113 『裏切り者』
「ふふっ、お久しぶりですね。さぁ、此度の復讐、その幕開けと行きましょうか」
そして、アメリアは未だ動けないジグムントの元へとゆっくりとした足取りで歩んでいく。
「ジグムント・ステイン伯爵、私の用意したこの舞台はお楽しみいただけましたか?」
「なん、だと……?」
「今回の舞台の再現度は個人的にはかなり良いものだったと自画自賛していたりするのですが……。どうです? お気に召していただけましたか?」
「舞台……? 再現度……? お前は一体、何を言っているのだ……?」
だが、アメリアのその言葉にジグムントは全く訳が分からないという表情を浮かべるばかりだ。それを見たアメリアは呆れた様に、はぁ、と溜め息をついた。
「まだ気付かないのですか……。まぁ、折角ですので、そんな愚鈍な貴方に教えて差し上げましょうか。今まで貴方の体験してきたこの状況は、貴方に裏切られた私が体験してきた事なのですよ。配役だけを変えて、可能な限りそれを再現したのです」
「っ!!」
「ふふっ、中々の再現度だったでしょう? 全てが私の手の平の上だと知らずに、私から逃げる事が出来たと安堵していた貴方の姿は滑稽でしたよ」
「こっ、こんな手の込んだ事までして、お前の目的は一体なんだ!?」
「目的、ですか? そんなものは、たった一つだけですよ。あの時、裏切られた私の気持ちを貴方にも味わってもらいたかった、ただそれだけです」
そう、アメリアは未だ自分の罪を自覚すらしていないジグムントに、裏切られる者の苦しみと絶望を味わってもらう為だけにこの舞台を作り上げたのだ。
「どうです? これで、あの時、貴方に裏切られた私の気持ちが少しでも分かったのではないですか?」
「このっ……」
ジグムントは自分が今迄アメリアの手の平で踊らされていたのだという事を知り、屈辱的といわんばかりの表情を浮かべ、歯ぎしりをしながらも彼女を睨みつけるばかりだ。
すると、アメリアは満面の笑みを浮かべながら、パンッと手を叩いた。
「では、ここまで私に力を貸してくれた協力者の方々をお呼びしましょうか」
そして、アメリアはそう言いながら、指をパチンと鳴らした。
すると、次の瞬間、まるで転移でもしてきたかの様にあの屋敷に居る筈のアリアスがジグムントの傍に現れていた。
「まず、一人目の協力者をご紹介いたしましょうか。といっても、貴方は彼のことを御存知ですよね」
「きっ、貴様はっ、アリアスっ!!」
アリアスの姿を見たジグムントは怒りの形相を浮かべながら、彼の元へと駆け寄っていき、その胸ぐらを勢い良く掴み上げる。
「このっ、裏切り者がっ!!」
アリアスに対してそう叫ぶジグムントの声色は憤怒一色に染まっていた。だが、その直後、彼等の傍にいたアメリアが手で口元を隠しながらクスクスと笑った。
「お前っ、なにが可笑しい!?」
「ふふっ、申し訳ありません。あまりにも面白い言葉が聞こえたので、つい……」
「なっ!?」
「だって、私を裏切ったというのに、それを自覚せず、あまつさえ私に恩を与えてやったのだと宣う貴方がそれを言うのですか?」
そう、先程、アメリアが言っていた通り、多少の差異はあれども今迄ジグムントが体験してきたのは、アメリアが彼に裏切られたあの状況の再現だ。
つまり、ジグムントはアリアスに対して『裏切り者』という言葉を使い罵っている事自体、自分がアメリアを裏切った『裏切り者』だと自分で告白している様な物なのである。
結局の所、この場にてジグムントがアリアスに対して放った暴言はそっくりそのまま自分に返ってくる言葉なのだ。
すると、アリアスは自分の胸ぐらを掴み上げているジグムントを無理矢理に払いのけて、焦った様な表情を浮かべながらアメリアの元へと駆け寄っていく。
「約束通り、貴女に協力した。だから……」
「はいはい、分かっています。分かっていますよ」
アリアスの何処か急かす様なその言葉に笑みを浮かべながら返事を返しながらアメリアは何処からか取り出した書類の束をアリアスへと手渡した。
「ああ、それとこれもお渡ししないといけないのでしたね」
そして、アメリアは先程と同様に何処からか取り出した大きな布袋をアリアスへと手渡した。
