123 王墓の庭園

 アメリアが謎の老人からあの招待状を受け取った日から数日後、アメリアはとある庭園の入口の前にいた。

 今のアメリアの装いは喪服を思わせる漆黒のドレスを身に纏っており、彼女の両手には花束が握られている。

 何故、アメリアがこんな装いでこんな場所まで来たのか、それには当然理由があった。

 彼女の目の前に広がるこの庭園は、歴代のエルクート王国の国王達が眠っている王墓の庭園と呼ばれる場所なのである。

 普通の場ならば似つかわしくないアメリアの装いもこの場所においては最も適していると言えるだろう。


 また、歴代の王が眠る場所だけあってこの庭園の外周にはそれなりに厳重な警備が敷かれていたのだが、今のアメリアにはそんなものは関係ない。この庭園を警備している兵士たちは今や全員がアメリアの手によって眠りに落ちている。


 そうして、アメリアはこの王墓の庭園、その入口にまで到着したのだが、そこには無関係が立ち入る事が出来ない様に厳重な結界が張られていた。

 しかし、この程度の結界では今のアメリアを妨げる事は出来ないだろう。


「さて、始めましょう」


 そして、アメリアがその結界に手を伸ばすと、次の瞬間、その結界には人一人分が通れそうな大きな穴が出来上がったのだ。

 その直後、彼女は自らが作ったその結界の穴から庭園の中へと入っていく。


「これは……また……」


 そして、庭園の中へと入り込んだ彼女は目の前に広がるその光景に思わず呆然とした表情を浮かべながら呟いた。

 そこには歴代の王の墓標がズラリと並んでいたからだ。エルクート王国は建国から数百年以上もの歴史を持つ由緒ある大国だ。その為、歴代の王も歴史に比例するように数多くいた。そして、それらの殆どがこの庭園にて眠りに就いているのだ。


 また、この庭園に作られているそれらの墓標の周りには嘗ての王達を称えるかの様に色とりどりの花々が綺麗に咲き誇っている。

 専属の庭師でもいるのだろうか、この庭園はかつて見た王宮の中にある庭園にも匹敵する程に綺麗であった。

 だが、彼女がここまで来た目的はこの庭園をただ見る事ではない。


「……そろそろ行きましょうか……」


 そう呟いたアメリアはこの庭園に見惚れるのを止め、歴代の王の墓標が並ぶこの庭園の奥へとを進み始める。


 そして、それから数分後、庭園を進み続けたアメリアが辿り着いた場所はこの庭園の奥にあった一つの墓標の前であった。


「ここ、ですね……」


 彼女の目の前にあるその墓標は最近になって作られたのか、この庭園にあるどの墓標よりも真新しい。

 また、その墓標の後ろには大人一人が余裕で入る事が出来るだろうと思われる大きな棺が安置されているのが見えた。


 すると、アメリアはその棺へと近づいていき、おもむろにその棺を開ける。そして、その棺の中に入っていた物を見た瞬間、アメリアは思わずその瞳から一筋の涙をこぼした。


「先王、陛下……」


 そう、その棺に入っていたのはエルクート王国の先王であり、次期国王であるヴァイスの父でもあるライアス・エルクートの遺体であった。

 彼の遺体には適切な防腐処理が施されているのか、死後数週間が経過しているというのに腐敗した様子は一切見受けられない。

 まるで、まだ生きているのではないかと思ってしまう程に綺麗なままであった。


 この庭園の警備を担当していた衛兵の一人から入手した情報によれば、ライアスの遺体が入れられているこの棺はヴァイスの国王就任の儀が終わり次第、墓標の下に埋葬される事になっている予定らしい。

 その為、今はこうしてここに安置されているのだそうだ。


「……先王陛下、遅れて申し訳ありません」


 アメリアはそう言いながら手に持っていた花束をそっとライアスの棺の中に入れる。何故、アメリアがこのタイミングでここに訪れたのか、それには理由があった。


 そもそも、アメリアが先王であるライアスの死去を知ったのがヴァイスの国王就任の儀の書状を受け取った後だったのだ。

 つまり、彼女は未来の義父になるであろう人物として慕っていたライアスの死に目にすら会う事が出来なかったのだ。

 だからこそ、せめて最後に一目だけでも、と思い、こうしてここまで墓参りに来たのである。


「…………」


 だが、アメリアがここまで来た理由はライアスの墓参りだけが目的では無かった。彼女はもう一つ、とある目的を持ってここまで来たのだ。


「……先王陛下、此度は貴方にお伝えしなければならない事がございます」


 そして、アメリアは一度息を飲んだ後、意を決した様に一つの告白を始める。


「先王陛下、私は貴方の御子息であり次期国王であるヴァイス殿下へと復讐を果たします」


 そう、その告白こそがアメリアがここまで来たもう一つの、そして最大の理由であった。


「貴方の御子息であるヴァイス殿下への復讐を成せば、きっと貴方は私を恨むでしょう。貴方は私の事を憎むでしょう」


 そして、アメリアは一度だけ目をそっと閉じる。


「ですが、私はあの時に誓ったのです。必ず復讐を成し遂げると」


 そう言いながらアメリアは目を開けるが、その瞳には何者にも犯す事が叶わないであろう固い意思が込められているのが見て取れた。


「許して欲しい、とは言いません。私の事を憎んで頂いても構いません。恨んで頂いても構いません。貴方にはその権利があるのですから」


 すると、そこまで告げたアメリアはおもむろにその顔に自嘲が多分に含まれているような笑みを浮かべた。


「ふふっ、今のこんな私を見た貴方は私の事を一体どう思うのでしょうね……」


 ライアスの遺体の前だからこそ出たのであろうアメリアのその言葉には復讐者へと堕ちてしまった自分への嘲りが含まれていた。

 だが、彼女のそんな言葉に返事が当然返って来る筈も無い。彼女自身もそれは分かっている。それでも、アメリアは彼にその事を告げずにはいられなかったのだ。


「……先王陛下、どうか、どうか安らかにお眠りください」


 そして、全ての告白を終えたアメリアは、そう言いながら、ライアスの棺をそっと閉じた。その後、彼女はライアスの遺体が入っている棺に向けて、最後にそっと数分の間、黙祷を捧げる。

 そして、黙祷を終えた彼女はそのままライアスの墓標に背を向け、歩みを進めた。彼女が向かう先、それはこの復讐劇の最後の舞台。アメリアの復讐、その最後の幕が上がる時が目前に迫っていた。


「さぁ、これが最後。この復讐の最後の鐘を鳴らしましょうか」

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