106 断罪の後で③
あれからも、リチャードは無数の人生を送り続け、その度、死ぬ直前になって記憶を思い出すという事を繰り返し続けていた。
そして、これは彼自身ももう何度目かにも分からない程、死を繰り返した後の出来事である。
今生でのリチャードが記憶を取り戻した時、彼は何処かの牢獄の様な場所で手足を縛られ、拷問を受ける前の囚人の様な恰好になっていた。
(ここは、一体何処だ!?)
その直後、リチャードは自分が今生で置かれていた状況がどういった物であるかを思い出した。
今生での彼はとある国に仕える騎士であったが、その国は敵国の侵略によって滅び去った。リチャードも国を守る為に必死で戦ったが、結局負けてしまい、とある貴族によって捕虜としてこの牢獄へと連れて来られたのだ。
そこまで思い出した直後、彼がいる牢獄の中に一人の男性が入って来た。その男は、今生でのリチャードを捕えた貴族だ。
すると、その貴族の男は牢獄の中にいるリチャードの事を満足げに見た後、この牢獄の片隅に置かれていた無数の刀剣の内の一本を手に取り、満悦といった表情を浮かべながら、鞘から剣を抜き放ち、刀身をまるで舐め回す様に見つめた。
「さぁ、いつものお楽しみを始めようか」
そして、ある程度、その剣の刀身を眺めて満足したその男がそう呟くと、男は突然その剣をリチャード目掛けて振った。
「あっ、があああああああああああああ!!」
当然、手足を縛り付けられて動く事が出来ないリチャードは避ける事が出来ずに、右肩から脇腹にかけて大きな裂傷が出来上がる。
(まっ、まさかっ、これはっ!!)
そう、この場で繰り広げられているその光景はリチャードがアメリアの使用人達に行ってきた行為と全く同じだったのだ。
現実で行われた事と唯一違うのは、リチャードが加虐側では無く被虐側という事だけだろう。
しかしそれは、自分が犯してきた罪を自分自身の身で味わえ、とでもアメリアが言っている様にしか思えない状況でもあった。
因みに、この牢獄に置かれている刀剣は、この牢獄にいる貴族の男が所有しているコレクションの一部だったりするのだが、当のリチャードがそれを知る事は決してない。
そして、その貴族の男は一度リチャードを斬った事で満足したのか、手に持った剣をおもむろに鞘へと仕舞い、新しい剣を手に取り、それをリチャード目掛けて振う。
――――ズシャ!!
「あぐっ!!」
――――ズシャ!!
「があっ!!」
――――ズシャ!!
「がはっ!!」
そんな光景は一度や二度では終わらない。その男は剣を変えては何度も何度もリチャードの体を切り刻んで行く。そうして、リチャードの全身には無数の裂傷が出来上がっていた。
「やめっ、やめてくれっ!!」
リチャードはもう耐えられないと言わんばかりに、必死に懇願する。彼がどれだけ懇願しようとも、その男の手は止まる事は無く、それどころか次なる剣に手を伸ばした。
そして、その男は喜悦の笑みを浮かべながら、リチャードの体で再び試し切りを続けていく。その顔は喜々として自分のコレクションの試し切りをしていた時のリチャードの表情に酷く似ていた。
「あぐっ、があっ、がはっ!!」
当然、リチャードの体には切り刻まれる度、裂傷が出来上がる。しかし、手足を縛られた彼では抵抗する事もままならない。
「やめっ、やめっ!!」
――――ズシャ!!
「やめっ、やめろっ!!」
しかし、リチャードの懇願空しく、彼の体で行われる試し切りはリチャード本人が息絶えるまで続いていく。そして、彼はもう何度目かも分からない死を再度迎える事になった。
しかし、それでアメリアの用意した罰が終わる筈も無い。
次にリチャードが嘗ての記憶を取り戻した時、彼は何処かに寝かし付けられていた。
(っ、嘗ての記憶を思い出したぞ。しかし、ここは一体……?)
