126 王立学院での出来事①
念願の王立学院に入学したアンナ・フローリア、彼女は入学した直後から、あの予知の通りの行動を始めた。まず、あの予知で見た通りに偶然を装いヴァイスへと近づいたのだ。
そして、それはまるであのヴィジョンをなぞるかの様に成功する。見事、ヴァイスへと近づいたアンナは彼に気に入られる様に次なる行動を開始した。
アンナはあのヴィジョンで見た通りに、彼が好むような言動、好むような仕草をし始めたのである。それによって、ヴァイスからの好感度を稼ぐ事に成功したアンナは次第にヴァイスに気に入られる様になり、彼と行動を共にする事も増えて来ていた。
そして、それが起きたのはヴァイスと親密になってきていたある日の学院での出来事だった。
「ちょっといいかしら?」
授業を終えたばかりのアンナにそう声を掛けてきたのは、ヴァイスの現婚約者であるアメリア・ユーティス侯爵令嬢であった。
「貴女が最近ヴァイス殿下と親密になっているというアンナさんよね?」
「はい、そうです。アメリア様」
そう言いながらアンナはアメリアに対して頭を下げる。だが、アンナにすればアメリアはある意味では自分の目的の一番の障害となっている令嬢だ。だからこそ、アンナは少しでも早くこの場から離れたかった。
「……アメリア様、今日はどういったご用件でしょうか?」
「今日は貴女に忠告に来たの。貴女、最近ヴァイス殿下と親しい様ね。だけどね、今すぐに殿下から離れなさい。さもないと、貴女、大変な事になりますよ」
アメリアのその言葉は一見すれば、婚約者であるヴァイスに近づくアンナへの嫉妬から出た言葉だと思ってしまうだろう。
だが、アメリアはアンナへの嫉妬からこんな言葉を発した訳では無い。寧ろ、ヴァイスに気に入られているアンナを心配しての事なのである。
「アンナさん、貴女は自分が他の生徒からどう噂されているのか知っているかしら?」
そう、アンナは学院に在籍する貴族令嬢の一部から、婚約者のいる男性に近づくふしだらな女だ、と噂されているのだ。特に、ヴァイスに近づく事を快く思わない高位貴族の令嬢が積極的にそんな噂を広めていた。
今は表立った影響は出ていないが、それもどうなるか分からない。これから先、アンナに嫉妬した一部の令嬢が過激な行動に出ないとは言い切れないのだ。
だからこそ、アメリアは表立った影響が出ていない今の内に、ヴァイスから距離を取る様に、とアンナに忠告をしに来たのである。
「このままだと、貴女は本当に大変な事になるわ。いいえ、貴女だけじゃなくて、貴女の実家であるフローリア男爵家も、ね」
また、アメリアが心配しているのはアンナ本人だけの事では無く、彼女の実家の事も心配をしていた。
アンナの実家であるフローリア男爵家は、今はまだ発展途上だ。だからこそ、今後行われるだろうアンナの婚約者選びはフローリア男爵家の今後の発展に大きく関わってくる。だが、学院内でアンナの悪評が広まれば、彼女の婚約者選びに多大な悪影響が及びかねない。
最悪の場合、アンナに嫉妬した高位貴族の令嬢が実家を通じて、フローリア男爵家ごと、アンナの事を潰したとしても何ら不思議ではないだろう。
「だからね、もう一度だけ言うわ。もう、ヴァイス殿下に近づいては駄目よ」
「……分かりました」
そう返事を返すアンナだが、これから先の未来を知っている彼女にしてみればアメリアからの忠告も鬱陶しい物でしかない。それでも、今のアンナとアメリアではその身分に天と地ほどの違いがある。それ故に、アメリアの言葉に表立って反抗する事などできる筈も無かった。
だからこそ、アンナは言葉ではアメリアの従順する振りをしたのだが、未来に待っている幸せを目指して邁進する彼女はアメリアからの忠告に従うつもりなど毛頭なかった。
しかし、そんな事を知る由もないアメリアはアンナへの忠告を終えた後、何処かへと去っていく。また、アメリアからの忠告を受けたアンナも彼女とは別の方向に去っていくのだった。
だが、そんな二人の会話を物陰から覗いている一人の女子生徒がいた。
「あの女……。アメリア様のお手を煩わせるなんて……」
