112 逃亡の果て
アメリアの姿を見たジグムントは自分に仕えている執事と共にアリアスに与えられていた客間から飛び出した。
すると、その部屋の外では彼と共にこの屋敷に来ていた傍仕えの者達全員が待機していた。何故、彼等がここに集まっているのか、それは執事がアメリアの姿を見た直後から、傍仕えの一人に他の全員をこの場所に集めておくように、と指示を出していた為らしい。
自分の傍仕えの者達と合流したジグムントだったが、これから一体どうすればいいのか、それが分からず、思わず執事に対して疑問を投げかけていた。
「それで? これから一体どこに向かえばいいのだ?」
「馬車小屋に向かいましょう。急いで馬車の準備をする様に、と予め指示を出しております。その為、馬車小屋に到着すればすぐに馬車でこの屋敷から離れる事が出来る筈です」
執事曰く、ここがアメリアに見つかっているのだとしても、まだ彼の妻や子供達が匿われている筈の別の貴族が残されている。今から急いでそこに向かえば、アメリアに見つからずそこまで向かう事が出来るかもしれない。
だからこそ、馬車で妻や子供達を匿ってくれている別の貴族の屋敷に急いで向かえばいいとの事だった。
「そうか、なるほどな。では、急いで馬車小屋まで向かうぞ」
「「「はっ!!」」」
その後、彼等は急いでこの屋敷に併設されている馬車小屋まで向かっていく。
そして、それから十数分後、ジグムント達は無事に馬車小屋に到着する事が出来ていた。彼等は無事にここまで到着する事が出来た事に思わず安堵する。すると、そんな彼等に対してこの馬車小屋にいた一人の男性が声を掛けてきた。
「皆様、お待ちしておりました!!」
彼等にそう声を掛けて来た男性は、ジグムントがこの屋敷に来るまでに乗っていた馬車の御者を務めていた人物だった。
彼は、執事の指示を受けて予めこの馬車小屋にてジグムント達が乗る馬車の準備をしていたのだ。
「既に馬車の準備は出来ております。こちらへどうぞ」
そして、男性に案内されるまま、彼等は馬車小屋の一角に向かっていく。
だが、彼に案内されるまま、向かった先にあった馬車は彼がこの屋敷まで乗って来た馬車では無く、平民が使う様なありふれた普及品の馬車でしかなかった。
当然、ジグムントはこの馬車を用意した者に対して訝しげな視線を向ける。
「おい、私がここまで来る時に使った馬車はどうした?」
「申し訳ありません。あれは使用できません。準備に時間が掛かります」
ジグムントがここまで来るのに使った馬車は、貴族が使う者だけあってかなりの高級品だ。だが、それ故に、使う為にもそれ相応の準備が必要になるらしい。
事前に準備をする時間があったならば、使う事が出来ただろうが、時間が無いこの緊急時では準備が間に合わなかったとの事だ。
「そう、か……」
それらを聞いたジグムントだったが、彼は馬車に関しては全く詳しくない。その為、彼の言葉に納得し、自分の乗って来た馬車の事は仕方がないと諦め、渋々と言った表情を浮かべながら、用意された馬車に乗り込んでいく。また、馬車の先頭にはこの馬車を準備した御者の男性が乗り込んだ。
しかし、その後に続く筈の執事達だが、何故か彼等は全員が揃って馬車に乗り込もうとはしなかった。それを見たジグムントは訝しげな表情を浮かべる。
「? どうした? お前達も早く乗らないか」
「……いえ、我々はここに残り、殿を務めたいと思います」
「殿、だと……?」
「ええ、旦那様がここから脱出した事はすぐに知られる事になるでしょう。ですが、旦那様を追う為には、ここにある馬が必要になります。その為、我々はここに残り、少しでも時間を稼ぎ、追っ手が放たれるのを遅らせます」
ジグムントにはそう告げる執事のその表情が何かを決意した様なものに見えた。他の者達も執事と同じ様な表情を浮かべている。それらを見たジグムントは彼等に殿を任せ、一人でこの屋敷から離れる事を決めた。
「そう、か……。……お前達の忠誠、私は嬉しく思う。では、後は任せたぞ」
