105 断罪の後で②

 これは、リチャードが一度目の夢での死を迎えた後に見せられた二度目の夢での出来事である。


 この夢でのリチャードはとある商会の商会長を務めていた。その商会は彼の手で急成長を遂げたのだが、その急成長には秘密があった。彼の商会は裏で公には禁止されている奴隷の売買や非合法の薬物の取引を行っていたのだ。

 しかし、ある日、部下の裏切りによって、自分の不正な取引の証拠となる物や帳簿を国に掴まれてしまった。


 彼が持っていた裏の情報筋からは、国の憲兵は明日動く予定になっているという情報を得た。その為、明日には国の憲兵によってその身を捕縛されてしまうだろう。

 しかし、根回しをする為の時間さえ、もう彼には残されてはいなかった。また、彼が裏でやってきた事を考えれば、死罪は免れないだろう。

 明日にはリチャードは捕まり、彼の商会は解体されるか、部下の内の一人が商会長になるだろう。また、リチャードが住まう屋敷も、彼が今まで集めてきた高級な家財も全て売り払われ、他人の手に渡る事になる。

 リチャードにしてみれば、この屋敷や中にある様々な物は自分の積み上げてきた物の集大成とも言える。その為、彼にしてみれば自分の集大成が他の者の手に渡るのはまっぴらごめんだった。

 だからこそ、翌日には捕まってしまうであろうこの日の夜、彼は屋敷と共に最期を迎えるつもりだった。


 屋敷の周りには多数の油が撒き終わっている。彼がいる部屋の床にも十分な油が撒かれている。

 そう、彼は屋敷と共に焼け死ぬつもりであった。また、屋敷に仕えていた使用人達には既に暇を与えている。その為、今この屋敷にいるのはリチャード一人だけである為、屋敷に火を点けても何も問題は無い。


「……逝く時が来たか」


 そして、彼は一度息を飲んだ後、意を決して、手に持ったランプを地面に落とした。


 ――――パリンッ


 そんな音と共にランプは割れて、中にある種火が床に撒かれている油に引火したその直後だった。


(あっ、あああああああああああああああっ!!!! 思い出した、思い出したぞ!!)


 その瞬間、リチャードの頭の中に嘗ての記憶が蘇ったのだ。そして、記憶が蘇った彼がまず始めに思った事は一つだけだ。


(またか、また私は転生したとでもいうのか!?)


 そう、彼は現実の事だけではなく、一度での夢の事も全て覚えていたのだ。その為、二度目の転生という前代未聞の体験に頭が追い付いていなかったのである。

 しかし、その時であった。


(熱っ!! そ、そうだ、私はっ!!)


 屋敷に放たれた火は既に屋敷全体へと燃え移っており、その炎の熱で、彼は今の自分が置かれている状況がどういった物なのかを思い出したのだ。

 このままでは、間違いなくリチャードは焼け死ぬ事になるだろう。記憶が戻る前ならいざ知らず、記憶が戻った今となっては死にたくないという思いが遥かに勝る。


「くっ、くそっ!!」


 そして、焼死などという終わりを迎えたくはないリチャードは何とか生き延びる為に、慌ててこの部屋の扉を開けようとした。


「なぁっ!?」


 しかし、彼が部屋の扉を開けようとしても、その扉は全く開く気配を見せないのだ。


(そ、そうだった!! 私は自分でっ!!)


 そう、記憶を思い出す前のリチャードは死の直前になって自分が怯えて逃げ出す事がない様に、この部屋から出る為のあらゆる方法を自分自身で封じ込めたのだ。


 部屋の扉には鍵が掛かっている。更には、その扉の奥には無数の置物が置かれており、決して扉が開かない様になっている徹底ぶりだ。

 また、部屋の窓には無数の木の板が打ち付けられている為、窓の外から逃げる事も不可能になっている。

 そして、その他、考えられる他の方法も全て、彼が自分自身の手で封じ込めている。


 その為、リチャードがこの部屋から逃げる事は間違いなく不可能だった。それを悟ったリチャードは只々呆然とするしかない。


「あ、ああ……」


 そうして、二度も転生(だと本人は思っている)をし、似た様な最期を迎えようとしている彼は悟った。


(そう、か……。やはり記憶が戻るのは私に死が訪れる直前なのか……)


 流石に二度も同じ事を経験していれば、アメリアが仕掛けた嘗ての記憶が蘇る仕掛けの発動する条件を絞り込む事は難しくない。

 そして、それらの条件の確信をした直後の事だった。屋敷に放たれた火はこの部屋全体を覆い尽くしていき、遂に屋敷を支えていた柱の一本がリチャードの頭上から落下してきたのだ。

 もはや、その柱から逃げる事は叶わないだろう。リチャードは今回の自分の最期は燃死ではなかったのだという事を悟る。

 直後、自分の頭上から落ちて来る柱の事を思わず見上げた彼の表情は一瞬にして目前に迫る死への恐怖に怯えた様なものへと変化した。


「あっ、ああっ、あああああああああああああああああああああああ!!!!」


 ――――ブチッ!!


 そして、リチャードは頭上から落ちてきた柱に押し潰され、圧死をという最後を迎える。


 しかし、それでもアメリアの罰は終わる事は無い。その後も、彼の身には次なる一生が襲い掛かるのだった。

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