閑話9 破滅への誘い

 エルクート王国国王であるライアス・エルクートの死去、その急報はすぐさまエルクート王国全土へと広まった。

 その報を聞いたエルクート王国の貴族達の殆どは即座に王都へと集まる事になる。


 その後、次期国王であるライアスが前国王である父を弔う為、大々的な国葬を執り行った。集まった貴族達も当然その国葬に出席する事になる。国葬では平民、貴族問わずに集まった全ての人々が前国王の死を悼んだ。

 また、その国葬ではヴァイスが父であるライアスの死を悼み、涙を堪えた様子で集まった王都の民たちに演説する姿も見られたという。


 そして、国葬が終わった後、彼の亡骸は王宮の前にある大きな広場にて衆目に晒される事になった。これから数日の間、ライアスの亡骸はこの場所に安置される事になっている。これは、国葬後にも民達が王の死を悼む為に代々執り行われてきた国葬の伝統でもあった。

 王宮の前に集まった民たちはライアスが入れられている棺の前に次々と献花を添えている。それだけでも、彼がどれだけ民に慕われてきた善良な王であったかが分かるだろう。


 そして、その後、彼の亡骸は王宮の一角にある歴代の国王が眠る庭園に埋められる事になるのだった。




 ライアスの国葬から数日後、次期国王であるヴァイスは自分の側近達数名と共に自身の執務室にいた。


 前国王であるライアスが亡くなったというのに、ヴァイスの立場が国王では無く、未だ次期国王であるのか、それには理由があった。

 エルクート王国では先代の王が無くなった際は喪に服す意味も込めて、ある程度の期間は国王不在のまま、王太子が次期国王として国政を務める事になっているのだ。その為、ライアスが亡くなった今でも、彼の立場は次期国王でしかないのである。

 そして、先王の喪が明けた後、改めて新国王就任の儀が執り行われ、その時からヴァイスは正真正銘の国王となるのだ。

 無論、時代によっては喪に服す期間は多少の変動はしてきた。しかし、これは建国以来ずっと受け継がれてきた伝統であるため、流石のヴァイスであっても伝統を無視する事は出来なかったのだ。

 その為、彼が名実ともに国王という頂きに立つのはまだもう少し先の事になるだろう。


「では、お前にはこの後に執り行う予定になっている俺の国王就任の儀に関しての全権をお前に与える」

「はっ!!」


 そして、彼から指示を受けた側近は今後執り行われる事になるヴァイスの国王就任の儀の準備を進める為、この執務室から退室していく。国王就任の儀を取り仕切るという事は非常に名誉な事だ。指示を受けた側近達は張り切って仕事をするだろう。

 そして、この部屋に残ったのはヴァイスと彼が最も信頼を置いている側近一人だけになる。


「殿下、やっとこの時が来ましたね」


 その直後、部屋に残っていたその側近はヴァイスに対してそう声を掛けた。その言葉を聞いたヴァイスは口元を歪めて、昏い笑みを浮かべる。


「そうだな。やっと忌々しい父が死んでくれた。これで、名実ともに俺が国王となる時が来る」


 そう、ヴァイスは先王である自分の父を忌々しく思っていた。その理由は、アメリアとの婚約に大きく関係していた。

 元々、アメリアとの婚姻は彼の父であるライアスが決めた事だった。その為、二人の婚約は政略結婚という意味合いが強いのである。

 しかし、ヴァイスにしてみれば、親が決めた婚約者など納得がいかなかった。親が決めた婚約者では無く、真の愛で結ばれた相手と婚姻したいというのが、彼の本音だったのだ。

 更に言うなら、ヴァイスはアメリアの事を苦々しく思っていた。父の手前、アメリアには好意的に接していたが、それはあくまで表面上の話でしかなかった。

 心の奥底では、父が決めた婚約者であるアメリアの事を嫌悪していたと言っても良い。

 だが、そのヴァイスはその本音を父であるライアスに話した事は無かった。その為、ライアスは死ぬその時までヴァイスがアメリアの事を良く思っていた、と信じ込んだまま亡くなったのである。