「はっ」
「おい、馬車を出せ!!」
「分かりました!!」
そして、ジグムントが乗る馬車はこの屋敷から出立していくのだった。
ジグムントが乗る馬車がアリアスの屋敷を出立してから数十分後、彼の乗る馬車は街道を必死に走り続けていた。
しかし、一人、この馬車に乗るジグムントの表情は不満一色に染まっていた。
「おい、馬車の速度が遅いぞ!! もっと馬に速く走らせろ!!」
「は、はいっ!!」
こうしている間にも、アメリアや彼女に協力しているであろうと思われるアリアスの追手が自分に迫っているかもしれない。
その為、ジグムントは御者に対して馬車の速度を上げろと怒鳴りつけたのだが、馬車が出せる速度には限界というものがある。
特に、この馬車はジグムントがアリアスの屋敷に来た時に使っていた高級品とは違い、ありふれた普及品でしかない。当然、この馬車が出せる速度も彼があの屋敷まで乗って来た物よりも遅い。
だからこそ、ジグムントはこの馬車の速度に対して多いに不満を持っていたのだが、彼が急かしても、馬車の速度は少し上がった程度でしかなかった。
「遅いぞ、もっと速くならないのか!?」
「こっ、これ以上はもう無理です!!」
ジグムントも当然、この馬車が普及品である事を理解している。それでも、自分が乗ってきた馬車であったならば、もっと速い速度を出せる事を知っている為、この馬車に対して不満を抱かざるを得なかった。
「くそっ……」
だが、ジグムントがそんな声を漏らした直後、彼の乗る馬車に大きな異変が起きた。
――――ヒッ、ヒヒヒヒィン!!!!
そんな馬の悲鳴と思われる大きな音がこの辺りに響き渡った直後、ジグムントが乗る馬車が突如として大きく揺れ始めたのである。
「なっ、なんだっ!?」
だが、困惑するジグムントを余所に馬車の揺れは更に大きくなり、次の瞬間にはドゴン!! という音と共に、馬車は勢い良く横に転倒してしまった。
「ぐっ!!」
馬車が転倒した衝撃で、ジグムントは馬車の側面に勢い良く衝突するが、運が良い事に、ジグムントの体には大きな怪我は見受けられなかった。馬車の中に乗っていたのが彼一人だったおかげもあるのだろう。馬車が転倒した時に出来たと思われる軽傷は多少あるが、致命傷と呼べるものはない。
その為、彼は体を起こして、必死に倒れた馬車から抜け出そうとしていた。
「はぁ、はぁ……。一体、何が起きたのだ……」
そして、なんとか倒れた馬車から抜け出す事に成功したジグムントだが、一体何が起きたのかが分からず、困惑を隠せない。
その後、彼が辺りを見回すと、今迄自分が乗っていた馬車を引いていた馬とそれを御していた御者が揃って地面に倒れ伏しているのが見えたのだ。
恐らく、何かが起きて馬が暴れ出し、その影響で馬車が転倒したのだろう。御者が馬車から少し離れて、倒れているのもそれが原因だろうと彼は結論付けた。
「と、ともかく、今は一刻も早くここから離れなければ……」
ここで、もたもたしていたら、放たれているであろう追っ手達に追いつかれてしまうかもしれない。だからこそ、一刻も早くここから離れなければならないだろう。
そして、ジグムントがここから離れる為に駆けだそうとしたその瞬間だった。
「もう鬼ごっこの時間は終わりですよ」
「っ!!」
自分の真後ろから聞こえてきた、聞き覚えのあるその女性の声にジグムントの体は一瞬にして固まってしまった。その直後、彼は恐る恐るといった表情で声が聞こえてきた方を向く。すると、そこには彼にとってよく見覚えのある女性の姿があった。
「ア、アメリア・ユーティス……」
そう、彼の後ろにいたのは不敵な笑みを浮かべたアメリアであったのだ。
「ふふっ、お久しぶりですね。さぁ、此度の復讐、その幕開けと行きましょうか」
そして、アメリアは未だ動けないジグムントの元へとゆっくりとした足取りで近づいていくのだった。
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