107 第五章エピローグ

 第五の復讐を遂げたアメリア、彼女はエルクート王国にある結界で守られたユーティス侯爵邸の跡地、そこに彼女が作っていた使用人達の墓の前にいた。


「……私は、なんて無力なんでしょうね」


 しかし、復讐を遂げた筈のアメリアはその墓の前で自らの無力感に苛まれていた。

 アメリアはあの時、力を手に入れた。その力は一国をも滅ぼす事が出来るだろうと思われる程の力だ。更には、条件付きとはいえ死者すらも蘇らせる事が出来る。

 だというのに、彼女は自分が本当に望んでいる事だけは決して出来ないのだ。アメリアに仕えていた使用人達、彼等の体に魂さえ残っていれば、彼等を蘇らせる事も今の彼女には不可能では無い。

 しかし、彼等の魂は嘗ての在るべき形を失っている。その為、今のアメリアであっても、彼等を蘇らせる事は不可能だったのである。


「私は無力ですね……、本当に……」


 力を手に入れたというのに、本当に望んでいた事だけは出来ず、この力は只々復讐の為にしか使う事が出来ない。彼女が無力感に苛まれるのも当然だろう。

 復讐という茨の道を選んだ事に後悔は無い。そして、それ以外の道を選択する事は無かったと今でも言えるだろう。だが、アメリアはそれと同じ、或いはそれ以上に嘗ての幸せだった日々に戻りたいという気持ちも同時に抱いている。それが、決して叶わないと知りながら、だ。

 また、今のアメリアなら、リチャード達に与えたあの夢の罰とは真逆、嘗ての幸せだった日々の夢を自分で作る事も可能だ。その夢の中なら、きっと復讐の事など忘れて延々と幸福に溺れ続ける事も出来る。

 しかし、それをしてしまえば、彼女は自分で自分の事を絶対に許せなくなってしまうだろう。


「さて、始めましょうか」


 そう呟いたアメリアは感傷に浸るのを止めて持っていた大きな袋を地面に置き、その中に入っていた無数の人骨を取り出した。その骨の正体、それはあの祭壇の魔法陣の上に放置されていた使用人達の遺骨だ。


 そして、アメリアは予め作っていた使用人達の墓の下にその遺骨を埋めていく。あの時、リチャード達の黒魔術の犠牲となった使用人達全員の事をアメリアは覚えている。彼女は、彼等との思い出を想起しながら、一人ずつ時間を掛けてゆっくりと墓の下に骨を埋めていた。

 それは、アメリアにとっては彼等にしてあげる事が出来る最後にして唯一の事だ。あの時、命を犠牲にしてまで逃がしてくれた彼等に、アメリアは最大限の感謝を捧げる。


「みんな、あの時に命を犠牲にしてまで私を逃がしてくれた貴方達には本当に感謝しています。少しだけ遅れてしまいましたが、貴方達の仇は取りましたよ」


 そして、全ての骨の埋葬を終え、使用人達に感謝の言葉を告げたアメリアは何処からか、無数の光る球体の様な物を取り出した。その小さな球体は、何処か神秘的な輝きを放っている。

 アメリアの手の平で輝くそれらの球体の正体、それは彼女に仕えていた使用人達の魂だった。アメリアはあの祭壇の機能を少しだけ弄る事でリチャード達の取り込まれた彼等の魂を何とか取り戻したのだ。

 しかし、魂といっても、アメリアの手元にあるそれらは所詮、欠片でしか無い。一つ一つの大きさも、元が人間の魂であったことなど想像もできない小ささだ。それ故に、その欠片達には人格や記憶といった人間を構成する上で必要不可欠なものは何一つ残っていなかった。所詮、ここにあるのは、ただの欠片、悪い言い方をすれば削り滓でしかないのである。

 そして、魂は肉体などよりも遥かに不可逆的なものである為、仮に時間を巻き戻そうとも、一度変質し、形を変えてしまった物は決して元には戻らない。

 それがこの世界の理であるが故に、今のアメリアであっても、手元にある彼等の魂をどうする事も出来ないのだ。

 或いは、ここからでも彼等の魂を元通りにする方法がこの世にはあるのかもしれない。しかし、少なくとも今のアメリアはそんな方法は知らなかった。


「さぁ、みんな、お行きなさい」


 そして、アメリアがそう言うと、彼女の手の中にあった魂の欠片たちはまるで風に煽られて、何処か遠くへと舞ってゆくタンポポの種子の様に、次々にフワフワと天に昇っていく。

 魂が天へと昇っていくその光景は何処か神秘的に見えた。その光景を前に、アメリアはそっと目を閉じて、彼等の魂の冥福を祈る。

 彼等の魂がこれからどうなるのか、それは今のアメリアにも分からない。解放された魂の欠片はこのまま消滅するのか、欠片同士が新たに結びつき、輪廻の輪をくぐって、新しい一人の人間に生まれ変わるのか、それはもはや誰にも予測が付かない事だ。

 しかし、一つだけ言える事がある。それは、もし欠片同士が新たに結びつき一人の人間として生まれ変わったとしても、ルナリアの時の様に嘗ての人格と記憶を持ったまま転生する事だけは決してない、という事だけだ。


「……みんな、さようなら」


 最後にそう呟いたアメリアは瞳から零れ出た一筋の涙を拭い、天に昇っていくその魂の欠片達を背にして、この場から立ち去り、次なる復讐の舞台へと赴いていく。

 そして、彼等の魂はキラキラと輝きを放ちながら天へと還っていった。




 アメリアの復讐、その旅路の終わりは近い。

 だが、この時のアメリアは知らない。この復讐の果てに、自らが犯してきた復讐という名の罪業に対する報いの時が待っている事を。

 しかし、そんな事など知る由もないアメリアは次なる復讐の舞台へと赴いていくのだった。

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