124 アンナとカーンズ
時は、アメリアが先王であるライアスの墓参りを行った日の前日に遡る。
その日、エルクート王国の次期国王であるヴァイスは自身の協力者であるカーンズと最後の話し合いをしていた。その内容は言うまでもなく、この後に始まるアメリアを捕え、処刑をする為の策についてであった。
「それで、カーンズよ。例のモノはあの女に届いたのだな?」
「はい、勿論です」
ヴァイスが言う例のモノ、それはカーンズによってアメリアの元へと届けられたヴァイスの国王就任の儀の書状だった。
「だが、だ。あの女は本当に我々の用意した舞台まで来ると思うか?」
「ええ、間違いなく」
「そう、か……」
カーンズは自信満々に言い切るが、ヴァイスにしてみれば、何故、カーンズがそこまで自信満々に言いきれるのか、それが全く分からない。そもそも、ヴァイスが国王就任の儀の招待状を用意したのも、「国王就任の儀の招待状を用意するだけでアメリアを誘き寄せる事が出来るだろう」というカーンズの言葉を信じたからなのだ。
だが、当のヴァイス本人は何故こんな物を用意するだけでアメリアを誘き寄せる事が出来るのか、それすら分かっていないのだ。
しかし、目の前にいるこの男は常人とは全く別の世界で生きている存在だ。ならば、どうして招待状を用意するだけで、アメリアが来る事が分かるのか、その理由を知っていても不思議ではないだろう。彼はそう納得するしかなかった。
そして、それからも彼等の話し合いは続いていく。また、その内容は多岐に渡った。だが、その殆どがアメリアを捕える為の策についての話し合いだ。ヴァイスの国王就任の儀は目前に迫っている。今日の話し合いはその最後のすり合わせも兼ねているのだ。
そして、そんな彼等の話し合いはそれからもしばらくの間、続くのだった。
ヴァイスとカーンズがアメリアを捕え、処刑する為の策のすり合わせを始めてから一時間が経過していた。
「殿下、これでよろしいかと」
「ああ、そうだな」
だが、それだけの時間を掛けたおかげか、話を完全に煮詰める事が出来ていた。
そして、最終調整を終えたヴァイスは満足げな笑みを浮かべる。すると、そんなヴァイスの表情を見たカーンズは自らの隣に立て掛けていた杖を手に取り、おもむろに立ち上がった。
「さて、と。私めは最後の準備があります故、これにてお暇させて頂きます」
「もう行くのか?」
「ええ、これから忙しくなりますものでね」
そして、カーンズがこの執務室から立ち去ろうと転移魔術を行使しようとしたその時だった。彼等二人がいるこの執務室の扉がバンッ、という音と共に勢い良く開いたのだ。
その直後、部屋の中に飛び込んできたのはヴァイスの今の婚約者であるアンナ・フローリアであった。
「ヴァイス様っ!!」
そして、アンナはそのままヴァイスの姿を見つけるなり、彼の元へと駆け寄り、そのままの勢いで彼の体に抱き着いた。
「ヴァイス様っ、聞いてほしい事があるんです!! 実は……」
「アンナ、今は客人が来ているんだ。少しだけ離れてくれないか?」
「? 客人、ですか……?」
その時、ヴァイスの言葉でアンナはやっとこの部屋の中にいたカーンズの事に気が付いた。
「あっ!! えっと、もしかしてそこの方が……」
「ああ、そうだ。この男はな……」
「おや、これはこれは。懐かしいですな。いつぞやのお嬢さんではありませんか」
「え? もしかして、私の事を知ってるんですか?」
「ええ、私はお嬢さんの事を良く知っておりますよ。お嬢さんは私の事は忘れですかな」
カーンズのその言葉にアンナは彼の元まで歩み寄っていくと、まるで何かを思い出そうとするかの様にカーンズの顔を見ながら首を傾げる。
「えっと……。確か、どこかで……」
そして、それから数分後、アンナは何かを思い出したのか、ハッとした様な表情と共に勢い良く首を上げた。
「あ、思い出しました!! あの時の占い師さんですよね!!」
「その通りです。よく覚えていましたな」
「占い師さんこそ、あれから五年も経ってるのに、私の事を覚えていてくれたんですね!!」
「ええ、忘れる訳がないでしょう? お嬢さんの魂を見て、すぐに分かりましたよ」
だが、そんな二人の会話に少しばかり蚊帳の外にされていたヴァイスも割って入った。
「なんだ、アンナ。この男の事を知っているのか?」
「はい、そうなんです!! 実は、私はこの人に……」
「おっと、そこまでですよ、お嬢さん。あの時の約束をお忘れですかな?」
「あっ……。そうでした……」
カーンズの言葉にアンナはしまった、と言わんばかりの表情を浮かべる。
「では、先程も言いました様に最後の準備がある為、そろそろ私めはお暇させて頂きましょうか。そこのお嬢さんもまたお会いしましょう」
そして、カーンズが手に持った杖を床に一突きすると、次の瞬間には彼の姿はこの場から消えていた。
「えっ!?」
だが、カーンズの転移魔術に見慣れているヴァイスとは違い、彼の転移を始めて見るアンナは驚きの表情を浮かべながらヴァイスの元へと駆け寄っていく。
「ヴァイス様、あの人、消えちゃいましたよ!? 一体、何が起きたんですか!?」
「アンナは気にしなくていいさ」
そう言いながらヴァイスは首を横に振る。あの男が神出鬼没なのは今に始まった事ではない。最初の数回こそは驚きはしたが、今のヴァイスは既にカーンズの転移を見慣れてしまっていたのだ。
「それにしても、アンナ、先程言いかけたのは一体何なんだ?」
「……ごめんなさい。それは言えない約束なんです……」
「言えない約束、か……。それは俺にも言えないのか?」
「はい……。時が来るまでは絶対に誰も話してはいけない、とあの人に言われているんです……」
「……そうか、分かった」
そうして、ヴァイスはアンナに問い詰めるのを止めた。
(今、アンナから無理矢理聞き出す必要はない。再びあの男が来た時にその事を問い詰めればいいだけだ)
「それで、アンナは何の用でここまで来たんだ? わざわざここまで来たという事は何か用があったのだろう?」
「はい、それは……」
そして、二人の逢瀬は暫くの間、続くのだった。
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