121 第六章エピローグ 後編

「さて、と。この辺りなら大丈夫でしょうか」


 カシムと別れたアメリアは今、彼が暮らしている村の外にある小さな森の中にいた。何故、彼女がここにいるのか、それには当然理由があった。


 あの村には彼以外の者達も多数暮らしている。また、今は日中の為、あの村の村人たちの大半が外を出歩いていたのだ。

 もし、アメリアが村の中で転移魔術を使い、それを誰かに見られていた場合、人が突然消えた、とちょっとした騒ぎになるかもしれない。そうなれば、先程まで自分が会っていたカシムに迷惑が掛かる可能性も皆無とは言えないだろう。


 だからこそ、カシムに極力迷惑を掛けない様にアメリアは村の外に出てから転移しようと考えたのだ。


「さぁ、次の目的地に向かうとしましょうか」


 そして、アメリアが何時もの様に転移魔術を行使しようとしたその時だった。


「ひひひひっ、見つけましたよ。アメリア・ユーティス殿」

「っ、誰です!?」


 突如として聞こえてきた声に驚きながらもアメリアはその声が聞こえてきた方を向く。すると、その方角の茂みの奥から漆黒のローブを身に纏い、魔術師が使う様な大きな杖を持った一人の老人の男性がゆっくりとした足取りで現れたのだ。


「きひひひひっ、予知の通り、やはりこの場所に現れましたな」

「予知……? 貴方は一体何者ですか?」

「私の名は…………。いや、ここで名乗るのはやめておきましょうか。それは、いずれ再び会い見えた時にでもする事にいたしましょう」


 現れたその男は、一見すれば只の年老いた老人にしか見えなかった。杖の支えが無ければ満足に歩く事も出来ず、顔や両手の皮膚も見事に萎びており、誰が見てもこの老人は数年の内に老衰してもおかしくは無い、と思ってしまうだろう。


「…………」


 だが、彼が放っている雰囲気はそんな外見から想像もできない程に異様、異質という言葉でしか表現できなかった。彼の内側に秘められているであろう生気、エネルギーとでも呼べるものは、老人としか表現できない外見からは想像もできない程に滾っていたのだ。いや、それどころか、目の前にいるこの男の体から放たれているエネルギーは成人したばかりの普通の人間すらも凌駕しているだろう、とアメリアには感じられた。

 目の前にいるこの老人がいずれ老衰で死ぬだろう、アメリアにはそうはどうしても思えなかった。


「さて、早速本題に入りましょうか」


 そして、その老人は懐から封筒の様な物を取り出した。


「私はとあるお方より、ある依頼を受けましてな。その依頼の内容は、これを貴女へと届ける様に、というものでしてね」

「……それは、一体……?」


 しかし、その老人はアメリアのそんな呟きを無視するかの様に手に持っていた杖の先を地面へと一突きする。

 すると、その次の瞬間の事だった。なんと、彼の手元にあった筈の封筒が忽然と消え去り、その直後、消えた筈の封筒がアメリアの手前に現れたのだ。

 それを見たアメリアは思わず地面へとゆっくり落下していくその封筒を手に取った。だが、この封筒が一体何なのかが分からないアメリアは困惑を隠せない。


「さて、確かに招待状はお渡しいたしましたよ」

「…………これは、一体なんなのですか? この封筒の差出人は一体誰なのですか?」

「それは、嫌でもすぐに分かるでしょう。では、再び会い見える時を楽しみに待っていますよ。きひひひひっ」


 そして、その老人が再び杖の先を地面に一突きすると、次の瞬間には彼の姿はこの場から消え去っていた。


「…………」


 その一部始終を見ていたアメリアは思わず息を飲んだ。あの老人が使ったのは、アメリアが何時も使っている物と同じ転移魔術だったからだ。


「あの男は、一体……?」


 あの男が何者か、それはアメリアにも分からない。だが、あの男は「再び会う日を楽しみに待っている」と言っていた。ならば、あの男に会う機会はいずれ訪れる事だろう。或いは、再び会う機会とやらはすぐそこなのかもしれない。


 その後、少しするとアメリアは先程渡されたに視線を落とした。あの男が転移魔術で何処かへと去った今、彼を追う事は不可能だ。ならば、今の状況で優先すべきはこの封筒の方だろう。

 そして、先程渡された封筒の中身を確認する為に封筒を裏返した次の瞬間だった。彼女の顔が一瞬にして驚愕したかの様な表情へと変わった。


「っ!!」


 だが、それも当然と言えるだろう。なんと、その封筒の封蝋にはエルクート王国の国章が使われていたのだ。アメリアが知る限り、これを使えるのは王太子であるヴァイスか、その父であり国王でも会ったライアスだけだ。

 だが、アメリアも国王であったライアスが先日に死去したという事は知っている。つまり、この封筒の差出人はエルクート王国の国章を現状で唯一使う事が出来る現王太子であり、次期国王でもあるヴァイスしかいないのである。


 そこまで悟ったアメリアは手元にある封筒を見つめながら一度息を飲んだ後、おもむろにその封筒の封を破り、中にあった書状を取り出した。


「これ、は……」


 だが、その書状を見た直後、アメリアは思わず絶句する。その封筒の中に入っていたのは、王太子であるヴァイスの国王就任の儀の日程が記された書状とその儀への招待状だったのだ。


「遂にその時が来たという事ですか……」


 これは、明らかにアメリアに対する挑戦状だった。これまでの復讐の旅路でアメリアは自分が復讐すると決めた相手への復讐を殆ど終えている。残る復讐対象が誰なのか、それはもはや言うまでも無い。

 だが、そんな相手にこんな風に挑戦状を叩き付けられている以上、アメリアが出向かない訳にはいかないだろう。

 また、この手紙を自分に届けてきたあの老人の正体も気にはなるが、それもいずれ分かる事になるだろう。

 或いは、あの男の正体もこの国王就任の儀で分かるかもしれない。アメリアは直感的にそう感じていた。


「さぁ、行きましょうか」


 そして、アメリアはその顔を復讐者の物へと変えて、最後の復讐の舞台へと赴くのであった。

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