110 逃亡の企て
ある日の夜、ステイン伯爵の現当主であるジグムントは伯爵家所有の屋敷の一角にある自身の執務室にて、自分の元へと届けられた一通の手紙を読んでいた。
だが、手紙を読み進める彼の額には大きな皺が出来上がっており、その表情は怒りに染まっている。その様子から、手紙に記されているものが彼を怒らせるのに十分な内容であるというのは十分に推測できるだろう。
「くそっ!!」
そして、手紙を読み終えたジグモンドは余りの怒りからか、その手紙を何度も何度も破り割き、出来た紙片を地面に叩き付ける様に放り投げた。
「あの女、言うに事欠いて私に復讐をする、だと……」
そう、先程、彼が破り割いた手紙。それは、アメリアから届けられた復讐の予告状であった。手紙には、これから自分がジグムントに対しての復讐を始める、といったような内容が記されていたのである。
「くそっ、あの女め、ふざけるな!! 宿無しだったあの女を一時的であっても匿ってやったのは誰だと思っている!!」
アメリアにしてみれば裏切り行為以外の何物でもなかったジグムントのエルクート王国への内通だが、彼のその言葉からも分かる通り、ジグムントはアメリアに対して、恩を与えてやったと本気で思っていたのだ。
「だというのに、あの女!! 恩を仇で返しおって!!」
だからこそ、エルクート王国から追われる身でありながら、一時的とはいえ匿ってやった自分に感謝すらせず、あまつさえ自分に対して復讐をするなどという手紙を届けてきたアメリアに対して、彼はこれ程までに怒っていたのである。
「あの女に逃げられた事でこちらの予定が台無しになったというのに!!」
当然、彼にはエルクート王国の騎士団と繋がっていた理由がある。しかし、当のアメリアに逃げられた事で、彼の目的の半分程度しか達成されなかったのであった。
「くそっ、まさか、私がエルクート王国から来た彼等を屋敷に招き入れる瞬間をあの女に見られるとはな。とんだ誤算だったよ。あの瞬間さえ見られていなければ、こうして悩む必要すらなかったというのに……」
そう、ジグムントがエルクート王国の騎士団を招き入れた瞬間を目撃した時、彼もまたアメリアが客間から自分を見ていた姿を目撃していた。
だからこそ、アメリアが屋敷から逃げ出した事がすぐに発覚してしまい、即座に追っ手が放たれたのだ。しかし、それでもアメリアを捕まえる事が出来なかったのは、失態という他無い。
「それにしても、あの女、恩を与えてやったというのに、何の恨みがあるというのだ。逆恨みにも程があるだろう」
アメリアにしてみれば逆恨みでも何でもない正当な恨みだろうが、その恨みを彼は逆恨みであると断じていた。
「ですが、旦那様。旦那様の言う様に、彼女の恨みが逆恨みをだとしても、恨みは恨みです。その手紙通りならば、彼女は旦那様の事を恨んでおり、旦那様への復讐を始めるでしょう。でしたら、その復讐の前に何かしらの対策を考えた方がよろしいのでは?」
そして、ジグムントの呟きに対してそう声を掛けるのは彼の傍に控えていた執事だった。
「ああ、分かっている。分かっているさ……」
彼等の耳にもエルクート王国で起きた『アメリア・ユーティスの復讐』の話は届いている。何の力も持たない筈の小娘でしかなかったアメリアがどうやってそれ程の事を成す力を得たのかは分からないが、伝わってきた話の全てが事実であり、この予告状の通りに自分に対して復讐をするのだとすれば、間違いなく自分はアメリアの手に掛かり、殺されるだろう。
だからこそ、ジグムントはアメリアの復讐から逃れる方法を必死に考え始めた。
「そうだ、お前も何かいいアイデアが無いか、考えろ」
「はっ」
そして、ジグムントと執事は何か良いアイデアが無いか、必死に考える。だが、彼がどれだけ考えても、頭の中には良いと思えるアイデアが中々浮かばない。
「くそっ……、あの女から逃れる方法は無いものか……」
すると、彼がそう呟いた直後、執事がふと何かを思いついたかの様に顔をハッと上げ、ジグムントの方へと向き直った。
「旦那様、一つ私に考えがあります。こういうのはどうでしょうか」
そう前置きした執事が話し始めたのは、この屋敷から一時的に離れて何処かアメリアも分からない様な場所に隠れる、というアイデアだった。
そして、その隠れた場所でほとぼりを冷まし、時期が来たら表舞台に戻ればいい。
また、そこにはアメリアが復讐の途中で誰かに殺される事を期待する意味もあった。アメリアの復讐が続くのであれば、今後もエルクート王国の権力者たちが狙われるのは確実だろう。ならば、狙われるであろう彼等も何らかの対策を打つかもしれない。そうなった場合、アメリアが命を落とす可能性は十分に考えられる。
そして、運良くアメリアがそうなった場合には即座に表舞台に戻ればいいのだ。
無論、ほとぼりが冷めるまでにどれだけの時間が掛かるかは分からない。また、その間は行方不明扱いとなるだろう。そうなれば、ほとぼりが冷めた後に彼が表舞台に戻ってきたとしても、周りの貴族達からは奇異の目で見られる事になるのは確実だ。
だが、それでもアメリアの手に掛かり、殺されてしまうよりは遥かに良い。そこまで考えたジグムントは執事のそのアイデアを前向きに受け入れ始めていた。
「しかし、そう都合良くあの女から隠れる事が出来る場所があるのか?」
「それについては、私に一つ考えがあります。旦那様のお名前を借りる事を許可していただければ、全ての手筈を私が行いましょう」
「そうか、ではお前に全てを任せる」
この執事は彼がこのステイン伯爵家を継ぐ前、ジグムントの父である先代がステイン伯爵家の当主だった頃から執事として仕えている人物であり、長く自分に仕えてくれていた彼の事をジグムント自身も十二分に信頼していた。その為、ジグムントはこの執事に全てを任せる事にしたのだ。
「では、これより早速準備に取り掛かる為、これにて失礼いたします」
そうして、執事はジグムントに一度頭を下げて、この執務室から退室していくのだった。
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