物陰からアンナの事を睨みつけながらそう呟くのはこの学院の生徒の一人でもあるシャノン・クリームヒルト子爵令嬢であった。彼女は所謂アメリアの信者、それも狂信者とでも呼べるほどにアメリアを妄信している令嬢だった。
だからこそか、アメリアの婚約者であるヴァイスに近づくどころか、アメリアにまで手を煩わせるアンナに対して、彼女は激しい苛立ちを覚えていたのだ。
「あの女、あの女さえいなければ……」
シャノンはそう呟きながら今もアメリアからの忠告を受けているアンナの事をまるで親の仇の様に睨みつけ続ける。すると、その時だった。
「あら? そこにいるのはどなたかしら?」
「……っ」
突如として掛けられた声に驚きながら後ろを振り向くと、そこには煌めく様な金色の髪と気品溢れる顔立ちが特徴的な一人の女子生徒が、多数の取り巻きを引き連れて立っていた。
そんな彼女の姿を見たシャノンは呆然と呟く。
「マーシア様……」
そう、そこにいたのは、マーシア・ファーンス公爵令嬢であった。制服姿のマーシアは自らの取り巻き達を率いており、いかにも女王様然としていた。
また、彼女は手に持った扇で口元を隠しながら微笑みを浮かべている。
「……お久しぶりです、マーシア様。シャノン・クリームヒルトでございます」
「シャノン・クリームヒルト……。貴女は確か、先日の社交界でお会いした方でしたわよね」
「はい、その通りございです」
シャノンはマーシアの言葉に返事を返すが、マーシアはシャノンが慕っているアメリアと敵対している令嬢だ。その為、アメリアの事を慕っている彼女としては少しでも早くここから立ち去りたかった。しかし、マーシアもそれを許すほど甘くは無い。
「ところで、貴女、何かお困りの様ですわね。ほら、その困り事をわたくしに話してごらんなさい」
「ですが……」
「いいから早くお話しなさいな。それとも、わたくしの言葉を無碍にするおつもりですの?」
「……分かり、ました……」
シャノンにしてみれば、公爵令嬢であるマーシアは自分よりも遥かに上の身分の相手だ。一子爵家の令嬢でしかないシャノンは彼女の言葉を無碍にできる筈も無く、彼女の言葉に従わざるを得なかった。
そして、シャノンは先程まで考えていたアンナについての事を話し始めるのだった。
「……という訳なのです」
アンナについての話をしていたシャノンだったが、胸の内に秘めていたアンナに抱えている苛立ちや悩みを吐き出したシャノンは最後にそう言って話を終える。だが、その直後の事だった。彼女の話を聞き終えたマーシアはクスクスと笑い始めたのだ。
「ふふっ、貴女、そんな簡単な事で悩んでいらしたの?」
「簡単な事、ですか……?」
「ええ、貴女はあのアンナさんが邪魔なのでしょう? なら、アンナさんをこの学院にいられない様にすればいいのではなくて?」
「……この学院にいられない様に、ですか? それは一体どうやって……」
「さぁ、そこまでは分かりませんが、アンナさんの身にこの学院から去りたくなる様な辛い事や苦しい事が襲い掛かれば、或いは……」
マーシアはそこで言葉を止めるが、彼女の言葉にシャノンは俯きながら何かを考え始めた。
「……あの女を、この学院から……」
そして、シャノンはマーシアの言葉に取りつかれた様に、同じ事を何度も何度も呟く。それから、数十秒後、彼女は何か固い決意を秘めたかの様な表情を浮かべた。
「マーシア様、私は少し用が出来ましたので、これにて失礼いたします」
その直後、シャノンはマーシアに一礼をすると、表情を一切変える事無く、足早にこの場から立ち去っていくのだった。
そして、シャノンが去った後、マーシアは自らの後ろにいる取り巻きと共にクスクスと笑い始めた。
「ふふっ、愚か者を御するのは本当に簡単ですわね」
「流石、マーシア様ですわ」
「さて、わたくし達はあの子が何を起こすのか、高みの見物をさせてもらいましょうか」
だが、既にこの場に居ないシャノンはそんなマーシアの悪意が込められた言葉に気付く事は無かったのだった。
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