118 ゲームの罰

「さて、と。では、日も昇った事ですし、今この時を以ってゲーム終了といたしましょうか」


 アメリアはボロ雑巾状態になりながら地面に横たわるジグムントに対してゲーム終了を告げた。


「ふふっ、こんな小娘に良い様に弄ばれた今の気分はどうですか?」

「ぐっ、貴様ぁぁぁ……」


 ボロ雑巾状態ではあるが、ジグムントはその瞳に敵愾心を大量に込めながら今も自分の事を見下すアメリアの事を睨みつける。普通の人間ならば思わず怯んでしまいそうな迫力がそこにはあるだろう。

 だが、アメリアはジグムントのそんな視線に対して臆するどころか、まるでそんなものは全く怖くないと言わんばかりに無視をしながら、話題を次のステップに進める。


「さて、と。まずは、答え合わせと行きましょうか」


 すると、アメリアはそう言いながら懐から一枚の金貨を取り出すと、それをジグムントの顔の手前に投げ捨てる。その金貨は彼がゲーム開始時にアメリアから与えられたあの金貨に酷似していた。

 そして、ジグムントはその金貨を目にした瞬間、一つの答えに行き当たる。


「こ、これは……まさか……」

「ええ、その通りです。これが、貴方がこの森の中で必死に探していた正解の金貨ですよ」


 そう、アメリアは最初から自らの懐の中に正解の金貨を隠し持っていたのである。

 彼女はこのゲームのルール説明をした時、金貨は森の中に隠されていると言った。だが、それは彼女の懐の中であっても何らおかしな事は無い。

 ルール説明を行ったあの時点でアメリアが森の中にいた以上、金貨がこの森の中に隠されているというルールには何も抵触していないのだ。


「なっ、ひ、卑怯だぞ……」

「ふふっ、卑怯とは心外ですね。一応、貴方にも勝つチャンスがあったのですから」


 アメリアは今迄のゲーム通り、このゲームでも参加者であるジグムントに対して勝利の機会を与えていた。彼女がゲーム終了を告げる為に彼の前に現れたあの時、あの瞬間こそ、彼が勝利できる唯一の機会だったのだ。

 もし、アメリアがゲーム終了を告げる前に、彼女が金貨を隠し持っているという事をジグムントが指摘していれば、アメリアは彼の勝利でこのゲームを終えても良いと考えていた。これはゲームなのだから、それが一筋の光であっても、ゲームの参加者が生き残る為の手段を用意するのは当然といえるだろう。


「ぐっ、ぐぅぅぅ……」


 そこまで聞かされたジグムントは思わず項垂れるが、ゲームが彼の敗北という結果で終わった今、もはやジグムントに出来る事は何も無かった。


「では、最初のルール説明でもお話しした通り、ここから罰ゲームを始めたいと思いますが……。まずは、その為の最後の用意をしましょうか」


 アメリアが手を横に振うと、次の瞬間、ボロボロで動く事すらままならないであろう彼の体が動けるようになる程度にまで回復したのだ。

 だが、当然、アメリアのその行為にジグムントは困惑を隠せない。


「なっ、貴様、私に慈悲を掛けたつもりか?」

「いえ、そんなつもりはありません。これから行われる罰ゲームに邪魔だったから治しただけですよ」


 そして、アメリアはまるで場を整える様にパンと両手の手の平を合わせると、満面の笑みを浮かべた。


「さて、貴方は確か自分の浪費癖が原因で多額の借金を抱えていたのですよね。そして、その借金を少しでもどうにかする為に私を裏切ったと。ですので、そんな貴方に相応しい罰を用意しました。さぁ、今こそ貴方への断罪を始めましょうか!!」


 そう高らかに宣言したアメリアが勢い良く指を鳴らすと、その次の瞬間、ジグムントの首に取り付けられていた首輪が眩い光を放ち始めたのだ。


「なっ、なんだっ!?」


 自らの首元から発せられたその光にジグムントは思わず怯むが、すぐにその光が収まった事で、平静を取り戻す。

 しかし、その直後の事だった。パキッ、という何かが割れたような音が微かではあるが彼の耳に聞こえてきたのだ。


「っ、何の音だ……?」


 先程の音がなんであったのか妙に気になったジグムントだが、その直後、彼は自らの両手に妙な違和感を抱いた。


「こっ、これは一体なんだというのだっ!?」


 そして、次の瞬間、彼はその表情を困惑一色に染め上げる。

 だが、その反応も当然といえるだろう。彼の両手にはまるで水分がなくなり、干乾びた地面を彷彿とさせる様な大きなヒビ割れが出来上がっていたのだ。

 しかし、そのヒビは両手だけに止まらず、パキッ、パキッという音と共にまるで根を張る植物の様に両手から両腕を通し、両足や胴体部、両頬といったような部分にまで広がっていく。


