108 第六章プロローグ

 アメリアの第六の復讐が始まる時が来た。彼女の復讐は残す所、後二つだ。最後にしようと最初から決めていたヴァイスへの復讐を除けば、次が最後の復讐となるだろう。

 しかし、彼女にはこの第六の復讐を始める前にしておかなければならない事があった。今回の復讐を始めるには、それ相応の準備が必要だったからだ。そして、彼女は此度の復讐の為の最後の準備を始めようとしていた。




「さて、と。では、早速始めましょうか」


 今、アメリアがいるこの場所は彼女が拠点としている魔の森の最奥にあった隠れ家だ。この隠れ家の周囲には予め結界を張っている為、誰にも邪魔されずにゆっくりと調べ物が出来るだろう。

 そして、アメリアは何処からか取り出した何かの資料と思われる物を目の前の机の上へとおもむろに広げた。


「ふぅ、あの商会にあった帳簿はこれで全部の筈ですが……」


 そう、彼女が机の上に広げたそれらの資料とは、アメリアがとある商会からこっそりと拝借してきた数多の帳簿であった。

 しかし、何故、彼女が自分の復讐とは無縁であろうと思われるそんなものを商会から拝借してきたのか。それは、アメリアが今どうしても欲しい情報が帳簿に記されていたからだ。


 この第六の復讐を始めるにあたって、アメリアは次の復讐対象やその周辺に関する情報収集を行った。それは、次の復讐対象が何故自分を裏切ったのか、その理由を探る為だ。

 無論、次なる復讐対象の元へと直接押しかけて、記憶を覗き、裏切りの理由を確認するのが一番早いだろう。しかし、ただ相手の元に押しかけて裏切りの理由を確認する、というのも少し品が無い。更には、その罪に応じた罰の準備をする時間も欲しかったのもあり、こうして事前の情報収集を行っているのだ。

 だが、アメリアもこの事前の情報収集で有力な情報が手に入るという確信を抱いている訳では無かったし、何も情報が手に入らなければ相手の元へと直接乗り込み裏切りの理由を確認するつもりだった。

 しかし、事前の情報収集をしていた彼女の元に一つ面白い噂が飛び込んできたのだ。その噂を聞いたアメリアはある一つの仮説を立てた。

 その後、自分の立てたその仮説が正しいのかを知る為に、彼女はこうして各地の商会にあった帳簿を集めてきたのである。


「さて、始めましょうか」


 そして、アメリアは早速といわんばかりに机の上に広げられたそれらの帳簿を読み進めて行くのだった。






 アメリアが各地の商会から集めてきた帳簿を読み始めてから数時間後、とある商会から拝借してきた殆どの帳簿を読み終えた彼女は呆れから思わずため息を零した。


「はぁ……。やはり、私の予想通りでしたか……」


 少し前に届いたあの噂とこの帳簿に記されている事の両方が正しいのだとすれば、次なる復讐対象がアメリアを裏切った理由にも納得がいくだろう。

 だが、同時に彼女は『こんな愚かな理由で自分は彼等に売られてしまったのか』という思いも抱いた。


「本当に、本当に私は愚かですね……」


 思わず零れたその言葉には自分の愚かさを嘆く様な思いが込められていた。

 相手の表情の裏に秘められた悪意を見抜くのは貴族として必須の技術だ。当然、王妃教育を受けていた事もあり、アメリアもその技術をある程度は習得している。

 もし、あの時の彼女の精神状態が普段通りならば、次なる復讐対象が裏で抱えていた悪意を見抜く事も容易だったかもしれない。

 しかし、当時のアメリアはどうしようもなく追い詰められており、他の事を考えている余裕というものが全く無かったと言っても過言ではない。だからこそ、次なる復讐対象が裏で秘めていたその悪意を見抜く事が出来なかったのだ。

 故に、アメリアは彼等の裏にあった悪意を見逃してしまった自分の愚かさを嘆いたのである。

 その直後、アメリアは気を取り直し、次なる復讐の事へと自身の思考を向けようとする。


「さて、必要な情報も手に入った事ですし、早速復讐の舞台に……」


 だが、アメリアはそこで思わず言葉を区切った。彼女がまだ読んでいなかった帳簿、その最後のページが開かれたまま、机の上に置かれていたのが目に入って来たからだ。


「この帳簿は、まだ読んでいませんでしたね……」


 そして、アメリアはまだ読んでいなかったその帳簿の最後のページへと視線を移す。すると、その直後、そのページに記された名前を見たアメリアはクスリと呆れた様に肩を竦めたかと思うと、その口元に小さな笑みを浮かべた。


「あら? ふふっ、また、なのですか。飽きもせずに何度も何度も……。いい加減、懲りたらいいものを。彼等は『懲りる』という言葉を知らないのでしょうかね?」


 そして、帳簿に記されていたその名前の下にあるその取引内容を見たアメリアは呆れからか、思わず笑いを堪えきれなくなる。


「あはっ、ふふふふっ。あの人達は、本当に、本当に愚かですね」


 その呟き自体は先程と似た言葉であったが、先程とは違い、その声色には他者の愚かさを嘲る様な感情が多分に含まれていた。


「あの人達はどれ程愚かなのでしょうか……。まぁ、嘗ての事を忘れられない、という事なのでしょう。その気持ちは分からなくもないですが、それでもこれは酷いですね……。流石にこれは酷すぎるでしょう。あははっ」


 その内容を知れば殆どの人間は呆れて笑いを堪えきれなくなるだろう。それ程までに愚かしい内容がその帳簿には記されていた。

 その後、アメリアは広げられたそれらの帳簿を一纏めにして、懐へと仕舞った。


「さぁ、次なる舞台へと行きましょうか」


 そして、アメリアは指を鳴らして、転移魔術を行使し、次なる復讐の舞台へと赴くのだった。

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