 また、ヴァイスがライアスに婚約破棄と新しい婚約の話をしなかったのにも理由がある。

 それは、父に婚約破棄の話をすると面倒な事になるかもしれない、そんな面倒に時間を取られるぐらいなら話さないでおこう、という彼なりの考えだった。


「ですが、殿下。あのアメリアの復讐が止まない限り、殿下が国王の座に就いても一生安泰とはいかないでしょう」

「そう、だな……」


 ここの所、エルクート王国の貴族達が次々と行方不明になっている。その全てにアメリアが大きく関与しているのは間違いない。

 つまり、アメリアはあの時の予告通り、自身を貶めた者達に対して次々と復讐をしているという事だ。

 まだ、国の運営に関しての大きな問題が出ている訳では無い。しかし、このままアメリアがこの国の貴族達に対しての復讐を続けて行けば国の運営そのものに影響するかもしれない。


「しかも、ここに来てのリンド王国の侵攻、オーランデュ侯爵領の占領か……。更には、オーランデュ侯爵家の一家全員も行方不明とはな……」


 そして、彼の耳にはリンド王国がオーランデュ侯爵領を占拠したという話も耳に入ってきていた。また、これは眉唾な話ではあるが、このリンド王国の侵攻にもアメリアが大きく関与しているのだという話まである。


「くそっ、一刻も早くあの女を捕え、断罪しなければ……」


 ヴァイスはアメリアが一体この国の貴族の内の何人に復讐するつもりかわからない。だが、このまま彼女を放置しておけば、間違いなくこの国に大きな問題が起きる事になるだろう。ヴァイスはアメリアの行動に大きな危機感を抱き始めていた。


「しかし、殿下。彼女を捕えるのは至難の業と言わざるを得ません」

「ああ、分かっている。分かっているさ」


 あの夜会でアメリアは転移魔術と思われるものを行使していた。それは、つまり彼女は神出鬼没という事だ。何処にでも隠れる事が出来るし、何らかの方法で追い詰めようとも簡単に逃げられる。それは、捕える側からすれば厄介な事極まりない。

 唯一彼女を捕える方法があるとすれば、それはアメリアの方からこちら側に来てもらい、そこに逃げられない様に罠を幾重にも仕込む事だけだろう。しかし、ヴァイスにはその方法というものに皆目見当が付かなかった。

 だが、このままアメリアを放置しておくわけにもいかないのも事実だ。せめて、少しでもいいから何かしらの対処をしなければならない。


「くそっ、なにか、なにかあの女を捕える方法は……」


 そして、ヴァイスが頭を捻ったその瞬間だった。


「くひひひっ、殿下、でしたら私が力をお貸ししましょう」

「っ、何者だ!?」


 執務室内に響き渡る謎の声に二人は思わず室内全体を見渡した。

 すると、その直後、初老と思われる男がまるで転移でもして来たかの様に突如としてヴァイス達の前に現れた。

 彼はこの国に仕える魔術師が使う様な漆黒のローブを身に纏っており、その顔には萎びた果実を彷彿とさせるような無数の皺が出来ている。また、彼は成人男性の身長に匹敵するような巨大な杖を持っており、それを支えにして立っている様にも見えた。傍から見れば、その男はただの老人にしか見えないだろう。

 だが、その男が一番異様な所はその瞳だ。彼の瞳には研究狂い特有の狂った様な光が宿っている。


『この男は自らの研究を進める為なら、どんな犠牲をも厭う事は無いだろう』


 それが、初対面である筈のその男に対してヴァイスが抱いた印象だった。


「初めまして、ヴァイス・エルクート王太子殿下。いや、ここは新国王陛下とお呼びした方がよろしいですかな?」

「なっ、なんだ貴様は!!」

「ひひっ、話は聞かせてもらいました。私もそのアメリアという女性を捕える事に協力いたしましょう。きひひひひひひっ!!」


 そして、その男は顔に気味の悪い笑みを浮かべながら、ヴァイスに協力話を持ち掛けていく。




 だが、この時のヴァイスは知らない。その誘いこそ、彼自身の破滅の最後の引き金であったなど。そんな事など知る由もなく彼は自身の破滅という末路へと一直線に進んで行くのだった。

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