嘗ての記憶を取り戻したリチャードだが、今生では一体自分の身に何があったのか、何があってこの状況に置かれているのか、という事に関しては全く思い出せない。
その後、彼は体を起こそうとするが、何故か体が一切動かなかった。焦ったリチャードは体を何度も何度も動かそうとするが、体が動く事は無い。
「なんだっ、これはっ、私の手足がっ!?」
そう、リチャードは手足を地面に縛られ、全く身動きが取れない状況に置かれていたのだ。
そして、彼は慌てて視線を自分の下へと向けると、そこには彼にとって妙に見覚えのある魔法陣が描かれていた。それを見たリチャードが慌てて周囲を見渡すとそこには彼にとってよく知る祭壇があったのだ。
(こっ、ここは、まさかっ)
その祭壇に関して思い当たる事はたった一つしかない。そう、あの黒魔術の祭壇だ。
すると、黒いローブを身に纏った数人の男女が何処からか現れたかと思うと、彼等はリチャードの体を取り囲んで行く。それを見た彼はこれから自分の身に何が起きるのかを直感的に悟った。
(まっ、ままままっ、まさかっ、まさかっ!!)
そう、これから始まるのは黒魔術の儀式だ。今生のリチャードはその儀式の生贄として捧げられるのだ。
そして、ローブを身に纏った男女の内の一人が、手の平を少しだけ切り裂き、血を魔法陣へと垂らすと、その魔法陣は黄金の粒子を放ちながら、光り輝きだした。
それは、祭壇が起動し、黒魔術の儀式が始まる合図だった。
リチャードにはこの黒魔術の儀式がどういった効果を齎すのか、それは分からない。彼が唯一分かる事は、自分の命がここで尽きるという事だけだ。
直後、先程この魔法陣を起動させたローブを身に纏った男が、リチャードのすぐ傍まで来ると、彼の体目掛けて手に持った短剣を一気に振り下した。
「がっ、ああああああああああああああああああ!!!!」
リチャードはあの時に黒魔術の生贄となったメイアと同じ様に絶叫を上げるが、ローブを身に纏った男女は一切酌量する事無く、何度も何度も彼に目掛けて短剣を振り下す。
その度、リチャードは絶叫を上げるが、彼等はそれらの絶叫を気にする事無く、黒魔術の儀式を進めて行く。
「あ、ああ、ああああ……」
その後、大量の血を失った事で意識が朦朧とし始めたリチャードは呆然とした表情でそんな事を呟いた。
そして、今生での彼は出血多量によって、もう何度目かになるかも分からない死を迎える事になった。
しかし、アメリアの罰は終わる事無くまだまだ続いていく。
そして、もう何度目かも分からない人生を再度迎える事になった今回のリチャードは何処かの街道と思われる場所で記憶を取り戻した。
しかし、記憶を取り戻した直後だというのに、今の彼の表情は怯え一色に染まっている。だが、それも当然だろう。
(まっ、まてっ!! きっ、ききき記憶が戻ったという事は、私はこれからっ!!)
そう、記憶が戻ったという事は自分の死が目前に迫っているという事に他ならないからだ。
(まてっ、私は一体これからどうやって死ぬのだ!?)
しかし、今回の彼には今から自分がどうやって死ぬのか分からなかった。今迄とは違い、今回は自分の死因となりそうなものに心当たりが無かったからだ。
そして、彼は慌てて周囲を見渡した。辺りには野犬が群れを作っている。道の向こう側からこちらに向かって馬車が走ってきている。
どう考えても、辺りには死因となりそうなものは無い。だが、こうして記憶を取り戻した以上、死がすぐ目前にまで迫っているのは間違いなかった。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
(どうなる、私はどうやって死ぬのだ!? もしや、あの馬車に轢かれて死ぬのか!? それとも、あの野犬に食い殺されるとでもいうのか!? 或いは、今回の死因はそれらとは全く別の何かなのか!? )
「くっ、来るな……、来るな来るな来るな!!」
分からない、分からない、分からない。全く分からない。これから自分がどうやって死ぬのか、全く分からない。
嫌だ、嫌だ、死にたくない、死にたくない、死にたくない。今のリチャードの心にあるのはその一念だけだ。彼は思わず後ずさる。
「くっ、くくくくくくくくくくくくくくくくっ、来るなあああああああああああああああ!!!!」
そして、リチャードはなりふり構わずこの場から背を向けて、慌てて遠くへと逃げ出すのだった。
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