「ああ、良かった……。これで……、これで我が家は……」
その後、アメリアから受け取った書類と布袋の中身を確認したアリアスは思わず安堵の表情を浮かべる。だが、二人のそんな様子にジグムントは訳が分からないという表情を浮かべた。
「なんだ? 何をしている……?」
「ふふっ、簡単に言うなら私に協力していただいた報酬の支払い、ですかね」
この舞台を作り上げる上で、アメリアはアリアスに協力を求めた。彼の家は伯爵家。ジグムントと同格の家である為、色々と都合が良かったからだ。
だが、伯爵家の当主である彼が何の身分も持たないアメリアに容易に協力するはずがないという事は彼女自身も分かっている。だからこそ、アメリアはアリアスが自分に協力するしかない状況を作り上げる事にしたのである。
アメリアはマクレーン伯爵家がここ最近の領地運営の失敗により深刻な財政難に陥っているという情報を事前の情報収集で手に入れていた。
また、その財政難は年々深刻さを増しており、改善の余地すら見えないというのに、それでも伯爵家としての体裁だけは保つ為に多方面に借金を重ね続け、マクレーン伯爵家は破産も間近という状況まで迫っていた事も知った。
それらの情報を手に入れたアメリアはこの舞台を作り上げる端役として、アリアスが非常に好都合であると考え、彼が最も欲しがるであろう報酬をちらつかせ、協力を求めたのだ。
アメリアが協力の報酬としてまず用意したのは、伯爵家の財政難によってアリアスが抱えていた数多の借金の契約書だった。もし、自分に協力すれば、この契約書を破棄しても良い、アメリアは彼に対してそう言ったのだ。
そして、次にアメリアが用意した物は、伯爵家の予算一年分、あるいはそれ以上になるであろう膨大な金銭であった。マクレーン伯爵の財産は殆ど尽きている。一つ目の報酬で借金が無くなったとしても、それだけだ。領地を運営する為には、借金を再び重ねる事になるだろう。だからこそ、アメリアはアリアスが自分に協力したくなる様にこの二つ目の報酬を用意したのだ。更に、アメリアは報酬の半分は先払いでもいいというおまけまで用意した。
そこまで魅力的な報酬を用意されたならば、アリアスは協力せざるを得ないだろう。彼はジグムントに裏切り者と罵られる事を覚悟の上でアメリアに協力する事を選んだのである。
そして、先程、報酬としてアリアスに手渡されたのが、その借金の契約証と金銭であったのだ。これで、マクレーン伯爵家の財政は暫くは持ち直す事だろう。アメリアから報酬を受け取ったアリアスが安堵の表情を浮かべるのも当然であると言えた。
因みに、何故アメリアが先に上げた二つを用意出来たか、それにも当然理由がある。今迄のアメリアの復讐対象達はその殆どが高位貴族、或いはそれに準ずる高い地位に就いていた者ばかりだ。
その為、当然の様に彼等の懐には数多の財産が蓄えられていた。もしかしたら、それらの財産が何かに使えるかもしれない、とアメリアは思い、予めその一部を拝借していたのだ。そして、今回の件でその一部を使用したのである。
「そんな……」
自分が金の為に裏切られた事を知り、ジグムントは思わず絶望的な表情を浮かべた。
だが、そんなジグムントを追撃するかの様にアメリアは彼を更なる絶望の淵へと落とす言葉を告げる。
「ふふっ、この程度で絶望してもらっては困りますよ。貴方はこれから更なる絶望を味わうのですから」
「なん、だと……?」
「私に力を貸してくださった協力者は彼一人ではありません。まだ、紹介していない人がいるのですよ」
「な、に……?」
「では、もう一人の協力者をご紹介いたしましょうか」
そして、アメリアは先程と同じ様に指をパチンと鳴らす。
すると、次の瞬間、アメリアの隣には一人の男性が現れていた。だが、その男性の顔を見たジグムントの表情は一瞬にして驚愕一色に染まる。
「なっ、何故だ!? 何故、あの屋敷に残っている筈のお前がここにいるのだ!?」
そう、その男性とはアリアスの屋敷に残り殿を務めている筈であるジグムントに仕えていたあの執事なのであった。
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