその時、カーンズは確信した。

 あのアメリアという女性は間違いなく自分の知らない知識を持っている。自分の知らない魔術を持っている。

 その事を悟った瞬間、彼の心の中には久しく抱いた事が無かった激しい感情が走った。


「欲しい、欲しい欲しい欲しい欲しい、あれが欲しい!!!!」


 それは彼にとって数百年振りに抱いた激情とも呼べる強い感情であった。

 あのアメリアという女性に比べれば、今迄目を付けていたアンナの持つ予知魔術への資質などそれこそ路傍の石程度の価値しかないだろう。


 そして、それからのカーンズは自らが編み出した予知魔術を何度も何度も使い、少しずつ断片的な未来の情報を手に入れていく。

 本来、この予知魔術は一度の使用から次の使用までに数年以上もの期間を開けなければならない。そうしなければ対象者の魂に多大な負荷をかける事になるという副作用もあったのだが、そんな事は今の彼にはどうでもよかった。


 そして、魂が壊れかねない寸前まで自分に対して予知魔術を使った彼はその予知で手に入れた断片的な情報を元にヴァイスへと接触し、彼に協力を持ち掛けたのだ。

 アメリア・ユーティスを手に入れる為の策は練った。その為の舞台の準備も行った。その為の供物の準備も終えた。

 全てはアメリアが持つであろう魔術を手に入れて、己が更なる高みに上る為に。


「さぁ、アメリア・ユーティスよ。私は更なる高みへと昇る。その為にお前には私の糧となって貰おう。きひひひひひひっ」


 そして、歪な笑みを浮かべたカーンズは用意した供物と共に最後の舞台まで転移するのであった。

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