閑話四

閑話7 ある王の最期

 その日、エルクート王国の王宮内にある一室では、この国の王太子であるヴァイスとその側近達がベッドに寝たきりになっている一人の老齢の男性の傍にいた。

 その老齢の男性の体は見事に痩せ細り、完全に衰弱し切っている。誰が見ても、その男性が何らかの重い病に侵されているのだと一目で分かるだろう。

 そんな彼の名はライアス・エルクートといった。

 名前からも分かる通り、彼はこのエルクート王国の現国王であり、王太子であるヴァイスの父でもある。しかし、何故、国王である筈の彼の体がこんな見るも無残な状態になっているのか、それにはとある理由があった。


 ライアスは五年前、不治の病に侵されてしまったのだ。不治の病であるために治す事も出来ず、病の進行を遅くする程度の治療しか出来なかった。しかし、その後も病は進行していき、ここ数年間はほぼ寝たきり状態になっていた。

 そして、ここ数カ月の間にその病は遂に末期状態に入ってしまい、彼は満足に食事も取る事が出来なくなってしまったのである。その結果が今のライアスの見るも無残な状態であった。今の彼では、もはや歩くどころかベッドから起き上がる事すらもままならないだろう。

 「これが、この国の現国王の今の姿である」と言われても、大半の者はその言葉を信じる事が出来ないだろうと思われる程に今の彼は無残な姿に変わり果てていた。


「ヴァイスよ、我が息子よ。そこにおるのか……」

「はい……、父上……」


 そんなライアスの言葉に対して答えるのは、彼の傍にいたヴァイスだ。

 しかし、今も寝たきりになっている父の代理として、日々執務に追われるはずのヴァイスが何故こんな場所にいるのか、それはライアスが自身の息子であるヴァイスを呼び出したからに他ならない。


「お前に伝えておきたい事がある。儂はもう長くない。自分の体の事ゆえにはっきりとその事が分かる。儂はもうすぐ死ぬだろう。間違いなく、な……」

「父上、それは……」


 そう、ライアスは自分の死期を悟っていた。恐らく、自分は明日を迎える事が出来ないだろう。もう、自分が今この瞬間に死んでもおかしくは無い。そう察していたのだ。

 彼の専属の医師でさえも「今日を超えられるかすらも怪しい。明日まで生きていられれば奇跡だ」とまで断言している。

 だからこそ、彼は自分の最後の言葉を息子であるヴァイスへと伝える為に彼を呼び出したのだ。


「そ、そうだ……、あの子は、アメリアはどうしたのだ……? あの子も呼ぶ様にと言っておいたであろう……?」


 その言葉と衰弱してベッドから起き上がる事もままならない今の彼の状態からも分かる通り、国王である筈の彼は今のエルクート王国の現状を殆ど知らなかった。正確に言うなら、知らされなかったという方が正しいだろう。

 ヴァイスは王宮で働く者達に対して、今のエルクート王国の現状、アメリア・ユーティスの復讐やそれに類する事を父である現国王に対して一切知らせないように厳命を出していたのだ。

 王太子であるヴァイスにそんな事が出来た理由は簡単だ。彼が寝たきりの状態になった数年の間に既にヴァイスへの権力の移行が完了していたからである。

 国王が未だ生存している為、立場こそ王太子ではあるが、今のヴァイスの権力はもはや国王と殆ど同じなのだ。


 そして、それこそがアメリアの両親がすぐに処刑された要因の一つでもあった。

 国王に等しい権力を持っている今のヴァイスの命令があれば、慣例であっても容易に無視する事ができるだろう。故に、彼はファーンス公爵に諭されるまま、アメリアの両親であるディーンとユリアーナを即刻処刑する様に命令を出したのだ。


 また、彼は病で思考能力が低下している。その為、アメリアの生家であるユーティス侯爵家が取り潰されている事、アメリアの両親が既に処刑されている事、その処刑の命令を出したのがヴァイス本人だという事など、アメリアの身に起きた数多の悲劇を今のライアスは全く知らないし、まさかそんな事が起きているなどとは微塵も疑ってはいなかった。


「どうしたのだ……? あの子に何か、不幸があったとでも、いうのか……?」


 流石に、今のアメリアの事を父に言う訳にはいかないヴァイスがどう言い繕おうかと考えていると、その様子に何かを思ったのか、ライアスはそう口にする。

 彼はヴァイスのその様子から、アメリアに何か不幸があったのではないかと思ったのだ。病で衰弱している為、言葉は若干途切れ途切れになっているが、その口調からは本気でアメリアの事を心配しているのだという事が分かる。


 流石に父にそこまで問われれば、何かしらの返答を返さなければならないだろう。直後、ヴァイスは咄嗟に思い付いた言い訳を口にする。


「じ、実は、彼女は流行り病にかかってしまいまして、今は侯爵領内にて療養中なのです」

「……そう、だったのか……。……あの子はいつも儂の所まで見舞いに来てくれていた。だというのに、最近はめっきり彼女の姿を見なくなったから心配しておったのだ……。だが、そうか……、流行り病か……。あの子も可哀想に……。最期にあの子の顔も見たかったのだがなぁ……。儂が心配しておった事をあの子に伝えておいてくれ……」

「は、はい……」


 何も知らないライアスとは違い、この国の現状やアメリア・ユーティスの復讐を知っているヴァイスはライアスの言葉に歯切れの悪い返事を返すしか出来なかった。

 すると、その直後、ライアスは死の寸前とは思えない程に真剣な眼差しで自身の息子であるヴァイスを見つめながら、おもむろに口を開いた。


「ヴァイス、我が息子よ。最期にお前には言っておくべき事がある。これからの言葉は儂の遺言と思い、心して聞け」

「はい、父上」

「いいか、よく聞け。

 お前はこれから儂の後を継ぎ、名実ともに王となる。王となるからには、お前はこれからこの国に住まう民の事を第一に考えなくてはならん。

 また、お前は国の王として、これから重要な決断を迫られる時が何度も訪れるだろう。その度にお前は後悔するかもしれん。

 だが、お前にはあの子、アメリアがいる。あの子はまだ未熟なお前を支えてくれるだろう。あの子は善き子だ。あの子と共に、この国を、この国の民を守るのだぞ。分かった、な……」


 そして、その言葉を最後にライアスは息を引き取り、その生涯を終える事になった。


「父、上?」


 静かに眠った父の姿を見たヴァイスは思わず訝しげな表情を浮かべる。

 しかし、ヴァイスが呼びかけても当然の様にライアスは返事をしない。直後、ヴァイスは彼の専属の医師に視線を向けた。すると、その医師はハッとしたかのような表情を浮かべ、慌てながらも彼の状態を確認し始める。

 そして、少しするとその医師は諦めたかの様におもむろに王の体から手を離したかと思うと、目を閉じて首を横に振る。

 それは、ライアスが既に息を引き取っているのだという事を意味していた。


「そう、か……」


 その後、ヴァイスは一度だけ目をおもむろに閉じたかと思うと、改めてその視線をベッドで眠る自らの父へと向けた。そこには、安らかな顔で眠るライアスの姿があった。

 すると、ヴァイスは彼から目を離して周りにいる自分の部下へと指示を出し始める。


「では、亡くなった先王を弔う為の国葬を執り行う。その為の準備はお前達に任せたぞ」

「はっ!!」


 そして、指示を受けたヴァイスの側近は慌てながら王の寝室から退室していく。その後、寝室に残ったヴァイスは安らかに眠る父の顔を一瞬だけ忌々し気に睨みつけた後、この寝室から出ていくのだった。

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