「なっ、ななななっ、なんだこれはあああああ!!!!」


 自分の身に一体何が起きているのか、全く分からない彼は驚愕の声を上げる。

 しかし、ジグムントにとっての一番の異常は自分の体に明らかな異常が起きているというのに、それに対して殆ど違和感を抱いていないという事だろう。彼は自らの体全体にヒビの様な物が入っているというのに、感覚的には違和感というものを殆ど抱いておらず、平常時と何ら変わらない様にしか感じられないのである。


「なんだっ、なんだ一体!?」


 だが、この事態を引き起こしたであろうアメリアは慌てふためくジグムントに対して見下す様な視線を向けながら、おもむろに口を開く。


「ふふっ、まだ慌ててもらっては困りますね。貴方への罰はこれからなのですから。さぁ、始まりますよ」


 そう、これは言わば前段階。これから彼に訪れる末路、その始まりに過ぎないのだ。

 そして、そのヒビが体全体に行き渡った直後の事だった。ジグムントの体が今度はそのヒビを中心に、少しずつではあるが、綺麗な砂と化し、地面へと落ちはじめたのだ。


「なあっ!?」


 ジグムント自身も自分の体が徐々に砂へと変わっていっている事に気が付いたのだろう。自らの体から零れ落ちた砂を見ながら驚愕の声を上げる。


 だが、彼の体から零れ落ちたその砂は普通の砂とは違う点が一つだけあった。彼の体から零れ落ちたその砂は粒子の一粒一粒がキラリと光り輝いていたのだ。

 そう、それは砂金だ。彼の体はただの砂では無く、光り輝く砂金へと変わっているのである。


「あ、ああああああ……」


 自分の体が全く別の物へと変わるという、ある意味では根源的な恐怖にジグムントは訳が分からず、呆然とした様な声を口から零すしかできない。


「貴方は自分の浪費癖で作った多額の借金がありましたよね。ですが、今のステイン伯爵家の財政状況ではその借金を返す事すら出来ない、と。でしたら、せめて自分の借金ぐらいは自分の体で返すべきだとは思いませんか?」


 アメリアはそんな言葉をまるで聞き分けの無い子供に説教をする様な口調で告げる。彼女のその言葉こそ、アメリアが用意したこの罰の本質なのだが、そんな彼女の言葉は当然の様に今の混乱するジグムントには届かない。


「あっ、ああああっ、ああああああああああああああああああ!!!!」


 そして、恐怖で自暴自棄になったのか、ジグムントは徐々に砂に変わっていく右手を強く握り締めながら勢い良く立ち上がり、なりふり構わずにアメリアへと殴り掛かろうとする。


「ふふっ、無駄ですよ」


 だが、彼女もそれを予期していたのか、慌てる事なく自分の前方に、防御の魔法陣を展開した。

 そして、彼の右手が魔法陣に触れた次の瞬間だった。なんと、その右手が一気にサラサラとした砂金と化し、地面へと落下していったのだ。


「てっ、手がっ、手があああああ!!!!」


 右手が砂金と化した一部始終を目の当たりにしたジグムントはその顔に恐怖の表情を張り付けながら、思わず未だ砂金と化していない右手首を掴み上げる。


 しかし、彼にとって一番恐ろしいのは、自分の腕が無くなったというのに何も感じないという事だろう。

 自らの体が全く別の物へと変わっていくという恐怖心はある。だが、腕が無くなった筈なのに、それに伴って現れるであろう筈の痛みが全くなかったのだ。それは、まるで自分の腕がもう既に自分の物ではなくなったかの様であり、それが彼にとっては何よりも恐ろしかった。


 そして、その次の瞬間の事であった。徐々に砂と化し、質量を減らしていた彼の両足が遂に自重を支えきれなくなり、勢い良く圧し折れたのである。


「あぐっ!!」


 当然、両足が圧し折れた以上、立ち続ける事は不可能だ。彼はそのまま無様な声を上げながら、地面にバタリと倒れ込む。

 それでもジグムントは地面に倒れ伏したまま、最後に残った力を振り絞るかの様に残った左手をアメリアへと伸ばそうとするが、その左手も彼女に届く前にサラサラという音と共に砂と化していく。


「あ、あああ……」


 体の崩壊は止まらない。圧し折れ、体から離れてしまった両足も既に砂金と化してしまった。もはや、今のジグムントは立ち上がる事すらも出来ないだろう。最後に残った頭部と胴体も砂と化し始めている。彼の末路は決定的に明らかだ。


「ふふふっ、では、永遠に、永遠に、さようなら」


 そして、アメリアの言葉が引き金になったのか、彼の体はそのまま一気に崩れ去り、その全てが砂金へと変わったのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る